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ハーロイの街 4

水上都市 4


 ハーロイの街に泊まり三日目が訪れた。

 今日がハーロイの木々に花を宿すと言われていた日だ。

 女将さんに話すと「夜に見るのが絶景だよ」とのことなので、私は朝はのんびり日記を書いて過ごした。

 ハーロイの街のこと、アンジュのこと、ダルクのこと、書くことはいくらでもあった。

 思い出が色褪せてしまわないように、大切に大切に書き記していく。

 昼はアンジュの舟を出してもらって、もう一度市場に行った。

 昨日は食べきれなかった気になっていた食べ物を、端から堪能する。

 贅沢に二時間くらいかけて、休み休み胃袋いっぱいにハーロイの味を詰め込んだ。

「ユルクさん、そんなに一生懸命食べなくても」

 とアンジュは苦笑していた。

 おかげで夕飯を平らげるのが一苦労だったりもした。

 そして夜。

 私はアンジュの漕ぐ舟でハーロイの木々を見に行く事にする。

「行きましょうか、ユルクさん」

 空を見上げたアンジュの案内とともに舟はゆっくりと進む。

 私は目を閉じた。目的地に到着した瞬間に木々の花々が見えるようにだ。

 アンジュが舟を漕ぐ静かな音が聞こえる。

 熱帯気候のハーロイも、夜には涼しい風が吹く。

 もうじきこの風ともお別れだ。しっかりと吸込み、香りを肺の奥まで染み込ませた。

 やがて舟の速度が減速して、止まったように感じられた。

「着きましたよ、ユルクさん」

 アンジュの言葉に目を開く。一面に、色付いたハーロイの木々があった。

 薄い桃色と言われていたが、夜の月明かりにそれはほとんど真っ白に見えた。

 何十何百という木が、真っ白な花を全身に咲かせている。

 月明かりが花々と水面を映し出し光を放っていた。

 水面一面に花が映って、まるで水と花々の境界線を無くしてしまったようだ。

 風が吹くたびに、ざぁっと音を立て木が揺れる。花びらが舞い散る。

 水面に落ちた花びらが、その上を泳いでいる。

 白いヴェールに包まれたハーロイの夜に、私は目を奪われた。

「これは……すごいな」

「ハーロイの人々も毎年心待ちにしている風景です。本当に綺麗で……」

 アンジュもじっと花々に目を向けている。

 アンジュの長く美しい銀髪の周囲でも、花びらが舞う。

 その様が印象的で、じっと風に揺れるアンジュの姿を見つめていた。

 気付いたアンジュが微笑み首をかしげる。

「どうしました、ユルクさん?」

「いや、なんかアンジュは月の女神のようだなって」

「えっ、やだ、そんなことないですよ。突然なんですか」

 照れて可笑しそうに笑うアンジュと、ハーロイの花。

 その光景を存分に目に焼き付けて、そばの水面に揺れていた花びらをそっと拾った。

 この素晴らしい光景を瞼の奥に焼き付けて――。

 十分に時間が過ぎたころ、アンジュが「そろそろ宿に戻りますか?」と言った。

 私が頷くと、舟がゆっくり動き出した。よく見れば、周りにも舟がたくさんあった。

 皆、この景色を楽しみにしていたのなら当たり前のことか。

「本当に、良いものを見させて貰ったよ」

「また、来年も花は咲きます。ユルクさん、その時はぜひ見に来てくださいね」

「ああ、きっと来るよ」

 宿に戻ると女将さんが妙に上機嫌で出迎えてくれた。

 ハーロイの花を見せられたのが嬉しかったのだろうか。

「それじゃ、あの、ユルクさん、ここで……」

「うん、アンジュ。舟を出してくれてありがとう、素敵な景色が見れたよ」

 相変わらず宿に戻ると元気がなくなるアンジュと別れ、階段を昇り自分の部屋に戻った。

「ふう、すごいものを見れたな……。ダルクにも良い話が出来そうだ」

 椅子に腰掛け、夜の闇に沈んだ水平線の向こうに目をやる。

 ここからはハーロイの花は見る事が出来ない。それでもその水面の向こうで今もなおあの花々は咲き誇っているのかと思うと、自然と笑みがこぼれた。

「街を生かすだけじゃないな。街に住む人々の心も生かしている。すごい木々だ」

 あの美しい景色もすべて日記に書き留める。

 私はハーロイの街が好きになっている自分に気が付いた。

「また来年、か」

 アンジュの言葉を思い出し、日記を終えてベッドで横になる。

 目をつむれば白い花が空に水面に咲き誇る光景が浮かぶ。

 水面に舞う花びらのように。

 ゆっくりゆっくりと、私は眠りの中に沈んでいった。


 翌朝、ハーロイの街四日目の朝が来た。今日は準備をして出立である。

 部屋を出て食事スペースに向かう。女将さんが忙しく動いていたが、アンジュの姿がなかった。

「女将さん、おはよう。アンジュは?」

「あら旅人さんおはようございます、やっぱりアンジュがお気に入りかい?」

「いや、そういうワケじゃないけど」

 私が少し口ごもると、女将さんはニヤリと笑って言った。

「あの子ならちょっとお使いに出てますから。今日は戻らないかと」

 今日は戻らない――。連日案内してもらったお礼は言いたかったけど。

 残念な気持ちを顔に出さないようにしながら、朝食を終える。

 部屋に戻り荷物の準備をして、女将さんにお礼を言って宿を出た。

「やぁ、冒険者さん。ハーロイの街は楽しめましたか?」

「ナッツ! ああ、とっても良かったよ。君が舟を動かしてくれるのかい?」

「ええ、女将さんに頼まれたものですから」

 ハーロイの街についた時に案内をしてくれたナッツと三日ぶりに顔を合わせる。

 舟は快速で国境付近まで滑るように進んだ。

 この街もしばらく見納めだ。私は流れる景色をじっと見つめていた。

 良い四日間を過ごした。充足した気持ちがある。

 アンジュのことだけが気がかりだけど――。

 自分は旅人だ、深入り出来る問題じゃないと思いなおしてみてもすっきりしない。

 ただ、自分はこの街を去る。それだけのことだ。

「着きましたよ、良い旅を」

 あれこれと考えているうちに舟は国境付近に到着していた。

 ナッツに礼を言って、国境を出る前にすぐそばにある冒険者ギルドに寄った。

 闇の街シェイドまでの行程を確認しておきたかったのだ。

 ギルドの中で世界地図を開く。さらにその中でもハーロイの街を拡大しているページへ。

 そこからシェイドまで、それほど距離はないように見えた。

「ええと、これくらいの距離だと……徒歩で十日ってとこかなぁ?」

 いくつかの街を旅してきて掴んだ距離感で、正確なものではない。

 しかし目安にはなる。方角もしっかりメモをして、依頼書を確認してギルドを出た。

 そのまま国境も後にして、さあ新しい旅だと思ったとき、私の前に人影が立った。

「君は……アンジュ? なぜここに? それにその恰好はどうしたんだ?」

 目の前に立つアンジュは、いつになく厳しい表情を浮かべていた。

 それに長かったスカートを短い物に履き替え、ブーツを履いている。

 長い髪は後ろに束ねられていた。旅行者のような姿だ。

 アンジュは緊張した面持ちで、口を開く。

「ユルクさん、あの……私も今日から冒険者になりました」

「えっ!? だって、宿の仕事は?」

「もう、私は必要ないそうなので……そう言われて」

 アンジュの目から一筋の涙がこぼれた。突然のことに私は戸惑った。

「どういうことだ、アンジュ。女将さんは、ちょっと買い物に行っているって」

「もう私はいらないのだそうです。だから、出て行けと」

 一度言葉を切ったアンジュが、大きく息を吸いこんで続ける。

「それで、ユルクさんはお金も持っているし優しいから、ついていったらどうだって」

「女将さんが、そう言ったのか?」

 出発前の女将さんのイヤな笑みは、そんな含みを持っていたのだろうか。

「だけど、どうして……」

「私、捨て子だったんです」

 アンジュは目に涙をためたまま言った。

「捨てられた子供で、おかあさんに引き取ってもらったんです。まだ小さな時の話です。おかあさんは可愛がってくれたけれど、実の子供がふたりも生まれると私への愛情はどんどんなくなっていって……」

 アンジュをまるで召使いのように扱っていた女将さんの姿を思い出す。

 あれは、すでに愛情が枯渇していたからなのだろうか。

「おかあさんの子供たちも立派に育って、宿には私はもういらないんだって言われました。でも私には行く当てもありません。そうしたら、冒険者になってユルクさんについていけと。これが最後の親心だって言われました。……私はまた、捨てられました」

「アンジュ……。だけど、私の旅は……」

「決して邪魔にはなりません。足手まといにならないように努力もします。だからユルクさん、どうか私も冒険に連れて行ってください!」

 突然の申し入れに、私は困惑した。

 ――アンジュを旅に連れていく?

 気ままな一人旅を、目的もなく続けている私が誰かと共に?

 どうしていいかわからず返答に困っていると、アンジュがナイフを取り出した。

「おい、待てアンジュ!」

「これが、冒険者になる私の決意です」

 アンジュが束ねていた長い銀髪をナイフで切った。

 美しい髪が、陽光を浴びてキラキラと光りながら空を舞っていく。

「どうか私の決意を受け入れてください。もう、私は捨てられたくありません」

「アンジュ……」

 束の間、私はどうするべきか迷った。

 もしも私が断れば、彼女はひとり冒険者として旅を始めるだろう。

 けれど旅行の経験すらなさそうな少女に、冒険者なんて務まるはずがない。

 そうすれば、どうなるか……。危険なことであるという実感はあった。

 アンジュを見捨てて行く事が出来るのか……自問している間もアンジュはじっと私を見ている。

「旅は気ままなだけじゃない。楽しいだけじゃない。しんどいことも苦しいこともあるよ。危険な目にだってあうかもしれない」

「すべて覚悟の上です、ユルクさん! どうか、私をユルクさんの旅に同行させてください!」

 アンジュは食い下がる。彼女を見捨てていけるのか、もう一度自問した。

 ――出来ない。こんな少女ひとりを広い世界に突然放り出すわけにはいかない。

 せめて旅のなんたるかを知るまでの間だけでも、連れていくべきではないか。

 思案した私が、重い口を開いた。

「……わかった。アンジュ、しばらくの間は一緒に旅をしよう」

 私の言葉を聞いたアンジュが、嬉しそうに笑った。

「本当ですか、ユルクさん!?」

「ああ、でもいつまで一緒にいるかはわからない。まずは君が旅のなんたるかを知るまでの間だけでも……行動を共にしよう」

「ありがとうございます! 私決してユルクさんのお邪魔になりません!」

 泣きながら笑うアンジュが、私に抱き着いてきた。

 落ち着かせるように何度も背中をさする。胸の鼓動が、早鐘を打つ。

 アンジュはまだ震えていた。この子は捨てられたばかりなのだ。仕方ないことだった。

 一度頭を撫でて、肩を掴み顔を合わせて言う。

「でも、旅の道中で敬語もさん付けもどうにも落ち着かない。ユルクさんは勘弁してくれないか? それに、敬語もさ。私は緩く旅をしたいんだ。堅苦しいのは無しにしよう」

「それは、あの、努力します。ううん、努力する。よろしくね、ユルク。……ありがとう」

 泣きながら微笑むアンジュ。その顔に一瞬釘付けになってしまう。

 肩までの長さになった銀髪が、活発に動く。私はこの子を泣かせないようにせねば。

 そう心に決めて、私は手を離した。

「と、とにかくまずはアンジュの荷物を確認して、必要なものは近くの街で買い揃えよう。お互いに色々決めなきゃいけないこともあるだろうし、旅の道行きでそれも決めていこう」

「うん! うん! ……ありがとう、ユルク」

「それじゃあ、近くの街に寄ったら闇の街シェイドに行こう。私たちの旅の始まりだ」

 二人とも荷物を背負い、歩き出す。

 旅路を祝福してくれるかのように、陽射しがまぶしいほどであった。

 誰かと旅をするなんていつぶりだろう。その機会がこんな異世界で訪れるなんて。

 目指すは闇の街シェイド。

 私たちはゆっくりと目的地に向けて歩き出した。


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