闇の街シェイド 1
闇の街シェイド 1
「ユルク、見えて来たよ。あそこあそこ!」
「へぇ、あれが闇の街シェイドか」
ハーロイの街を出てアンジュと旅をすること十日。
最初は固かったアンジュの口調や態度も最近ではずいぶんほぐれつつある。
アンジュはもともと世界地図を見るのが好きなだけあってこの世界に詳しかった。
そういうところも頼りになる。
何より健脚で、ユルクが旅の速度を落とすことなく進むことが出来た。
一緒に旅をすると言い出したときは不安だったが、こうしてみると頼もしい相棒ともいえる。
シェイドの街は洞窟の中にある――と言うのが有名であったが、近くで見てみると私の感覚的には遺跡に近かった。巨大な岩が重なり、かぶさり合い、その隙間が入り口となっている。
入り口のそばには、フードを深くかぶった数人の女性の姿が見えた。
「シェイドは闇の街って聞いていたけど、表に人がいるんだな」
「あれは『日の視』っていうシェイド特有の役目を持った人たちなの。冒険者や外からの訪問者を迎え入れ、案内する係り。シェイドでは日の視だけが表に出ることが出来るんだって」
「へぇ、さすがにアンジュは詳しいな」
シェイドの街の入り口、岩が裂けたような空隙に行くと、日の目の女性がやってきた。
「シェイドへようこそ、旅のお方。日の目は貴方たちを歓迎いたします」
凛とした声の女性が告げる。私は一礼をして応えた。
「ギルドの依頼で来ました、ユルクです。彼女は旅仲間のアンジュ。宜しくお願い致します」
「ギルドの依頼で……では街の中にご案内いたします。どうぞこちらへ」
ギルドの依頼書を提示すると、日の目の女性は頷いて私たちを奥へ誘った。
岩の切れ目のような入り口から街へ入っていく。
入り口から下は階段だった。闇へと続く階段。私にはそう思えた。
アンジュも不安なのか、私の手をそっと握ってくる。私もアンジュの手を握り返す。
日の目の女性のあとに続き、階段を降りる。
無機質な灰色の岩も、次第にその色を暗闇に染めていく。
一度階段が右に曲がると、辺りは真っ暗になった。日の目の女性がカンテラに火を灯す。
「転ばないように、お気をつけください」
「本当に真っ暗なんですね、この街は」
「そんなこともありません、見えてきましたよ」
階段を下りきると、広い空間に出た。その空間のそこかしこにぼんやりと明かりが灯っている。
暗闇に抗うような、真夜中のホタルのごとき輝きに目を奪われる。
「これは、すごい……」
「綺麗だね、ユルク」
「ああ、これが闇の街シェイドか」
各所にロウソクやランプが置かれ、闇の中で色付いている。
それも広大で立体的な光で、このシェイドがかなり広い街であることを物語っていた。
「冒険者ギルドにご案内します、こちらへ」
日の目の女性に続き、ロウソクの明かりで微かにゆれる街を歩く。
石作りの階段を昇ると、一際明るい場所に、冒険者ギルドはあった。
日の目の女性は案内を終えると短く言葉を告げて去っていく。
「さて、ここがギルドか。今回は採掘の仕事だし、アンジュはゆっくり街を見て回るといい」
「ユルクと一緒にいたい、ダメかな……?」
「なんせ炭鉱でツルハシを振り回す仕事だからなぁ、アンジュのそんな姿みたくないよ」
苦笑しつつ冒険者ギルドの中に入る。
冒険者ギルドの中はそこかしこに明かりが灯っている。
書類や登録書のサインが必要だし、よく見える必要があるんだう。
やはり、強い明かりは少しばかり心の緊張を緩めた。
どうやらシェイドに入ってから気を張っていたらしい。
冒険者ギルドの手続きは簡単なものだった。シェイドの炭鉱から鉱石を運ぶことを告げると、炭鉱の場所を教えられて、宿の手配もしてくれた。案内書を持って、横で見ていたアンジュと冒険者ギルドを後にする。
「シェイドの料理は絶品だってギルドの人が言ってたけど、どんなものが出るんだろうね?」
「わかんない、お肉の陰干しとか出そうだよね。ユルクはお肉好き?」
「うん、好きだよ」
「嬉しいな、わたしも。それじゃあ、いつか土の都とかでたくさん食べたいな」
土の都は酒の名産地であると聞いた。それゆえ、酒のつまみも自然と美味しいのだろう。
ギルドの人のメモ書きにちょっと苦戦しながら今晩の宿を目指す。
歩いていて気付いたことだが、シェイドを彩る明かりは少しずつ違う。
店や家、飲み屋などで違うのだろうか。
紹介された宿屋につく。どうこの街に木を運んだのかわからないが、木造の落ち着くつくりであった。
「あら、お客さん?」
「ギルドの仕事で鉱石を掘りに来ました、数日泊めて頂けると助かるのですが」
「もちろん、ギルドのお客様はお話も面白いし大歓迎。ゆっくりしていって」
帳簿に名前を書いて、紋章のカギを受け取ると夕飯はもう少しあとと言われ部屋に向かった。
ドアを開ける。旅行者向けだろうか、ロウソクやカンテラがいたるところに置かれ部屋は明るい。
「ふう、ようやく人心地ついたね」
荷物を置いてベッドの片方に横たわると、同じく荷物を置いたアンジュが同じベッドに横たわって来た。
「ユルク、お疲れ様」
「アンジュもね、アンジュの銀髪、この街の灯で色々に輝くね、本当に綺麗だ」
「嬉しい、アンジュ。街ばっかり見てたと思ったらわたしの事も見てくれてたのね」
「当たり前でしょ」
そう言って私はアンジュをぎゅっと抱きしめる。
アンジュの髪にはまだお日様の香りが残っていて、とても安心する。
この旅の間、アンジュは夜中に不安で寝れなかったり悪夢をみたり散々だった。
だけど私にしてあげられるのはこれくらいのことだ。
アンジュの甘く優しい香りにひたっていると、アンジュが私に足をからめた。
「ユルク、こうしてると安心するの」
「うん、安心してね、アンジュ」
旅の疲れもあり、私たちは夕食の準備が出来るまで抱き合って横になっていた。
シェイドの夕食っていったい何が並ぶんだ……と不安がてらに厨房にいくと、そこはすでに肉の焼ける良い匂いがしていた。
テーブルに着くと燭台に照らされて、美味しそうな赤身肉が焼いてあった。
「うわー、おいしそー! これなんですか?」
「表の狩人さんが新鮮な肉を日の目に売ってくれました、アガスというとても柔らかな肉ですよ」
私はアンジュと顔を見合わせ、二人で頂きますをして豪勢な夕食に取り掛かった。
サラダに使われている野菜は全体的に黒い。日光を浴びずに育ったせいだろう。
しかし新鮮で、噛むと口の中で弾けるようであった。
パンは綺麗なきつね色をしていて、控えめな味。
アガスの肉と合わせるととても美味であった。アガス単体にもフォークを伸ばす。
ジューシーでステーキソースも甘辛で申し分ない。
「明日は炭鉱にいくつもりだけど、アンジュはどうする?」
「え、どうしよう……」
私は異世界人のパワーがあるから採掘も楽だろうが、華奢なアンジュに採掘など出来そうにない。
「かなりの肉体労働だと思うから、アンジュは一日街を見て回れば?」
「ユルクがいないと寂しいけど、お仕事だもんね。そうしようかなぁ」
燭台に照らし出されたアンジュの憂いの表情もまた美しい。
思わず手を伸ばし、頬を撫でる。
「出来るだけ早く帰るから、ゆっくり街を見て回るといいよ」
「うん、そうするね。ありがとうユルク」
アンジュと共に食事を終えると、部屋に戻る。
ふたりでのんびりとベッドに横になった。
私がちを照らすロウソクが映し出す影が長くのび、揺れている。
「採掘作業、気を付けてねユルク」
アンジュがそっと手を握って来て囁いた。
「ありがとう、うん、気を付けるよ」
手を握り返し、私は笑顔でアンジュに答えた。
「そうだ。お風呂に入ろうか、旅の途中は川や泉だったし」
私が思いついて言うと、アンジュがイタズラそうにこっちを見た。
「一緒に入る?」
「えっ、あー、いや、別々に!」
「ふふ、ユルク慌てて可愛い」
「もうっ、先に入っておいでよアンジュ」
「じゃあ、お言葉に甘えてー」
アンジュが浴室に向かうのを見送って、私は明日の支度に取り掛かった。