一つ目の願い事をする
「願い事?」
『うん。豪華特典なんだけど、神様パワーで、どんな事でも叶えてくれるって。大サービス、三つまでね』
「大サービスが過ぎるだろ。分かった、これ夢だな」
『まぁ夢だと思って無茶苦茶な事言っても良いみたいだよ。酒池肉林、大金持ち、何でもオッケー、あ、酒池肉林はダメか。ご主人まだ高校生だもんね。お酒は二十歳になってからって、ばーちゃん言ってたもんね』
「そうだな。でもそうか、何でもか」
正直な所、どんな事でも許されるのならやりたい事はいっぱいある。
お酒は無しにしてもハーレムは興味あるし、大金持ちも捨てがたい。
だが大きすぎる幸せな夢は、途中で目を覚ました時の落胆感が半端ない気もする。
どうせなら絶対に体験出来なさそうな、けど途中で目を覚ましても「まぁ現実的に考えて無理だよねー」って笑っちゃうような願いを言おう。
「……油、俺は今、高校の寮で暮らしてるんだ」
『知ってるよ。ルームメイトってのがいるよね。顔以外良い所が見つからない男の子』
「あぁ。女の子みたいに可愛い顔してるくせに、中身が酷すぎる野里良牙って男だ」
『うん。ご主人のご飯を勝手に食べる子でしょ?』
「その通り。髪も肩まで伸ばしているから、パッと見女の子に見間違える事もある。でも良牙はちゃんと男だ。よく全裸で歩いているから間違いない」
『恥じらいもしないんだね』
「あぁ。でも世の中分からない事に、良牙には彼女がいるんだ。ちょっとギャルっぽいって言うのかな、派手な恰好してる。けど可愛い人」
『だからか、良牙君からたまに女の子の匂いがしてたの』
「何だ、油。死んでからも匂いなんて嗅げてたのか」
油はとても悲しそうな顔をしている。
『うん。あのさ、この際だから言うんだけど。ご主人の部屋の隅に放置してある良牙君の靴下どうにかしてくれない? 臭いんだよね』
「それは俺も触りたくない」
『気持ちは分かるけど、せめて匂い消すスプレーシュッシュして。鼻がもげそうなの』
「そうか、頑張る。まぁそんな臭い靴下の話はどうでもいい」
ここからが本題だ。
「今日は終業式だった。で、明日から春休みなんだ。いや、これが夢の中なら、もう今は春休み初日かな。それもどうだっていいか。で、良牙は五日間ほど彼女の家に泊まりに行くからと出て行ってしまった」
『へぇ』
「おかしいと思わないか?」
『うん?』
「奴が彼女と同じ部屋にいる間、俺は奴の臭い靴下と同じ部屋にいるんだぞ」
『可哀そうに。つまり、ご主人の願いは彼女が欲しいって事?』
「いや、欲しいは欲しいけど、夢で彼女が出来るのは起きた時しんどくなりそうだから。別に彼女じゃなくてもいい。でもどうせなら夢は大きく。女の子と同棲したい。三日間位で良いから。巨乳だと尚良い」
『わぁ、ご主人変態だね』
変態だね、という言葉がエコーで聞こえたような気がした。
俺は部屋の半分を占めた二段ベッドの下段で寝ていた。花畑なんかじゃなくて、いつもの寮だ。
うん、まぁ夢だよね! 知ってた!
現実なんて非情でしかないんだ。でも油に会えたのは夢でも嬉しかったな。
ゆっくりと体を起こし、ベッドから降りた。
目の前に広がるのは、なんかすごい散らかった悲惨な部屋。
大きな窓の外には、青い空と盆栽の置かれたベランダが見える。そこだけがサンクチュアリ。
ゴミ箱もあったはずなんだけど、ゴミに埋もれて見当たらない。そこかしこに放り投げられた衣類は、八割がアイツのだ。
というか部屋をここまで散らかしたのもアイツだ。俺が片しても散らかるから、もう諦めた。もはや俺のテリトリーはベランダとベッドの上しかないと考えている。
そういえば油が嫌がってた靴下は実在するんだろうか。どこにあるんだろう。本気で探したくない。そこも夢であってほしい。
せめて窓を開けて、換気はしよう。あと盆栽に水やらなきゃ。
ピンポーン。
お客さんだ。
こんな朝早くに……いやもしかして今昼か? 休みの日は昼まで寝てる事に定評のある俺だ。可能性は高い。まぁ時計を見るよりお客さんかな。
良牙の服を踏みつけながら歩き、ゆっくりと玄関の扉を開けた。
「ほいほい、どちらさま」
少し目線を下げると、大きな丸い目に見上げられていた。小さな鼻に、艶やかな唇。見た目だけは、完全に可愛らしい女の子だ。
残念ながら良牙が帰って来……違う。良牙じゃない。良牙の顔で巨乳がついている!
着ている長そでシャツの生地が薄いせいか、巨乳がやたらと強調されている。良く言えば、悪く言えば無防備だ。まさか良牙の女装じゃあるまいな。
「岬啓吾……さん?」
……女の子の声だ。良牙は顔に似合わず低い声だったからな。こりゃ間違いなく別人だ。
よく考えたら、まず良牙はあんなに静かに玄関を開けようとはしない。奴はチャイムを五回以上押す。
にしても、何なんだこの子。やたらと大荷物だ。
「そうだけど……良牙の知り合い?」
「うん。あたしは野里涼子。野里良牙の双子の妹」
アイツ双子だったのか。興味もないから聞いたこともなかった。
「そっか。通りで顔そっくりな訳だ。でもアイツ今居ないよ?」
「それは知ってる」
「じゃあ何で」
お客さんは俺の目を見て言った。
「あたし、あなたのルームメイトになりに来ました」