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ハーロイの街 3

水上都市 3


 翌朝、私はベッドの真ん中で大の字で横になったまま目を醒ました。

 窓に目をやると、水平線の向こうから太陽の半分が見える。夜明けだ。

 水面が太陽の陽射しを一面に浴びて輝く。夜の闇を光が差し込み照らしていく。

 星は見えなくなり雲が黒い影から白いふわりとした姿に変わっていった。

 その様にしばしの間、目を奪われる。

 水面の光の中で、影のような小さな舟がいくつも行き来していた。もうハーロイは動き出しているのだ。

 朝日を十分に浴びてから、私は部屋を出た。

 階段を降りると、アンジュが忙しく朝食の準備に取り掛かっていた。

「ユルクさん、おはようございます。早いんですね」

「昨日早く寝たせいか、早起きになってね。でもおかげで綺麗な朝焼けが見えたよ」

「それは何よりです。もう少しで朝食の準備が整いますので、座っておまちください」

 席についた私に、アンジュがお茶を出してくれた。

 ナッツに振舞ってもらった甘い茶ではなく、渋みのあるお茶だ。寝覚めの頭にはちょうどいい。アンジュが気を利かせてくれたのかもしれない。

 少しずつ、宿の宿泊客たちが降りてくる。ダルクも、私の姿を見つけると隣に腰掛けた。

「おはよう。今日出るんだろう、ダルク。街の入り口まで見送るよ」

「そこまで気を使わなくていい。宿の船着き場まででも来てくれりゃあいいさ」

 寝癖頭のダルクが気怠そうに微笑んだ。

 朝食はパンとスープ、それに木の実をふんだんにつかったオムレツのようなものとフルーツだった。パンは焼きたてで香ばしく、スープは少し塩辛さがあり甘めのパンに合う。

 木の実のオムレツは十分に実の歯ごたえがあり、食べ応えがあった。

 フルーツは熱帯気候のハーロイにふさわしく、甘く芳醇な香りがある。果汁もしっかりと詰まっていて、さわやかな味わいだ。

「美味しいね、ダルク」

「ああ、この世界の料理は本当にハズレがない」

 ダルクは今まで食してきた品々の話を、食事に手を伸ばしながら話した。

 私よりも多くの世界を旅したようで、様々な品の話を聞かせてもらう。

「炎の街にはドラゴンの血を使った『火酒』ってやつがあってね、そいつがたまらない。胃を焼くように熱して、全身をほてらせる。ユルクともいつか飲み交わしたいもんだよ」

「私が行った商業都市は多国籍料理って感じで屋台も多くてね、一緒に回ってみたいよ」

 そんなことを話しながら朝食を終え、いったんそれぞれの部屋に戻る。

 ダルクを見送ったら、ハーロイを観光してみるつもりだ。花が咲くまで二日。

 そこそこには街を見て回れるだろう。

 旅の荷物の中から、観光に必要そうなものだけを選び革袋につめていると、部屋の外から声がかかった。

「ユルクさん、ダルクさんがお呼びですよ」

 アンジュだった。私は腰を上げて部屋を出る。アンジュに「ありがとう」と告げるとダルクの部屋に向かう。アンジュも付いてきた。

「君もダルクの見送りに?」

「はい、お客さまをお見送りするのも仕事のうちですから。それにダルクさんは色々な国のお話をしてくださいましたから、私としても見送って差し上げたいのです」

 ダルクの部屋の前に着いた時、ちょうど扉が開いた。旅支度を整えたダルクが部屋から出てくる。

「お、お二人さんお揃いで。そんじゃ、アンジュ。世話になったね」

「いいえ、こちらこそご利用ありがとうございました。お話も楽しかったです」

 三人で宿を出て、船着き場へ行く。そこにはすでに数艘の舟が停泊していた。

 そのひとつにダルクが飛び乗る。舟の揺れさえ楽しんでいるようだ。

「じゃあ、行くわ。ユルク、またな」

 ダルクが拳を伸ばしてくる。私はそれに拳を合わせて応えると、互いにハイタッチした。

「元気でね、ダルク。またの再会を楽しみにしているよ」

 舟が滑らかに動き出す。私とアンジュはダルクの舟が見えなくなるまで手を振っていた。

「ユルクさん、ダルクさんのお知り合いだったんですね」

「うん、旅の最初に出会ってね。色々世話になったかな」

「おふたりを見ているとなんだか羨ましいです、ああ、これが仲間なんだなって感じます」

 眩しいものを見るような目で、ダルクの去った水面と私を見ながらアンジュが言う。

 そんなものなのかもしれない。ダルクとの関係は、緩いが決して切れない何かを感じている。それはお互い異世界人だということだけではない繋がりを感じた。

 一度宿に戻り、荷物を持って再び外に出た。そこにはまだアンジュの姿があった。

 私が戻って来たのを見て、アンジュがぺこりとお辞儀をする。

「アンジュ、私は今日は観光に行くだけだよ。見送りはいらない」

「おかあさんに言われたんです、ユルクさんの観光案内についていけと。お邪魔じゃなければ、この街を私に案内させてくださいませんか?」

 意外な申し出に、私は少し戸惑った。

「それは助かるけど、宿の仕事はいいのかい?」

「はい、おかあさんに行けと言われましたので」

 語尾に微かな震えを感じたのは、気のせいだろうか。

 なんにしても、無碍に断るのは得策でもないような雰囲気を感じて私は頷いた。

「わかった、ありがとう。それじゃあ、街を案内してくれると助かるよ」

「はい! よろしくお願いいたします」

 私が頷くと、アンジュは安堵したような表情を浮かべた。

 アンジュが私を宿と同じ印の入った舟に誘う。漕ぎ手をどうするのかと思ったが、アンジュが躊躇なくオールのようなものを手にした。

「えっと、アンジュが舟を漕ぐのかい?」

「ええ、ハーロイの住人に舟を操舵出来ない人間はいませんよ」

 考えてみれば地面がすべて水面の街である。誰だって舟くらい乗りこなせるのか。

「それでユルクさん、どこか行きたいところはありますか?」

「それがアテもない旅でどうにも目的地がなくてね。アンジュのオススメで頼むよ」

「わかりました」

 私が気まずそうに頭をかくと、アンジュが噴き出して微笑んだ。

 花が咲いたような笑み。彼女はこんな風にも笑うのか。宿では見れなかった表情だ。

 アンジュの案内で、まずは中央省庁に行った。石造りの三階建ての立派な建物である。

 街の生活と政治に携わることはすべてここで行われているという。

(市役所とかに似ているな)

 内装は石で作られていることや、異世界の置物が並んでいること以外役所に近い。

 来ているのも住民が多いが、ちらほら風変わりな見た目の者もいた。冒険者だろうか。

「ここがハーロイで一番大きな建物です。屋上にテラスがあって街を一望できますよ」

 アンジュに連れられてテラスに出る。

 すっかり日も中天に昇り、夜明けとは違う景色が見えた。

 舟で見るよりずっと広い視界で、ハーロイを見下ろす。石造りの建物と木造の小屋が立ち並ぶ街並み。常にせわしなく舟が移動していて、輝く水面に線を引いているようだ。

 手で陽射しを避けながら、じっと街を見下ろす。異国の風。

 自分は今旅をしているのだと実感させてくれる。静かな心の高ぶりが、心地よかった。

「ありがとう、とても良い場所だった」

「景色を見ているユルクさん、本当に楽しそうでした。旅がお好きなんですね」

 たっぷりと時間をかけてハーロイの街を見下ろしたあと、アンジュに礼をいって役所を後にする。次にアンジュは街の神殿を案内してくれた。ここも石造りの大きな建物だが、入ると天井がとても高い一階建てであった。

 天井には、絵が描いてある。水の精霊を称えるものだとアンジュが言った。

「水の精霊、か。この世界、あ、いや街の人は精霊とか信じているのかい?」

「はい。この街は水によって生かされていますから、街の人々はここで感謝の祈りを捧げるのです」

 神殿の中心には大きな祭壇があり、それを囲むように円形に石のベンチが集まっている。

 そこに座り、多くの人が祭壇に向けて祈りを捧げていた。祭壇には女性をかたどった像と、円と十字架を合わせたような紋章が建っている。

「せっかくだから、私も少し祈って行こうかな」

「はい、ぜひ。水の精霊へ感謝を伝えてください」

 アンジュと共に腰を下ろすと、荷物を置いて周囲に倣って手を組んだ。

 ハーロイの街を見せてくれたこと、この美しさ、たくましさ。

 そしてここに私を導いてくれたことに。祈りを捧げる。ダルクやアンジュ、ナッツや女将さんたちの顔が浮かんでは消えた。彼らの面影を保存するように、瞼の裏に映ったその像に線を引き彩りを描くイメージを思い浮かべる。

 祈りと思い出のスケッチを終え立ち上がる。もう一度精霊像を見上げて、息を吐いた。

「行きますか?」

「うん、そうしよう。不思議だ、なんだか心が洗われたような気持ちだ」

「精霊の加護を受けたのかもしれないですね」

 嬉しそうに微笑むアンジュを連れて、私は神殿を後にした。


 昼時に近づいていた。アンジュは私を市場に案内してくれた。

 そこには獲れた魚を売りさばく店や、それらを料理して売っている屋台が並んでいる。

 魚や調味料が熱で焦がされる、食欲をそそる香りも漂っていた。

「なんだかお腹が空いて来たな、アンジュ、お昼は? 宿に戻らないでいいのかい?」

「はい、今日はユルクさんをご案内しろとのことなので。お昼は食べなくて平気です」

「何言ってるの、お腹すいたでしょ? 案内のお礼におごるから、なんでも食べてよ」

「でも、それは……」

「いいからいいから、さっ、行こうアンジュ」

 遠慮するアンジュの細く美しい手を掴むと、二人で一緒に市場を回る。なんだか、デートみたい、私は内心赤面してしまった。

 日本でも見た事あるような見た目の魚から、これ本当に食べられるのかと思ってしまうちょっとグロテスクな生き物まで、様々なものが並んでいる。

 いくつか、動物の肉を扱う店や屋台もあった。肉を焼く香りが、祭りの屋台の肉串を思わせる。懐かしくなって、私はそれを二本買ってアンジュと食べ歩いた。

 食感は柔らかく、弾力がある。タレの味が染み込み甘辛く仕上げている。

 牛肉に良く似た食べ応えで、懐かしくなってパクパクと食べ進めた。私が食べ終わっても、アンジュはまだ半分食べたくらいである。がっついてしまったと少し気恥ずかしかった。

「あ、ユルクさんほっぺたタレついてます」

「え、しまった」

「じっとしててくださいね」

 アンジュの指が、唇に触れる。思わずドキドキしてしまった。

「あ、あはは。美味しいねぇ、旅先で美味しいものを食べるのは旅の醍醐味のひとつだよ」

「さすが冒険者さんですね、ユルクさん」

 思わず言い訳にすらなってない言い訳をしてしまう。

「冒険者ってのはなんだか恥ずかしいけど。ただの旅人だよ」

 冒険者と言われて、ふとダルクが言っていた冒険者ギルドが気になった。

 ハーロイの木々の花を見た後は、特に予定がないのだ。ギルドを見てみるのも良いかもしれない。

 屋台を存分に食べ歩きして、果実をしぼったジュースを味わい、船着き場に戻った。

「本当に、ごちそうさまでした」

「いいんだよ、気にしないで」

「それで、このあとはどうしましょうか? 見たいものはありますか?」

「冒険者ギルドって、ハーロイにもあるのかい? あるなら行ってみたいんだけど」

「もちろん、ありますよ」

 アンジュが舟を走らせる。湖の反対側に向けて、まっすぐ水面を切っていく。

 やがて、国境の入り口付近まで来ると舟の速度が遅くなった。

「あれが冒険者ギルドです」

 アンジュが国境のすぐ横あたりを指さして言った。

 なるほど、冒険者がすぐに立ち寄れるように、冒険者ギルドは国境付近にあるのか。

 木造の、革袋を描いた旗をなびかせた建物だ。舟を近くに泊め、降り立った。

 一日ぶりの地面の感触は、やはり安心感がある。

 冒険者ギルドに入ると、すでに数名の冒険者が中にいた。

 私はまだ見慣れない文字をなんとか追って、受付まで辿り着く。アンジュも付いてきた。

「なるほど、仕事の依頼……色々あるな。運びものから探しもの、珍品の蒐集に手紙を送るようなもの……。魔物討伐!? そんなのもあるのか、こわっ」

「冒険者さんは色々な場所を訪れるので、こうした募集が多いんです。手紙など、なかなか行商人などにも頼みにくいので、ここでお願いしたりするんですよ」

 横で解説してくれたアンジュに目をやると、アンジュは不思議そうに小首をかしげた。

「あの、何か?」

「いや、アンジュは冒険者でもないのに詳しいんだなって」

「私、世界地図とか見るのが好きで。色んな場所に思いを馳せてます。それで冒険者ギルドにもたまに足を運ぶんです、どんな依頼があるか見るだけで楽しくで」

 依頼書のページをめくる。いくつか気になるものもあったが、決めかねていた。

 ふと、ひとつの依頼に目が留まった。内容は鉱石の発掘、場所は闇の街シェイドとある。

「闇の街?」

「シェイドは巨大な洞窟の中に作られた街で、陽射しが一切差し込まないんだとか。それで蝋燭やランプの生産が盛んな街でもあります。きっと街中に灯かりがともっているんでしょうね」

「暗闇に包まれた街に、ランプの明かりか。……見てみたいな」

 興味を刺激されて、詳しく依頼を見る。シェイドでしか取れない鉱石を持ってきて、ギルドに届ける仕事のようだ。届け先のギルドもいくつか候補があり、難易度は低く設定されていた。

「これにしようかな、シェイドって街を見てみたい」

「じゃあ、冒険者登録をして受付で手続きですね」

「詳しいなぁ」

 アンジュの知見に苦笑しながら、私は冒険者登録のカウンターに向かった。

 ユルクと名乗ると、カウンターにいた女性が書類を調べて戻って来た。

「ユルク様、すでにご登録がありますね」

「えっ、登録は初めてのはずだけど……同じ名前の人とか」

「推薦による登録で、雑用・庶務Sランクの評価がついております。優秀な冒険者ということでしょう。推薦人はマーロウ様とありますが、お知り合いですか?」

「マーロウが……。そっか、マーロウ、そこまでしてくれていたのか。はい、覚えありです」

 どうやら荷物運びの手伝いのあと、マーロウが推薦を入れておいてくれたらしい。

 いくつか説明を受けたが、推薦は自分で登録するよりもランクが上になるという。

 信頼度も高まるらしい。私はマーロウの心遣いに感謝した。

 登録証と言われた薄い手帳――表には旗と同じ革袋があしらってあった――を受け取り、依頼受付に向かう。話を聞いていたアンジュは「ユルクさんは色んな人に感謝されているんですね」と優しい笑みを浮かべていた。

 受付でシェイドの依頼を受ける旨を述べると、さっそく登録証に依頼が書かれ、ハンコのようなものが押された。「よろしくお願いいたします」と事務的に言った受付の女性に軽く頭を下げてギルドを出る。

 目的は終えたが、まだ宿に戻るには早い時間だった。

「ちょっと時間が余っちゃったな。アンジュ、何かいい場所はあるかい?」

「そうですね……。ユルクさん、魚釣りはどうですか? 釣れた魚を夕食にお出しすることも出来ますけど。銅貨三枚で入場いただけます」

「あ、それはいいな。やってみたい」

「では、ご案内いたします」

 アンジュがにこりと微笑んで、舟を漕ぎ始める。

 風に吹かれながら、広いハーロイの街を存分に堪能する。

 やがて見えて来た場所では、いくつもの舟から釣竿が伸ばされている場所だった。

 アンジュが舟を網で作られた囲いの中に入れた。ここが釣り堀というワケだ。

 そのまま大きな船に乗る人となにやら交渉をして、銅貨を三枚渡すと竿をエサをもらった。

「この囲いの中なら好きな場所で釣りが出来ます。オススメの場所までいきますね」

「ありがとう、大物が釣れる場所でよろしく」

 笑って言って、私はエサを確認した。どうやら乾燥させた果実のようだ。ミミズみたいなのだったらどうしようと思っていたので、ちょっと安心した。

 アンジュオススメのポイントに着くと、私はさっそく釣竿を垂らした。

 さすがにすぐに引きは来ない。のんびりと、ぼうっと景色を見て過ごす。

 こういう緩い時間が、実に良い。なにせユルクと呼ばれる女である。緩いのが一番だ。

 アンジュも遠くを見るような目で水平線に視線を向けている。

 陽射しの強いハーロイの街で、この子の顔はなぜこんなに白いのだろう、とぼんやり考えた。

「はぁー、いいねぇ。こうして景色を見てだらっとするのも旅の魅力だよ」

「ユルクさん、なんでも楽しめるんですね。冒険者になるために生まれた人みたいです」

 アンジュの笑顔に苦笑を返したとき、竿に強い引きが来た。

「おおっと、これは大物かな?」

「釣竿がかなりしなってますね。ユルクさん、竿を引いてください!」

 釣竿を引っ張り上げると、強く重い手応えが返って来た。あまりの重さに根掛かりかとも思ったが、グイグイと引っ張り返すような力を感じる。相手は間違いなく生き物である。

「これは……なんだ? すごい重さ……竿が折れるぞ!?」

 異世界に来てから、これほど力を思い切り使ったことがあるだろうか。

 私は全力で釣竿を思い切り引き上げた。すると、バシャンと勢いよく水が跳ねる音がして、私とアンジュに盛大に水飛沫がかかった。

 竿にかかったのは、二メートルはあるであろう陽射しを受けて輝く巨大な魚だった。

「フィレッシュです! すごい、普通は大人三人で釣り上げるのに……」

「くそ、暴れるな! ええい、もうビショビショだよ。このっ!」

 渾身の力を込めて釣竿を引いた。フィレッシュと呼ばれる魚をなんとか舟の上に乗せたときには、釣竿がぽっきりと折れていた。水揚げされたフィレッシュはなおも暴れていたが、すぐに釣り堀の人間が現れて網できつくしばってくれた。

「お客さん、フィレッシュをひとりで釣り上げるとかそんな見た目でどういうパワーしてんだ?」

「いやまぁ、力が強い方でしてね。あはは……」

「こいつを入れる袋とタオル貸すから、一緒に来てくれ」

 狭い舟の真ん中で、網に縛られたフィレッシュが苦しそうに身悶えしている。

 髪から服までビショ濡れになった私とアンジュが顔を見合わせた。

「あは、あははっ、あははははっ!」

 アンジュが弾けたように笑った。つられて私も大笑いする。

 こんな頭からビショビショになったのは子供の時以来だ。

「私、こんなずぶ濡れになるの初めてです、あはは、おっかしー。なんだか笑っちゃいます!」

 アンジュが今まで見た事がないような明るい顔で笑う。

 この笑顔が見れただけでも、こいつを吊り上げた甲斐があったってもんだ。

 私たちは釣り堀の係りの舟に案内されてフィレッシュを袋に入れて宿に持ち帰った。

 宿が近づくにつれて、アンジュの表情が暗くなって行くのが気になったけど――。

 その晩、宿の夕食は宿泊客全員にフィレッシュの活け造りが振る舞われた。

 旅人たちの笑顔と礼にまみれながら、私も新鮮なハーロイの幸に舌鼓を打ったのであった。



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