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道中2

道中 2


 ユルクが背中を向けてくる。

 わたしの胸は早鐘のなりっぱなしだった。

 ユルクの適度にしまった冒険者らしい身体。月の光のなかで輝いているようだった。

 手をつないで、肩を預けて……甘えたいがままに甘えてしまった。

 ユルクの前だとわたしはダメになってしまうのではないかという不安さえ出てくる。

 それくらい、頼りがいのある存在であった。

 ユルクの背中は綺麗に筋肉の線が浮かんでおり、鍛えているひとの身体だと感じさせた。

「じゃあ、流すね」

「よろしくー」

 ユルクの黒い髪を肩にかけて、タオルで背中をこする。

 わたしよりは広いだろうけどやっぱり華奢な背中で、思わず抱きしめたくなる。

 丁寧にこすっていって、わたしより少し背の高いユルクの背中を洗い流していく。

「あー、気持ちいい、アンジュ。そこー」

「ここ、もっとこするね」

 ふふっ、と笑ってわたしはユルクが気持ちいいと言った場所を入念に洗う。

 そうしてひとしきり洗い終えたあと、手で流してユルクに言った。

「ユルク、終わったよ」

「ありがとう、アンジュ。あとはゆっくりしようか、泉が気持ちいい」

 ニコニコと話すユルクの顔が、急に精悍なものに変わった。

「アンジュ。急いで服着て。私たちの焚火で何かしているひとがいる」

「え、焚火に?」

 言われてみると焚火の傍に何本も黒い影が見える。ユルクはこれを察したのだろうか。

 泉からあがり服を着る。ユルクもすでに着替えを終えていた。

「音を立てないように、ついてきて」

「う、うん……」

 ユルクが焚火に近づいていく。段々距離を詰めると、三人の男が焚火のそばのわたしたちの荷物を漁っていた。

「ちょっと!アンタたち何してるの!?」

 ユルクが言うと男たちが一斉にこちらを見た。最初は緊張した目だったが、すぐに厭らしい目に変わる。

「いやいや、なんかくいもんでも調達出来ないかと漁ってみたが、こっちのが当たりだなぁ」

「上玉がふたり、奴隷都市じゃかなりの値がつくぜ。まぁ、その前に……くくくっ」

 男たちがわたしたちを厭らしい目で見ながら取り囲んでいく。

 腰には剣も下げられていた。

「悪いけど、荷物もこの子も渡す気ないんだよね。今のうちに帰ってくれれば見逃してあげる。さもないときついお灸をすえることになるよ」

 ユルクがどこか余裕のありそうな声で言った。

 わたしはただユルクの後ろに隠れていることしか出来なかった。

「なんだぁ、嬢ちゃん、ずいぶん活きがいいな。ここで可愛がって欲しいのかなぁ?」

「消えるのか、消えないのか、はっきりして」

「口の効き方がわかって無いな、ちょいと痛い目みてもらおうか」

 男たちが剣を抜いた。ユルクは弓をもっているけど構えようともしない。

「そう、痛い目みないと分からないようね」

 ユルクは三人の男を見渡してため息をついた。

「どこまでも生意気なアマだ! ちょっと痛い目見せてやる」

 男の剣。

 振りかぶった先にユルクがいる。

「ユルク!」

 剣が振り下ろされる。

 瞬間、そこにはユルクの姿はなかった。

 ユルクは男の横に回り込み、地面に剣を突き立てている男の腹部に強烈なパンチを見舞った。

「う、ごげぇ……!」

 男は数メートル吹っ飛んでいき、動かなくなった。

「ななな、なんだこのアマは! 動きが見えねぇ!」

「びびんな、女ひとりだ、同時にいくぞ」

 男たちが声をあげてユルクに切りかかる。

 ユルクは今度は動かず、相手をじっと見ていた。

 男たちの剣がユルクに振り下ろされた。

 何かにぶつかる音がして、男たちの悲鳴が響く。

「な、剣を素手でつかんでやがるだと!?」

「それも二本同時に……バカな。くっ、動かねぇ!」

「アンタたちなんてこんなものだよ」

 ふたりから剣を奪い、剣の柄でふたりの額を強かに打ち付ける。

 ふたりはもんどりうって倒れてもがいていた。

 ユルクは、剣を暗闇の森のなかに放り投げた。

「アンジュ、後ろ!」

 気付いたようにユルクが叫ぶ。後ろと言われ振り返る前に大きな何かが背に当たった。

「アンタが強いのはようくわかった。けど連れの女はどーかな?」

 男はニヤニヤしながらわたしの首にナイフをあてた。冷たい金属の感覚に全身が震えあがる。

「その子を放せ、そうすれば見逃してやる」

「こっちこそこいつに傷つけられたくなかったら言う通りにしろ」

 しばらくユルクと男がわたしを挟んで睨み合いになる。

 わたしは怖くて震えることしか出来ない。

「交渉決裂か、それなら仕方ないな」

 ユルクが一瞬下をむいたあと、消えた。

 次に目を開けるとユルクの顔が目の前にあった。ユルクは素手でナイフを掴み、わたしの首からはがしていく。

「な、なんだこのアマ、この怪力は! うわっ! うわわっ! いてぇぇぇぇ!」

 ほんの一瞬で間合いをつめたユルクが、わたしの首からナイフを外して背後から男の腕をねじり上げていた。

「アンジュに怖い思いをさせたな、許さないぞ」

 ユルクはギリギリと男の腕をねじ上げていく。

「悪かった、俺たちの負けだ! 許してくれ! 腕が! 折れるっ!」

ユルクはもう一度強く捻りあげたあと、男を解放した。

「とっとと失せろ、武器はすべて置いていけ」

「こいつ、人間じゃねぇ!」

 男たちは慌てて起き上がると一目散に逃げ出した。

「ふぅ、やかましい邪魔が入ったね。アンジュ、ごめんよ、怖かっただろう」

 わたしは堰が壊れたように泣き出してしまった。

「ユルク! 怖かったよう、すごい怖かった!」

「うん、そうだね。怖かったね、よしよし。でも安心してね、私がいるときはどんな危機からもアンジュを絶対守るからね」

「ユルク、ありがとう、ユルクがいてくれなきゃやだ!」

「いつもいるよ、いつもアンジュといる。いつも、いつでも、いつまでも」

 わたしはひとしきりユルクの胸の中で泣いた。

 ユルクは涙のとまらないわたしの頬に何度もキスをしてくれる。

 旅の怖さを知った、そんな気がした。そして、ユルクの頼もしさも。


 少し落ち着いたあと荷物の確認もして、わたしはユルクと同じ簡易ベッドで横になっていた。

 後ろからユルクに背を抱きしめられる形で寝ると、怖いのも少しずつ消えていく。

「ねぇ、ユルクはどうしてあんなに強いの?」

「私はこことは違う世界の人間なんだ。それで、ふたつの世界に力の差があるらしい」

「力の差?」

「うん、私は元の世界ではちょっと力持ち程度の女だけど、この世界では怪力女になるみたい」

 怪力、という表現が面白くてわたしはちょっと笑いをこぼした。

「そうなんだ、そうしたら、ユルクといたら安心だね」

「もちろんだよ、私がいるうちはアンジュに絶対手を出させない。私の大切なアンジュに」

「ありがとう、嬉しいユルク。守られてばかりで、ごめんね」

「そんなことない、アンジュは私にとても美味しいごはんを作ってくれる」

 ユルクが後ろからわたしをぎゅっと抱きしめた。

「ユルク、暖かい」

「うん、アンジュも暖かい」

「これからも一緒に冒険しようね、ユルク」

「もちろんだよ、アンジュ。いろいろなところにいこう」

 ユルクが首を動かして夜空を見た。わたしもつられて空を見上げる。

 そこには数え切れないほどの星が瞬いていた。

「私の世界の星も綺麗だったけど、この世界の星空は格別だな」

「占星術に使われたりするんだよ、あと船乗りや旅人は星を見て方角を知るの」

「なるほど、私も覚えなきゃな。いつも街道を通れるとは限らないし」

「そうだね、少しずつ覚えていこう。わたし少しだけ知ってるから、教えるよ」

「それはありがたいな。ほら、アンジュはこうして力になってくれる。最高の冒険のパートナーだ」

「そういってくれるのはユルクだけだよ、でもありがとう」

 ユルクがわたしの手をこしょこしょとして言った。

「さん付け、なくなったね。嬉しいよ」

「一生懸命意識してるんだもん、もう、からかわないで」

「本当に嬉しいんだよ、ユルクさんじゃあまりに他人行儀だからね」

「そうだね、ユルク……」

「あっ、流れ星」

「ほんとだ、キレイだね」

「私のいた世界では流れ星に願い事をすると叶うって言われているんだ」

「そうなんだ、素敵な言い伝えだね。何かお願いごと、した?」

「アンジュとこのままずうっと旅が出来ますようにって」

「嬉しい……その願い事、叶うといいな」

「きっと叶うさ、アンジュとならどこまででもいける」

 そう言って、ユルクはわたしの首筋にキスをした。

「うん、どこまでも行きたい。ユルクと生きたい」

 ユルクの温もりに安心して、次第にわたしはウトウトしてきた。

「ユルク、その姿勢きつくない? わたしそろそろ寝ちゃいそうで」

「私も眠くなって来たところ。アンジュがいやじゃなかったら、こうしてアンジュを抱いたまま眠りたい」

「嬉しい、とっても安心する」

「じゃあ、そろそろ寝ようか、アンジュ」

「うん、おやすみ、ユルク……」

 ユルクの暖かさを感じながら、わたしはゆっくりと眠りの淵に落ちていった。


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