僕たちはまだ愛をよく知らない
日だまりのソファの上に猫が二匹眠っている。真っ白な長毛種と黒髪の想い人だ。日用品を買い足しに少し出掛けていた隙に入ってきたのだろう。年下の男の子は、警戒心も薄く寝息を立てていた。
「いいな、綿雪。そこの場所、僕に譲ってよ」
彼が起きてしまわないよう囁いたぼやきに猫は耳を奮わせる。主人が帰ってきたことには気がついていたようだ。薄目を開けてまた閉じる。愛らしくも憎らしいその仕草に喉を震わせた。
――うち、猫ダメなんですよね。
ある夜、コンビニへの抜け道で通った公園で彼はそう言いながら小さな子猫を抱き締め続けていた。自分ではこの猫を助けられないと知りながら手離せずにいる。そのいじらしさに思わず手を差し出したのが出会いであった。
綿雪も誰が自分を救ってくれたのかは分かっているのだろう。毎日餌を与える人間よりも、時おり遊びに来る彼によく懐いた。
合鍵を渡したのもそれが理由だ。下心が全くないとは言えないが、好きな時に綿雪に会いに来たらいいと思ったのも本音である。
正直彼がこちらの気持ちに気づいている可能性は限りなく低いだろう。それでいて自分からこの気持ちを伝えようとも思っていない。玉砕するだろうことが目に見えているからだ。
異性愛者とも同性愛者だとも聞いたことはなかった。その代わりに、愛というものをよく知らないのだとは聞いていた。なんせ、初めてだと言ったのだ。あの夜、寒さに震えた血の気のない唇は。こんなにも大切だと思えるものに出会えたのはこれが初めてなのだと。綿雪の降る夜、静かに溢れる涙が心を波打たせた。
それが恋だと気付くまでに数年の月日が経っていたのはご愛敬としてほしい。彼と同じく自分も恋だの愛だのには疎いのだ。
出来得ることならば自分に降り積もったのと同じ感情が、同じ分だけ彼の中に降り積もっていてくれたらいいと思ってはいる。そしてそれと同じくらい、今の距離感のまま彼とずっと過ごせたならいいとも思っていた。意気地無しの恋煩いだ。猫に対して嫉妬なんてしているのだからお笑い草である。
「なぁ、綿雪」
声を掛ければ眠たげな顔がするりと彼の腕から抜け出ていった。そんなに言うなら譲ってやるということなのだろうか。短く鳴いた後ろ姿を見送ったまま、意気地無しはそれでもなお愛し子に手を伸ばせずにいた。