闇の街シェイド 4
シェイド4
わたしはユルクと別れたあと、日の目の女性に蝋燭を作る工房へ案内された。
「体験教室もやっております、アンジュさんもどうですか?」
「えと、じゃあせっかく来たんだし、お願いします」
「ではこちらへ」
日の目の女性に案内されるまま、薄暗い階段を昇るとそこには一際たくさんのロウソクがあった。
「わぁ、キレイ……!」
「さぁ、こちらのイスへどうぞ」
促されるままに席につくと、まず目の前に淵の広いコップが置かれた。
「ここにさまざまな色の蝋を垂らしていきます。途中、飾り物を挟んだりすることも出来ます。蠟はしたたる瞬間は熱いですが、すぐ冷めますので加工しやすいかと思いますわ」
私は説明を受け、蝋がしたたるロウソクのもとにコップを運ぶ。
青、クリーム色、緑、赤、さまざまな色のロウソクがある。
私はクリーム色を中心に、青い星が輝いているようなロウソクを作った。
ユルクのことを思いながら作っていたら、自然とそうなった。ユルクはわたしの人生の輝ける星だ。
「出来ました」
「お上手です、アンジュさん。では中央に紐をつけますゆえ。……これで出来上がりです」
「ありがとうございます」
わたしは料金を渡して、ロウソクを受け取った。
宿屋のほうが騒がしかった。不意にユルクのことが不安になり早足に宿屋に戻る。
ちょうど工夫と思しき人がわたしたちの部屋から出てくるところであった。
「あの、ユルクになにかあったのでしょうか!?」
「ああ、嬢ちゃんこの部屋に相方さんかい。ちょっとユルクは闇に飲まれちまってな」
闇に飲まれるーー一体どういうことだろう。
「炭鉱でたまにあるんだ、掘るのに夢中になるあまり、まるで明かりの届かないとこまで掘り進めてしまってな。闇の中にひとりきりって感覚に酔っちまう」
「すると、どうなるのでしょうか?」
「光も人も怖くなる、闇にひとりでいたくなるんだ。まぁ、ユルクは発見が早かったから本調子になるまでそんなにかからないだろう」
ユルクがそんな病にかかってしまうなんて。
「あの! わたしに出来る事ってありますか?」
「そうだな、小さな火を灯して、小さな声で話しかけてやるといい、徐々に闇から拾い上げるんだ」
「わかりました! ありがとうございます!」
ユルクをベッドに寝かせて、大きなロウソクを消した。
ユルクの存在がこのうす闇に溶けてしまうのではないか、不安でしかたない。
今日作って来たロウソクをベッドの上で灯した。私の思いが少しでも伝わるように。
「闇……闇が心地いいの、暗くして……」
消え入りそうな声でユルクが言った
「ダメだよユルク、闇に飲まれちゃわないで! わたしがいるから」
ベッドに入り、ユルクの顔をそっと抱きしめた。
ユルクは生気のない瞳をしている。
そんなユルクの顔をぎゅっと抱きしめる。ユルクがびくりと身体を動かしたが、手は離さなかった。
「ユルク、ゆっくり呼吸して。大丈夫、大丈夫。わたしを見て。アンジュだよ、怖くない」
「アン、ジュ……」
「ユルク、ゆっくりでいいんだよ。ゆっくり戻って来て」
ユルクがわたしの胸の中で震えている。あれほど頼もしかったユルクが。
わたしが保護してあげなきゃ闇に飲まれてしまいそうなユルク。
その髪を優しく撫でる、ユルクの柔らかな黒髪が、すぅっと指を受け入れていく。
どれほどそうしていただろう、ユルクの震えが少しずつ小さなものになっていった。
けれど、ユルクは顔を一向にあげようとしない。わたしの胸の中で浅い呼吸を続けている。
「わたしがいるからね、ユルク」
そっとユルクの顎を持ち上げた。光に、ユルクの表情が歪む。
その頬に手を添えて、そっと唇を重ねた。柔らかな、ユルクの感触。
ユルクの唇が動き「はぁ」と小さく息をついた。それを追うように、わたしはもう一度ユルクにキスをした。ロウソクが映し出す二つの影が、そっと重なり、空間を泳いだ。