うどんおいしい
台所を掃除して、俺はまだ片付いていない二段ベッドの脇に倒れ込んだ。
思っていた以上に大変だった。カビや油汚れが入り混じっていて、今まで放置していた事を非常に反省した。
あとあのバカ、いつの間にか台所の流しで絵具道具洗ってやがったな! ピンクの絵具が固まってて、それを落とすのもかなり時間かかった。っていうか絵具道具とかどこで使ったんだよ。美術部でもないし、学校でそんな授業無かっただろ。
あとは虫の死骸駆除。涼は死骸でも無理だというので、全て俺が片づけた。想像を超える量が出てきてしまい、今までそんなのと一緒に暮らしていた過去の自分に文句を言いたい。死骸は燃えるゴミの袋の中に入れた。というかゴミ袋があって良かった。
「ありがと啓。片付けてくれた所悪いけど、ちょっと台所また汚すよ。でもご飯のためだから許してね。パパっとご飯作るから、その間休んでて」
涼も同じように疲れてるだろうに、なんて優しいのだろうか。ちょっとだけお言葉に甘えて、体力回復したら何か手伝おう。
涼は台所の前でパタパタと動く。動きが可愛い。でも出来ればエプロンしてほしいな。きっと似合う。割烹着でもいい。
そういやさっき冷蔵庫の中見た時、ほとんどの食材がダメになってたけど。何残ってたっけ。ほとんどダメにするなんてすごく勿体ない事をした。自炊するって言って買ってきたの良牙だけどな。一回だけ本当に自炊して、カレー食べさせてもらったけど。その後奴が台所に立っていた記憶がない。
普段は俺が学校帰りに買って来たものを、バラバラの時間に食べる流れ。対面して食べる事はほとんど無い。良牙が夜遅くまでフラフラ歩いてるから。
何だかいい匂いが漂ってきた。カツオ節の匂いかな?
「もう出来るよ」
早っ!
手伝うと声をかける間もなかったな。せめて机の上とその周辺を片付けるか。
片付けた、というよりは端に寄せた、というのが正しいけど。なんとか机の上とその周辺の領域は確保した。
そういや今何時なんだ?
二段ベッドの枕元に置いていたスマホを手に取る。待ち受けはチョウチョを追いかける油。その上に示された時計は、一時を指していた。何だ、もうこんな時間だったのか。
「お待たせ」
部屋の真ん中。小さな折り畳み机の上に、うどんの入ったお椀が二つ置かれた。
切られたニンジンと大根も入っている。多分カツオ節の匂いがしたのは、ダシの匂いだな。
「うちの冷蔵庫からこんなすごいものが出来るとは思ってなかった。どうもありがとう」
「うどんでそこまで……まぁ言うよね。あの冷蔵庫ならね。一応食べられるはず。でもこれで冷蔵庫の中身が全て無くなってしまうという状況になっちゃったから。この後買い物行かなきゃ」
「買い物は良いんだ。家賃が勿体ないからってずっと家に居るのかと思った」
「命に関わる事だからね。人間命は大事にしなきゃだよ」
命を大事にするのは同意する。
でも涼は身体も大事にするべきだと思うんだ。何でこんな所に来たの?
「お米とか買いたいし、啓も荷物持ちしに来てくれると嬉しい」
「良いけど……」
一瞬、それはもしやデートなのでは? と思ってしまったが。まぁないわな。荷物持ちって言われたしな。
「よし。じゃあ早く食べよう。冷めて温める光熱費も勿体ないしね」
とことんお金に細かいな。金遣い荒いよりは全然良いけど。
掃除中に見つけた、見覚えのない新品の箸を出して。俺も涼も、両手を合わせた。
「いただきます」
こんな風に誰かと向かい合って食べるのなんて久々だな。しかも相手が巨乳で可愛い女の子ですよ。ありがとう油。
うどんをすくい上げ、口の中に入れる。優しい味が、口いっぱいに広がった。温かいうどんは軟らかく煮こまれていて、人参と大根もダシが染みていて良い味してる。 高級な食材を使ってる訳じゃないだろうに、何でこんなに美味しいのか。
まぁ可愛い女の子が作ってくれたと思うと、価値はすごく高いだろうけどね。
「すごいね、めっちゃうまい」
「ほんとっ?」
嬉しそうな表情の涼。作り甲斐があったって事かな。
「うん。ばーちゃんの作るご飯に似ている」
「……それは、えーと、嫌?」
急転。涼はちょっと不安そうな顔になった。なんで急にそんな顔……あ。
「全然嫌じゃない。というか分かりにくかったね。お婆ちゃんっ子の俺の最高級の褒め言葉のつもりだった、ごめん」
「そ、そっか。なら良かった」
そもそも他の人と比べるのも良くなかったかな。反省。
でも本当に美味しくて、あっという間に食べ終えてしまった。
「ごちそうさまでした」
「はい。ねぇ、啓はこういう味付け好き?」
「好きだよ。本当に美味しかった」
「そっか。良かった」
俺に笑顔を向ける涼。嫁に来たかと勘違いするからやめてくれんかな。