味噌汁の誘惑には勝てなかった
その後買い物を無事終えて、重い米抱えながら帰る。
「ありがと啓、重いでしょ」
「重いけど、これを涼に持たせる訳にもいかないし。男たるもの女と子供は守らんかいってばーちゃんも言ってた」
「兄貴だったら言われてもしないから。啓良い奴!」
「それは光栄。と言っても頼まれなきゃしないからね。自分じゃまず炊けてない米を買うという発想にすらならない」
「コンビニ弁当とか、パックのご飯って実は割高なんだよ。お米買って一気に炊いた方が安くて済む」
「へぇ。ところで何で涼はそこまでお金に厳しいの?」
「何でって、学校でお金は大事って習ったから」
「……それだけ?」
「何だよ、大事な事じゃん」
「うん、まぁ、大事だけど、そのために危険な目に合ったら本末転倒な気がするよね」
「大丈夫、詐欺かどうかはちゃんと考える」
詐欺よりも今この状況について考えて欲しい。
言われてみれば、男の所に泊まるなよとは習わないかもしれないけど。何ていえばいいのやら。
「詐欺以外にも犯罪はあるよ」
「知ってるよ。悪徳商法とかでしょ」
「それも詐欺だよ。そうじゃなくてほら、身売り的な」
「あぁ、誘拐とかね。大丈夫、警察に電話位出来る」
「誘拐とはちょっと違う気もするし、警察に電話出来なかったらどうするのかって思うんだけど」
まぁいいか。うちにいる間は一人にさせないよう気を付けよう。あと俺が頑張ろう。
俺の心涼知らず。ニコニコしながら答えた。
「いざって時は兄貴のふりするから」
「逆に暴力を振るわれたらどうするんだ」
「兄貴ってそんな暴力沙汰になるような事してんの?!」
「うーん。そこまで頻繁にじゃないけど、すぐ喧嘩は売るよ」
「やだ、喧嘩して入院になんてなったらもっとお金かかるじゃん! 全く、兄貴はお金を無駄遣いするんだから。ほんと将来心配」
「涼はおりこうさんだなぁ。俺だったらそんな奴もう心配しない」
「他にも悪い事してたりする?」
「悪い事はそんなに。タバコやお酒なんかはやってないしね。ただ人をイラつかせるのが異常に得意なだけ。自覚無いのかもしれないけど」
「そっか。じゃあまだ安心、していいのかな」
「あぁ、あとは捨ててあった弁当食べて、丸一日学校のトイレにこもった事があって。便所マンの異名を持っている」
「あたしそんな異名を持つ男の妹って事になるじゃん。兄貴のバカ!」
「でもそれ位だから。涼も兄ちゃんがアレで苦労するだろうけど、そんなに心配しなくていい」
「うん。というか啓にも苦労かけてるよね。ごめんね」
「いや俺はもう諦めてるから。それより気になってたんだけど、涼は兄貴呼びなんだ」
呼び方なんて各家庭色々あるだろうけど、クラスの女の子とかは、お兄ちゃんって呼んでるのが一番多かったかな。女の子で兄貴って呼ぶ子はあんまりいなかった気がする。ましてや双子って名前で呼び合うイメージ。
「兄貴が兄貴って呼ばれるのが一番カッコいいって」
「弟の俺にはよく分からん感情だ」
「あ、啓弟なんだ」
「うん。兄ちゃんも姉ちゃんもいる一番の末。あぁでも、妹や弟がいたらなーって感情はあったかも」
今更そんなの求めてないけどね。
「じゃ、啓の事も兄貴って呼んであげよっか」
「涼は本当に右斜め四十五度の発想をぶっこんでくるなぁ」
「ん? 嫌かな」
今更そんなの求めてないけどね、嫌ではないな。
「じゃあ試しに」
「分かった、啓兄貴」
「んん、悪くない。でも俺兄貴よりお兄ちゃんの方がいいかな」
「啓お兄ちゃん」
んん、悪くない!
けどやっぱり名前で呼ばれる方が俺嬉しいな。
「やっぱり俺弟でいいや」
「じゃあ啓があたしの事お姉ちゃんって呼んで」
「え? 涼お姉ちゃん」
「あ、何か違和感。あたしも妹のがいいかな」
そんな他愛のない会話で寮の前まで来てしまった。もうちょっと話す時間があってもいいと思えた位に、居心地は悪くなかったらしい。
部屋の前に来るまで、また周りを警戒しながら入ってきた。良牙の女装だと思われてればいいが、出来る事なら誰にも見られてませんように。
米を流し下の戸棚に入れ終えた時、涼が声を上げた。
「しまった、味噌買うの忘れた!」
「そういえば。でも今日ハンバーグでしょ、コンソメ買ってたしスープでもいいと思う。というか俺は無くても平気」
「今日はそうだけど、明日の朝味噌汁作ろうかなって」
「味噌汁とな」
まず普段昼まで寝てるから朝ごはんに味噌汁って概念がなかった。これで作るのが俺だったら味噌汁自体作るのを諦めたけど。作ってくれるのは涼だ。女の子の作る味噌汁を飲めるのなら、それは他の事何でもやりまっせ。
「じゃあ俺買ってくるから。ハンバーグよろしく。鍵は開けなくていいからね」
「ごめん、ありがと」
また外出てって変な男に絡まれても大変だし。部屋の中なら大丈夫でしょ。虫が出なければだけど。
一人寂しく家を出て、気づいた。
明日の朝ご飯作らせないよう帰らせなきゃダメじゃん!