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道中

道中1


「ユルク」

「ユルク、さん」

「ユルク!」

「ユルク……さん!」

 出立の日には勢いもあったのか私のことを呼び捨てに出来ていたアンジュだが、いざ旅を始めるとユルクさん呼びに戻ってしまっていた。

 それを直すべく私は何度も私の名前をアンジュに呼ばせていた。

「ユルク! ……さん」

「アンジュ、無理はしなくっていいけど、よろしくね。ユルクさんなんて旅の仲間に呼ばれるのはこそばがゆいよ」

「ごめんなさい、ユルクさん……」

「まぁ、今日も気持ちよい陽気だし、焦らずのんびり行こう。

「闇の街シェイド、どんなところかなぁ?」

「どうなんだろうねー、何も見えなくて真っ暗とかなければいいけど」

「あはは、ユルク、それじゃ街が成り立たないよ……あっ」

 呼び捨てに出来たことに気付いたのか、アンジュは恥ずかしそうな顔をする。

 こういう風にして慣れていけばいいか、と私はなんとなく納得した。

 シェイドへの道は街道が整備されているので厳しいものではない。

 ただこのところ陽射しがきつく汗ばむ季節だった。

 夜まで歩くと野営をした。アンジュにとっては初めての野営だ。

「今日はここで野営するからね」

「はい、ユルク。野営と言うと、焚火とか」

「うん、そうだね。まずは手分けして野営に仕えそうな木を探してこよう。危ないから、あまり離れ過ぎないようにね」

「はーい。なんだかワクワクする!」

 街道は冒険者に優しい。火種になる木の実や食事出来る植物が多いのだ。

 冒険者たちが街道脇に種をうえ、互いに助け合っているらしかった。

 まずは火種になる松ぼっくりをふたつ見つけた。それから良く水気の抜けて乾燥した木を集める。

 成木の枝を折ればそのまま薪に仕えるボムの木もあったので、枝を拝借していく。

 街道から少し出たところで、私は開けた場所に出た。

 夕方の明かりをキラキラと照らす、泉である。

「こんなところに泉が?」

 近づいて調べてみる。水は透き通るほどキレイだった。水深も浅く、はっきり底が見えた。

「これ、水浴びにうってつけなんじゃあ……」

 昼間は暑かったので汗びっしょりである。思わず笑みがこぼれる。

 私は燃える木をかついで急いで集合場所まで戻った。

 そこにはすでに木をたくさん抱えたアンジュがいた。

「アンジュ、採集お疲れ様」

「いいえ、ユルク……こそお疲れ様だよ、こんなにたくさn」

「それじゃあ暗くなる前に火を起こそう、場所はこっち」

 街道から外れて木々で目立たない場所に移った。こちらは女のふたり旅である。目立たないに越したことはなかった。

「まずはこれ」

「これ、松ぼっくり?」

「そう、こいつは優れた火種になるんだ」

 私は荷物からライターを取り出し、松ぼっくりをあぶった。

 少しずつ松ぼっくりについた火が大きなものになる。二つ目にも火をつける。

「さて、ここにまずは細い枝を重ねていくよ」

 私はアンジュとともに松ぼっくりの火種に木の枝を重ねていった。それが燃えてくると、大きめな枝も加えていく。焚火が完成するまで長い時間はかからなかった。

「よし、焚火完成!」

「あの火が出る筒が不思議、どうなってるの?」

「これは元居た世界の便利道具でライターって言ってね」

 ライターの構造を不思議そうにながめるアンジュ。もともと長い旅をする予定だったので、ライターの予備はまだいくつもあった。

 焚火の火が大きくなって行く。手をかざすと快い熱を感じた。

「火もしっかりしてきたし、夕飯にしようかアンジュ」

「じゃあ、わたしが作っちゃうね、待っててね、ユルク、さん」

 まだ呼び捨てと敬称が混じる。私は苦笑して手早く食事の支度をしていくアンジュを見つめた。

 後ろの髪を短く切り捨ててしまったが、サイドの髪はまだ長い。その髪が美しい曲線を描いている。

 一生懸命料理する横顔が愛らしい。

 アンジュはテキパキと準備を進めていく。木の枝で鍋を吊るせる橋を作り、鍋を火にかけた。

 夕飯はハーロイで買った魚の干物に、雑穀のスープだ。

 干物は棒に刺して焚火のそばに置いた。魚の焼ける良い匂いがする。

 スープはじっくりと煮込んでいるようで、鍋がコトコトと音を立てている。

「美味しそうだね、楽しみ!」

「もうすぐ出来るから待っててね、ユルク」

 ユルク、と呼ぶ声に妙に力を感じた。やはりまだ呼び捨てには慣れないらしい。

 私は星空に昇っていく焚火のけむりを見ながら、ゆっくりと足をマッサージした。

 旅の疲れは大したことないが、前回はマーロウの馬車で楽をしてしまっている。

 疲れが残らないように入念に揉み解していく。

「出来たよ、ユルク!」

「ありがとうアンジュ。じゃあ、さっそくいただこうか」

 魚の干物の炙り焼きに、雑穀のスープ。ふたつ並んだ今日の晩餐が出来上がった。

 ふたりで声を揃えて「いただきます」と言ってスープを口にする。

 とろみのあるスープは甘味が濃厚で、かすかな塩気がまた甘味を引き立てる。

 安物の雑穀だったはずだが、上質なスープにしあがっていた。

「美味しい! こんな安物をこんなに美味しく出来るなんてすごいね、アンジュ」

「えへへ、ありがとう。いろいろとコツがあるんだよ」

 アンジュは粗末なものも美味しく食べさせるノウハウを持っている。

 これも宿屋の娘の技か、アンジュ自身が身に着けたスキルなのか。

 干物の炙り焼きも美味だった。皮がパリパリに焼かれていて、歯ごたえが心地よい。

 適度な塩気としっかりとつまったうまみが、思わずお酒を飲みたくさせる味だった。

「しみじみ美味しいなぁ、アンジュすごいよ。天才シェフだね」

「もう、ユルクは褒めすぎだよ。お魚なんて焼いただけなんだし」

「それだって、焼き方や焼き加減もある。やっぱり絶妙だよ」

「うん、嬉しいな、ありがとうユルク」

 食事を終えて人心地着いた時、私はあの泉のことを思い出した。

「ねぇ、アンジュ。その……いやじゃなかったら一緒に水浴び行かない?」

「水浴び?」

「うん、さっき綺麗で水浴びに適している泉を見つけたんだ。入ろうかと思って」

「確かに旅のよごれを落としたいけど、一緒なの?」

 照れたようにアンジュが言う。

「アンジュひとりじゃ危ないしね。それに背中の流しっこしようよ」

 アンジュは少し考えたあと小さな声で「うん……」と答えた。

「よし、じゃあ行こう。焚火が消えないように薪をたくさんたしておこうね」

 焚火の火が勢いよく燃え上がると、ユルクは弓とタオルを持ってアンジュを誘った。

 五分と歩かないところに泉が見えてくる。月明かりで泉は銀色に輝いていた。

「わぁ、キレイ……」

「周りに人はいなさそうだし、じゃ、じゃあ脱ごっか」

 ちょっと緊張した声でアンジュを促す。アンジュも照れたようにしていた。

 私は自分の衣服を脱いでいく。マント、上着、ズボン、そして下着……。

 それを見てアンジュも背中を向けて脱ぎ出した。

 アンジュの白い肌が、月光に美しく照らし出される。

 華奢なアンジュの身体を見て、思わずドキドキしてしまった私は「先に入るね」と泉に足を差し入れた。泉の水は冷たく、心地よい。泉は浅く、太ももが浸かるくらいであった。

「ユルク、わたしも入るね」

 恥ずかしそうに胸を隠したアンジュが、すぐとなりに入ってくる。

 ふたりで座って、寄り添い合って月を眺めた。

「綺麗な月だね」

「これなら明日も晴れそう。きっといい天気になるよ」

 しばらく無言で並んで泉に浸かっていた。私はアンジュの白い肌が輝くのをついつい見てしまっていた。なんて幻想的なんだろう。そんなことを思ったりもした。

 ふと、アンジュの左手が私の右手を掴んだ。

「ユルク、ハーロイの街から連れ出してくれてありがとう。あんな無茶なお願いを聞いてくれて、感謝してるんだ」

「ぜんぜんだよ。私もアンジュと旅出来て嬉しい。ひとりじゃないのも良いなって感じだ。それは相手がアンジュだったからだよ」

「わたしも、ユルクじゃなきゃいやだ。ユルクと居たい」

 不意にアンジュが身体を預けて来た。私はドキマギしながらそれを受け止める。

「ユルクといると安心するの、こんなひとに出会ったの初めてかもしれない」

「私もアンジュと居ると嬉しいし楽しいよ。まだ冒険は始まったばかりだけど、これからふたりで色々な街を見て回りたい」

 アンジュの重みを心地よく受け止めながら、アンジュの肩に手を回す。

 瞬間、アンジュはビクッとしたが、そのまま私に身を任すように寄り添った。

 しばらくそのままの形でアンジュの体温を感じながら月を見上げていた。

 この時間が永遠になればいいのに、私はアンジュを抱きながら願わずにはいられなかった。

 アンジュの銀髪が肩にかかる。キラキラしていて、まるで宝石のようである。

 アンジュがウトウトし始めた。慣れない旅で疲れたのだろう。

 自分の横で無防備な姿を晒してくれるのはとても嬉しかった。

 しかし、私はアンジュを起こして提案をした。

「アンジュ、起きて」

「あ、やだ、わたしったら、あんまり気持ちよくって」

「せっかくだから、背中、流しっこしよ。ほら、背中向けて」

「そんな、悪いよ。わたしがユルクの背中を流すよ」

「こういうのは順番ね、はい、アンジュ背中見せて」

「う、うん」

 アンジュが戸惑いながら背中を向ける。私は泉の傍に置いておいたタオルを取って、アンジュの背中にゆっくり当てがった。華奢な背中に、強くこすれば色褪せてしまいそうな儚い白い背中。

 私がゆっくり丁寧に洗うと、アンジュが笑った。

「ユルク、くすぐったいー。もう少し強めで」

「あ、ごめんごめん、つい」

 もう少しだけ力を込めて背中を流す。今度は気持ちよいのかアンジュが小さな声をあげた。

「髪もすっぱり切ったよね。ここまでしなくても、私はきっとアンジュを連れて行ったのに」

「いいの、これはわたしがハーロイの街とのお別れとして切ったものだから」

「そっか、これからまた伸ばすの?」

「うーん、どうしようかなぁ……ショートも悪くないなって。特に冒険するんなら」

「確かにね、冒険に長すぎる髪は邪魔になるかもだけど」

 小さな背中を流し終わると、一度手で背中を撫でて言った。

「はい、アンジュ。終わったよ」

 アンジュは振り返ると笑顔でタオルを受け取った。

「ありがとう、ユルク。とっても気持ちよかった。今度はわたしの番だね、背中向けて」

「うん、それじゃあお願いね」



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