闇の街シェイド 2
シェイド2
真っ暗な岩の間からお湯が湧き出していた。
わたしはそんな奇妙な光景を見つめながら身体を洗い、浴槽に浸かった。
明日はユルクは炭鉱、わたしは自由時間か。どうしたものか。
最近、ユルクはわたしに対して心を開いてくれていると思う。
わからないけれど、ハーロイの街にいたときよりはずっと親しみやすくなった。
ユルクは私をどう思っているのか。
私はユルクに対してどう思っているのか。
わたしはユルクが好きーーでもこの好きがなんなのかまだわからない。
わたしにたったひとりいてくれる人、ユルク。
私にはユルクがいればそれでいい。
ぼんやりと燭台に照らされた天井を見ながら、わたしはそんなことを思った。
「アンジュ、お風呂長いけどだいじょうぶ?」
「ユルクが入ってくてくれたら大丈夫」
弱った心のまま、本音を言ってみた。
しばらくして、ドアの開く音がして、バスタオルをまとったユルクがやってきた、
「ユルク!」
「いやあの、心配だったから……」
暗がりに見えるユルクの表情は照れているようであった。
「ほら、旅路の途中は片方が見張りしたりして、それも川や泉で済ませてたじゃん。だからアンジュ落ち着かなかったかと思って。たまにはゆっくり入るのもいいかなって」
ユルクの心遣いが嬉しい。ユルクの白くて華奢な身体も、あんなすごいパワーを生み出すようには見えなかった。
「じゃあ、ユルク。そこ座って、背中流してあげる」
「う、うん」
ユルクがぎこちなくバスタオルの背中をはだけこちらにむける。
白い肌が吸い込まれそうだった。私は何度かユルクの背にお湯をかけ、石鹸を馴染ませた手を触れていく。
「きゃ!?手で洗うの!? タオルとか……」
「手が一番背中を傷つけないんだよ」
仄かな明かりに照らされて、わたしの腕がユルクの背中を泳ぐ。
シェイドのお風呂は上気が充満していて、シャワーをかけなくても暖かいほどだ。
「次は前を……」
「前は自分でやるから交代! アンジュ背中見せて」
ぐいっと向きを変えられてしまった。これも異世界人の力だろうか。
ユルクの手が石鹼を泡立てわたしの背中を伝う。心も身体も心地よい瞬間。
いつまでもこの感じが続いていればいいのに、そう思ったけれど無慈悲にお湯がかけられる。
「前洗ったら、浴槽にいこ?」
ユルクの言葉に頷いて、手早く全身を洗い、バスタオルをつけた私たちは浴槽につかった。
ユルクの左側に寝そべるようにして、ユルクに肩に顎を置いた。
「アンジュ、なんだか今日は甘えん坊だね」
「だって、ハーロイを出てからゆっくり出来ることもなかったし。初めての冒険も緊張したし」
「そっかそっか、そうだね。アンジュはよく頑張ったよ」
優しく髪を撫でられる。そんなとこもなんかずるい。
「ユルクもよく頑張ったよ、えらい」
仕返しにユルクの頭を撫でて見ても、ユルクはくすぐったそうにするだけだ。
結局ふんだんに時間を使ってお風呂に入り、ベッドルームに戻って来た。
ふかふかのバスローブのおかげで、室内は暖かい。
「髪、乾かしてあげる」
「じゃあ、私も。順番ね」
わたしの誘いにユルクも乗ってくれた。
ユルクの髪を乾かす、その横顔ーー美人である。整っている大きな意思の強そうな目、そこから続く綺麗な鼻筋。意思の強そうな口元。まるで戦いの女神のようであった。
「ユルク、綺麗」
「何言ってんの、アンジュのほうが綺麗でしょ。この銀髪に青い瞳」
ユルクがするりと抜け出して、今度はわたしの髪をふく。
「そんなことないよー、わたしはぜんぜんだよ」
「ちゃんと自分が可愛いと自覚しなさい、アンジュ。これからの旅で危険な目に合うわよ」
「はぁい……」
それはユルクも一緒だと思うが、ユルクには超パワーがある。大人しく頷くしかなかった。
お互いの髪を拭き合って、ベッドで一息つく。
ベッドはふたつ並べられていたが、わたしは構わずユルクと同じベッドに横になった。
ユルクも一瞬「あれ?」て顔をしたが、拒まないでくれた。
枕を並べ、二人で背中合わせに寝そべる。ユルクの体温が暖かかった。
「ユルクは眠れない時どうするの?」
「そうだなあ、羊を数えるかな」
「えー、なんで羊がそこで出てくるの!?」
「それはね、元居た世界のある国は寝る事をスリーブと言って、羊をシープをいったんだ。それにあやかっているんだよ」
「ぜんぜんわかんないー」
わたしがユルクの方を向くと、ユルクもわたしに向かい合ってくれた。
「まぁ、私の国でも形だけってところはあるけどね、意外と眠れるのさ」
「わたしは羊なんかより、ユルクの優しい香りをかいでいたい」
ユルクの胸の顔をうずめたわたしを、ユルクがそっと撫でてくれる。
「私もアンジュの繊細な香り、大好きだよ。明日は寂しくさせてごめんね」
「ううん、平気。お仕事、だから」
ユルクに撫でられながらその香りをかいでいると、安心して本当に眠くなって来た。
「ダメ、ユルク、ほんとにねちゃいそう」
「いいよ、このままゆっくりおやすみアンジュ」
「ユルク、ありがと……」
わたしはユルクの鼓動を聴きながら静かに眠りに落ちていった。
その夜、わたしはユルクが羊を数えている夢を見た。