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利成君の明希への物議。

「フローライト第三十六話」

<お店やることになったよ。火曜と金曜と土曜だけ私も出るよ。場所は○○です>


<そうなんだ。明希の店?>


<そう。利成が毎日一人で家にいるのは退屈だろうって>


<そっか。もし近くに行けたら覗いてみるよ。でも天城がいない時ね 笑>


 


利成が明希のためにと天然石のアクセサリーとフレグランスの店を開いてくれた。同じものをネットでも販売するので、お店はあくまでもいつもの個展の延長線でということだった。


開店する日、利成も来る予定ではあったが、やっぱり忙しくて来れなかった。スタッフは前の個展の時のスタッフが揃った。


事前の宣伝がばっちりだったためか、開店の日はたくさんのお客さんが来て明希はびっくりした。ほとんどが若い女性だった。


利成がお店に出た日には必ずアクセサリーのどれかを身に着けて写真を撮るようにと言った。しかもスタッフの一人にカメラまで渡していた。服装もその都度変えて髪型も変えろと・・・。


「えー・・・」と明希は言った。自分は芸能人じゃないんだしと反発心もあった。


「女性はもっと華やかにしていいんだよ」と利成が言う。


「でも・・・」


「”でも”はなし」と取り合ってくれなかった。


仕方ないと開店の日は、スタッフ全員での写真と明希だけの写真、後はお店の中の様子を映した。帰宅したら必ず写真をインスタグラムに投稿するようにと言われていたので、作り立ての明希のアカウントに写真をアップした。


更に利成のツイッターにもお知らせとリンクを貼れと言われてたのでそれもする。そこまでしたらどっと疲れが出た。


(これ、毎回やるの?)と疲れる。髪型毎回変えるのってどうしたらいいの?一回一回美容室に行くわけにもいかないし・・・。誰か髪いじれる人いないかな・・・。


夕食はどうしようと考えていたら、一樹からラインが来た。最近はわりと頻繁に来るようになっていた。


── 明希に任せる・・・。


利成の言う意味がわからない。


<こんばんは。今日はお店開店の日でしょ?おめでとう。時間がなくて行けなくて残念>


<お疲れ様。ありがとう。でもちょっと疲れた>


<お疲れ様。疲れた?でもインスタ素敵だったよ>


(もう見たんだ・・・)


<ありがとう。見てくれたんだ>


<うん、毎回今度から出すんでしょ?>


<うん、利成からの命令だから 笑>


<そう。大変そうだね。じゃあ、また>


<うん、またね>


 


その日の夜、帰宅した利成に「お疲れ様、ちゃんと写真アップできたね」と言われた。


「うん、そうでしょ?」と明希は笑顔を作った。


「今日のオレンジ色の服、似合ってたよ」と利成が頬にキスをしてきた。


「そう?」


まあ、こんなにほめてくれるならまたやってもいいかなと思ってしまう。


食事が済んでから利成がリビングでパソコンを開いていた。


「お店、いい感じになったね」と画面を見ながら言う。


「そうでしょ?でも、今日はお客さんたくさん来たよ。ツイッターとかだけであんなに来たのかな?」


「そうだね、ツイッターは拡散されるからね」


「そうなんだ」


「どう?彼は?」と聞かれてギクッとする。翔太のことが浮かんだからだ。


「彼って?」


「一樹だよ」


(あ、何だ)とホッとする。


「ラインが来てたよ。今日のインスタ見てくれたって」


「そう」


「利成、髪型だけど毎回変えるのは無理だよ」


「そう?どうして?」


「バリエーションがないし、あっても技術的に無理」


「明希が自分でできないってことね」


「うん、そんなに器用じゃないし・・・」


「そうか、じゃあ、誰かスタッフでそういうのできる子探そうか?」


「えー・・・わざわざ?」


「うん」と話しながらも利成がパソコンのマウスを操作している。


「あ、そうだ。今週末の俺の親とのコンサート、明希も行くからね」


(あ・・・)と思い出す。そう言えば言われてたんだ。


「・・・うん・・・」


そういったら利成がマウスを操作する手を止めて明希を見て笑顔を作った。


「そんなに落ち込まなくも大丈夫だよ」


「だって・・・」


「そうだな・・・コンサートだから明希も綺麗にして行こう」


「・・・綺麗って?」


「ドレス着て行こうか?」


「えー・・・やだよ。大袈裟」


「ハハ・・・そうだね。内輪でのコンサートだからね」


(もう・・・じゃあ、何で言う?)


「コンサートって何歌うの?」


「俺?」


「そう」


「そうだな・・・何がいい?」


(何で私に聞く?)


「決まってないの?」


「んー・・・母親がピアノ弾くからね。いくつか楽譜は送っといたよ」


「何だ、じゃあ、決まってるんじゃない」


「決まってないよ。その中で気が向いたのを歌うから。明希は好きな歌ある?」


「利成ので?」


「俺のでも他のでも」


「利成のなら○○〇(曲名)かな」


「そう、わりと暗めが好きなんだね」


「ん・・・そうかも」


「クリスマスソング一曲入れるから、明希は何が好き?」


「クリスマスの曲・・・んー・・・恋人たちのクリスマス?」


「英語だね・・・それは、親に頼もう」と利成が笑った。


「え?親ってお母さん?」


「そう、彼女は英語得意だから」


「そうなんだ、すごいね」


(やっぱり絶対利成のうちって庶民的じゃない・・・)


 


そしてコンサート当日、内輪といいながらかなり大き目なホール会場だった。利成のお母さんがいうには、利成が来ると言ったら来るお客さんが増えたそうだ。


利成は軽く二、三曲で帰るなんて言ってたけれど、途中利成のピアノで利成の母が歌うシーンもあったり、更にアンコールまでされて盛り上がっていた。


明希は利成のピアノを子供の時以来聴いたことがなかったのですごく感動した。


コンサートが終わると、利成の実家に呼ばれた。久しぶりの利成の実家に明希は物凄く緊張した。リビングに通されてソファの上に座っていても気が気でない。


(座ってていいのかな・・・)


手伝うべきなのか・・・。利成は隣でまったく素知らぬふりでスマホをチェックしている。


「利成・・・」と小声で言った。


「ん?」と利成が明希の方を見た。


「私、座ってていいの?あっちを手伝うべき?」


「そんなの気にしなくていいよ」


「でも・・・」


「大丈夫だよ、座ってて」


利成の母がお盆に紅茶の入ったポットとカップとお菓子をのせて運んできた。カップに紅茶を注いで明希の前におかれる。


「どうぞ」と笑顔の利成の母。


「すみません」と頭を下げた。


「ほんとに食事の時間ないの?」と利成の母が紅茶を置きながら利成に聞いている。


「うん、悪いけど」と利成が見ていたスマホをテーブルに置いた。


「明希さん、久しぶりね」と言われる。


「はい、お久しぶりです」とドギマギしながら答えた。


「体調はどう?」と利成の母に聞かれる。


「あ、大丈夫です」


「そう、子供はどうなの?もう無理そう?」


(あ・・)と思う。利成の母は孫をすごく楽しみにしていたのだ。


「あの・・・」と続きが言えなくなった。あれから子供ができないとは言いづらい・・・。困っていると利成が言った。


「麻美さん、子供は今はまだいいよ」


利成の家は何故か母親のことを名前で呼ぶのだ。


「そうなの?でもそんなこと言ってたらすぐに年取っちゃうわよ?」


「そんなことないでしょ」と利成が言った。


「あるよ。ね?明希さん」と振られる。


「はぁ・・・まあ・・・」と曖昧な返事になってしまう。


「まあ、授かりものとはいうけどね」と利成の母は紅茶を一口飲んでから「明希さん、少し太った?」と続けて言われる。


(う・・・)と紅茶を飲もうとした手が止まる。


(気にしていることを・・・)


「はい・・・少し」と明希は答えた。


「あら、じゃあダイエットもしないとね。せっかく明希さんは美人なんだから」と言われる。


悪い人ではないのだけど、こういう風に何でも思ったことを利成の母はポンポン言うのだ。これが明希には苦手だった。


「はあ・・・」


「いいダイエットの方法教えるわよ」


「え?えーと・・・」とまたもや明希が困っていると、利成が「麻美さん、そろそろ時間だから行くね」と言った。


「あら。もう?あなたも忙しい人ね」


利成の母が立ち上がった。明希はホッとして利成の後ろについて行った。


利成の母が、一利成の車の前まで見送りに一緒に表に出て来た。


「じゃあ、利成、今日はありがとう。すごく良かったわよ。お正月もよろしくね。あなたも忙しいだろうけど」


「わかったよ」


「明希さんも身体気をつけてね。またいらっしゃい」と利成の母が笑顔で言う。


「はい、ありがとうございます」と明希は頭を下げた。


車が動き出して明希は車の窓からもう一度利成の母に頭を下げた。笑顔で利成の母が手を振っていた。


(悪い人じゃないんだけど・・・)


だけどどうしても緊張してしまう。車が動き出して明希はやっとホッとしてシートにもたれた。


「緊張した?」と運転している利成に聞かれる。


「うん・・・」


「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。ああいう言い方するけど裏はないから」


「ん・・・そうだね・・・でも、私やっぱり太ったんだ・・・ショック」


「ハハ・・・じゃあ、ダイエットする?」


「んー・・・しようかな」


「まあ、無理しない程度にね」


「うん・・・」


「ほんとは家見に行きたかったんだけど、ここのところなんか忙しいね」


「そうだね、十二月だしね」


ほんとどことなく忙しい・・・。


 


年の暮れ、利成がバンドのメンバーを全員家に呼んだ。忘年会もかねて親睦会らしい。利成はいつもメンバーに対して色々しているらしい。長瀬が「天城には頭が下がる」と言っていた。


メンバー四名が全員集まり、料理は利成も一緒に準備した。途中結婚している長瀬ともう一人のギタリストの小島が先に帰って行った。残るは独身の一樹と野村の二名だ。


明希がキッチンに入りっぱなしで洗いものやなんかをしていると、利成が来て「もういいから、こっちにおいで」と言った。


明希がリビングに行くと一樹がこっちを向いた。利成が「ここにおいで」と言うので、明希は利成の隣に座った。


「夫婦仲よくする秘訣ってあるの?」と野村が聞いてきた。


「さあ、そんなのあるなら俺が聞きたいけど?」と利成が笑いながら答えている。


「でも仲いいよね」と野村。


「明希どう?俺たちって仲良い」と利成が笑顔を向けてくる。


「さあ・・・どうなのかな」と明希が言うと「そうか、こんな感じだよ」と利成が野村に言うと野村も笑っていた。


「一樹は明希の歌を聴いてくれたんだよね」と利成が一樹に話を振った。


「はい、まあ・・・」と一樹が何となく気まずそうにした。


「何?奥さんも歌うの?」と野村が言う。


「え、昔だけど・・・」と明希は答えた。


「二人で歌ったのは削除したしね」と利成が言うと「何で?もったいない」と野村が残念そうに言った。


「まあ、当時色々あってね」と利成は言うと立ち上がってキッチンの方にグラスを持って行った。野村も「ちょっと、トイレ」とリビングから出て行く。


「明希さん、また歌ってよ」と二人きりになると一樹が言った。


「まあ・・・そのうち」と誤魔化した。


「俺、作った曲歌ってくれない?」と一樹が言うのでちょっと驚いた。


「一樹君が作ったのを?」


確か編曲してるって言ってたような・・・?と考える。


「普段はアレンジ専門だけど、作詞作曲もしてるから」


「そうなの?すごいね」と明希が言ったらまたこないだのように一樹が苦笑した。


「すごくないよ」


そこで利成がきたので一樹が口をつぐんだ。


(あれ?今の話って言わない方がいいのかな?)


何となく一樹がそんな雰囲気だったので明希は黙っていた。


その後は音楽の話から世間話しみたいに発展していった。気がついたら夜中の二時近かった。明希が欠伸をすると「もう寝ていいよ」と利成が言った。


「うん」と明希が返事をすると、利成が「おやすみ」とキスをしてきた。


(ん?)


一瞬触れただけだけど唇に口づけてきた。一樹と一瞬目が合う。


「やっぱり仲いいじゃん」と野村が苦笑していた。


 


(絶対わざとだよね・・・)


寝室に入ってから考える。一樹と一瞬目が合ったけど一樹はすぐに目を伏せた。


── 任せる・・・。


(どうすればいいの?)と絶賛悶絶中・・・。


眠れずにいると利成が寝室に入って来た。


「起きてたの?」と言われる。


「うん・・・」


「眠れない?」


「う・・・ん、何か」


「興奮しちゃってるとか?」


「・・・何に?」


「一樹に」


「・・・利成、それわかったけど、どうしたらいいの?」


「任せたでしょ?」


「・・・・・・」


(任せるとは?)


利成がベッドに入りながら「いいから寝よ」と言ってきた。


明希がベッドに入るとまた口づけてきた。舌を絡めて何度も口づけてきた後、利成の手が明希の下半身に伸びてくる。


「感じてる?」と聞かれる。ああ、何か最近意地悪じゃない?


「・・・さっきのキス、わざとでしょ?」


「そうだよ。一樹の性欲ちょっと刺激するのにね」


「性欲って・・・そうじゃない時だってあるよね?」


「そうじゃない時って?」


「普通に話したい時とか・・・」


「そうだね。でも今の彼は性欲だからね」


「何で?」


「何で・・・か」と利成が考えている。その間も利成の指が明希の感じるところを刺激してくるので、明希のは利成の手を押さえた。利成が手を止めて明希を見た。


「女性は男を見る時、いきなりこの人とセックスしたらどんなだろうなんて考えないでしょ?」


「そうだね、少なくとも私は考えないよ」


「男はね、考えるんだよ」


「セックスしたらどんなだろうって?」


「そう。考えて妄想する」


「ふうん・・・」


「若い時は特にね」


「そう・・・でも、だからといって一樹君がそうかなんて何でわかるの?違うかもしれないし・・・」


「そうだね。違うかもしれないね。じゃあ、さっき彼と何話したの?」


「いつ?」


「二人になった時だよ。野村がトイレにいったでしょ?」


「・・・作詞作曲もやるから、自分の作った曲を歌って欲しいって」


「そう」


「これ、変なこと?」


「さあ・・・どうだろう」と利成が明希の下着から手を抜いて横になった。


「何て返事したらいい?」


「・・・明希」


「ん?」


「俺に何か隠してることないよね?」


(え?)と思いっきりギクリとする。


「どうして?」と多分自然に聞けたはず。


「ん・・・」と利成が自分の腕を枕に明希の方を見つめた。


「勘かな?」と利成が言う。


「隠してることなんてないよ」


「ならいいけど」


「利成は?ある?」


「何?明希に隠してること?」


「そう」


「あるよ」


(え?)と思う。


「何?」と恐る恐る聞く。


「まず明希が先にいうこと」


「何を?」


「隠してることだよ」


「・・・・・・」


「あるよね?」


(もう絶対怖い・・・)


翔太のことを言うべきか考える。これも利成がわざと言ってるだけという可能性もある。


(鎌かけられてたら?)


「ないよ」と答えた。


「そうか・・・残念。俺もじゃあまだ隠しておくね」


「・・・ひどい・・・ないのに」


「・・・・・・」


「ほんとにないのに・・・」


涙が出てきた。何でだろう・・・。本当はあるのだ。翔太のことは隠してある。だけど利成が隠していることがあると聞いたら急にパニックになった。利成は何も言わない。


「バカ!」と枕を利成にぶつけた。そんなことをしたのは初めてだった。利成が驚いているのが見えた。


「バカ!利成のバカ!」と枕をまたぶつけた。枕をつかんで三回目に利成にぶつけようとしたら、利成に枕をつかまれて明希の後ろの方に投げられた。枕が床に落ちる。


枕がなくなったので腕を振り上げたらその腕をつかまれた。


「明希」


「離して」と腕を引っ張った。


「落ち着いて」


「離して!」と叫んだ。


「明希って。大丈夫だから隠してることなんてないよ」


「嘘!」


「嘘じゃないから、まず落ち着いてよ」


「嘘だよ!絶対」


明希は利成の枕を今度はつかんだ。けれどすぐにそれを利成に奪われた。


「いい加減にしろって」と少し利成が怒った声を出した。


「バカ!」と明希は叫んでから寝室を飛び出した。涙が溢れてきた。一体どうしちゃったんだろう・・・私。


廊下を走ったらちょうど部屋を出てきた一樹とぶつかった。


「あ・・・」と一樹が言う。


「一樹君・・・」


明希は一樹に抱き着いて泣いた。声を立てて子供みたく・・・。一樹が驚いているのがわかったけれど止まらなかった。


どこかで大変なことになったと思っていた。けれど感情が止まらなかった。


「どうしたの?」と一樹に聞かれたけど、明希はただ一樹の首に回した腕に力を込めた。


「明希!」と声が聞こえた。寝室から利成が出てきたのだ。利成の声が聞こえたら明希は余計に一樹に絡めた腕に力をこめた。


「明希さん?」と一樹の声がすぐ耳元で聞こえた。


脇から急に腕を通され利成に一樹から引きはがされた。


「やだ!」と叫んだ。


「いいから、おいで」と利成の声が優しくなった。


「やだ!離して!」と明希はまた叫んだ。けれど利成の腕にしっかりつかまれたまま、寝室の方に引っ張られた。


「やだ!怖い」と叫んだ。そこで利成が明希を抱きしめてきた。強く利成に抱きしめられて明希はようやく脱力した。


「明希、大丈夫だから」


利成が明希を更に強く抱きしめてきた。


「大丈夫・・・大丈夫」と利成が繰り返す。


「何かあった?」と野村の声が聞こえた。


「大丈夫だよ、明希」と利成が言う。それから利成が明希の肩を抱いて寝室まで連れて行った。それからベッドに寝かされて布団をかけられた。利成が隣に入って来る。


「明希」と抱きしめられてから「ごめんね」と利成が言う。


「もう嫌い、利成なんて」


「ん・・・」


「大嫌い」


「ん、わかったよ」


苦しかった。憎悪と孤独が明希の胸の中いっぱいに広がってどうしていいかわからなかった。


「明希、大丈夫だから」


最後に利成の声が聞こえて明希は意識がなくなった。


 


目覚めると最初に利成の寝顔が見えた。


(何だろう・・・)


頭がぼんやりした。トイレに行って戻って来たからハッとした。


(そうだ・・・昨日・・・)


利成に隠してることがあると言われてパニックになった。


(確か・・・)


一樹に抱き着いたことを思い出した。


(あー・・・どうしよう・・・何で?)


ベッドに入ってからうつぶせになった。それからまた考えた。


(隠してることあるよねって聞かれて・・・ないって言ったら利成が隠してることがあるって・・・)


それで何故かパニックになった。


「明希?」と利成が起きたようだった。


「大丈夫?」と聞かれる。


「・・・大丈夫」とうつぶせになったまま答えた。


「気分は?悪くない?」


「うん・・・大丈夫」


「そうか、良かった」


「・・・ごめんなさい・・・」


「明希は悪くないんだから謝らなくていいんだよ」


「ううん、私が悪い」


「悪くないよ」


「酷いことしちゃったよ」


「良いよ。大丈夫。枕じゃ怪我しないから」


明希が顔を上げると利成が笑顔を作った。


「ごめんね。叩いたりして」


「大丈夫だよ」


「何だかパニックになって・・・止められなかったの・・・」


「うん、わかってるから大丈夫・・・明希、おいで」と言われたので利成のそばに横になった。


「俺が悪かったよ。明希の気持ち考えなくてごめん」


「ううん・・・」と明希は利成の背中に手を回しと、利成も明希の背中に手を置いた。


「一樹にしがみつかれた時は、どうしようかと思ったよ」


(あ・・・)


明希は恥ずかしてもう一樹と顔を合わせられないと思った。


 


朝食の準備をしていると、一樹が起きて来た。


「おはようございます」と一樹が笑顔を向けて来たので「おはよう」と明希はうつむいた。頬が火照ってくる。


「明希さん、大丈夫?」と聞かれる。


「うん、ごめんね。夜中に・・・変なことして・・・」


「ううん、そんな変なことじゃないから大丈夫」と一樹が言ったので明希は顔を上げて一樹を見た。


「明希さん、何かつらいことあったら何でも言って。年下で頼りないかもしれないけど」と一樹は笑顔だった。


「うん、ありがと」と明希やっぱり恥ずかしくてうつむいた。


「準備、手伝うよ」と一樹が言ってキッチンに入って来た。


「ありがと」


一樹はやせ形で線が細く、ピアノをやっていたという彼の指は男性にしては細くて長い。明希は差し伸べられた色白の彼の肌を見た。笑顔が優しいのは利成も一緒だったが、一樹の場合は・・・。


(何か素直というか・・・すれてないというか・・・)


純粋なものを感じた。


二人で朝食の準備をしていると、利成が起きてリビングに入ってきた。キッチンを見て少し面食らったような表情をした。一樹が気が付いて利成に「おはようございます」と言った。「おはよう」と利成は返事してリビングの方に行ってしまった。


 


野村も起きてきて今日はみんなで朝食を食べた。野村と利成が来年の予定や何かを話している間、一樹は時々明希の方を見て目が合うと少し微笑んだ。


(そっか、一樹君ってとても純粋なんだ・・・)と明希は気づいた。


利成が今日は休めると言った。帰るという野村と一樹を玄関まで送った。


「明希さん、じゃあまた」と一樹が親し気な笑顔を見せたのを、野村がちょっと驚いた顔で見ていた。


 


「どうやら彼を牽制するどころか、近づけちゃったみたいだね」


リビングに戻ると利成が仕事用のパソコンを見ながら言った。


「・・・ごめんね」と明希は謝った。ほんとに昨日は恥ずかしいと思った。利成がパソコンから目を離し明希の方を見る。


「明希のせいじゃないよ」


「でも・・・」


「明希はどうしてそんなに罪悪感の中にいたいの?」


利成がそんなことを言ったので明希は驚いた。


「え?どういう意味?」


「ちょっとおいで」と利成が言うので明希は利成の隣に座った。


「明希のフィルター、自分が悪いっていう”罪悪感”が根底にあるんだよ?気づいてた?」


利成が明希の手を握った。


「・・・・・・」


「だからね、どの鏡を見ても明希には自分が醜く見えちゃうんだよ」


「鏡?」


「鏡は”他人”のことだよ」


「・・・・・・」


よくわからない・・・。明希は利成の手の温もりを感じながら少し混乱した。


「昨日は俺が悪かったんだよ。わざとあんなこと言ったんだから」


「あんなこと?」


「隠し事があるみたいなことだよ」


「・・・・・・」


「俺が明希に隠してるって何だろう?また女のことだろうなって思ったんでしょ?」


「・・・わからない・・・」


本当にただパニックになったのだ。


「明希」と利成が明希の肩を抱いてそのまま引き寄せられる。


「テレビの宿題、解いてくれた?」


「テレビ?」


「前に言ったでしょ?」


そう言われて(あ・・・・)と思い出した。テレビに出ることを利成がラインで送ってくれた日・・・あの番組には翔太のバンドも出ていた。


「考えたけど、わからなかったよ」と明希は答えた。


「そう・・・」


「それと昨日言ったことと関係ある?」


「そうだね、関係あるかもしれないね」


(やっぱり、翔太のこと?)


でも今回は絶対にわからないはず・・・。


「私にも誰かいるってこと?」


「さあ、それは俺にはわからないけどね」


「利成」と明希は改まった声を出した。場合によっては翔太のことを言おうと思った。やましいことは何もないのだから。


「ん?」


「利成は本当に隠してないの?」


「隠し事というか、言ってないことはあるよ」


「女の人のこと?別な話?」


「別な話かな」


「そう・・・」


どうしようかと躊躇した。ただお茶しているだけだ。それ以上の気持ちはない。でもそれだって自分が逆の立場ならお茶だけなんて信じるだろうか?


「明希の今の気持ち当てようか?」


明希が考えていると利成が言った。


「・・・・・・」


「どうしよう、言っても大丈夫かな?でしょ?」


ハッとして利成を見た。


(何で?やっぱりバレてるの?)


そう言えばあのテレビの日の昼間、翔太と会ったんだ。


「・・・翔太のこと?」


明希はついに聞いた。もうそれ以外考えられなかった。


「そうだよ。やっと言ったね」


「・・・・・・」


「会ったんでしょ?」


「何で?」


「夏目に言っておきなよ。テレビ局の近くで明希と会うなってね」


「・・・・・・」


「知り合いが見たって、教えてくれたんだよ。明希がsee-throughのギタリストと知り合いかって」


「何もしてないよ。コーヒー飲んで一時間ほど話しただけ」


「そう」


「もう昔みたいなことはないし・・・いいかと思った」


「そうだね、もうだいぶ月日も経ったしね」


「それでもダメなの?」


「・・・明希はどうしたいの?」


「どうとは?」


「彼とこのままお茶していたい?」


「・・・・・・」


「お茶だけなら俺も許してくれるだろうって思って黙ってた?」


「違うの?」


「そうだね、どうだろう・・・」


「・・・・・・」


「正直ちょっと驚いたよ。明希と夏目はもうずっと繋がってるからね」


「繋がってたわけじゃないよ」


「そうだね、切れたりついたりの電球みたいだね」


「・・・それに本当に何もないし」


「そうだろうね。もし何かあれば俺が気づくからね」


「・・・・・・」


「それでもう一回聞くよ?彼とどうしたい?」


「時々会って話しするだけ・・・それ以上なんてない」


「今はないけどね」


「これからもないよ」


「そうか・・・そうなると今度俺の問題だね」


「利成の?」


「明希と夏目を許せるかどうか・・・」


「・・・・・・」


「正直、難しいかな」と利成が言ったので明希は利成の顔を見つめた。


「そう・・・」


明希はうつむいた。やっぱり自分は利成も翔太も失うのだと思った。でも、利成だって色んな人とそうしてきたのに・・・と明希には解せなかった。自分はただ会って話しただけ。でも利成は?


「もう夏目も結婚してるよね?彼のところに行ってももう結婚はできないよ?」


「・・・翔太のところには行かないよ」


「・・・・・・」


「どこにもいかない、誰のところにも・・・もう・・・」


もう・・・私なんて・・・。


明希は立ち上がってリビングを出た。やっぱりそうなのだ。自分の弱さが翔太をいつまでも切れなかった原因だ。


そしていつもこうしてバレるのだ。何もかも・・・。


(利成・・・)


好きだった。小さい頃から、明希は何でも出来る利成に憧れた。つまり私は何にもできないからだ。


寝室に入った。疲れた・・・と思った。利成のフィルターの話はとても役立つけど、こうして洗いざらい持っていかれて裸にされてしまう。


財布とスマホだけバッグにいれた。コートを着て玄関に行った。音をたてないようにドアを開けて表に出た。


それからそのまま駅に向かった。年末の街中は賑わっていたけれどただ孤独を抱きしめて・・・。

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