【1】3.小さな星座
馬車に揺られながら、私は聞く。
「隣の座って誰が治めているんですか?」
「牡牛座。タウルスだよ。タウルス、自分の座に行ってるといいけどなぁ。」
タウルスの居場所を心配しているようだ。違う座でもこんなに良くしてもらえるのに心配する必要があるのだろうか。
「んわっ」
馬車が大きく揺れる。そして───止まった。
「どうしたんでしょう?」
2人で顔を見合わせ、外を覗くと御者が倒れている。
「大丈夫か!」
スコルが馬車から飛び出す。その瞬間、横からナイフが振り下ろされる。スコルは大きくのけぞり、足でナイフを払う。正直、スコルの運動神経に驚いた。
「これはこれは…。月のしもべたち。」
にやりと前を睨みつけるスコル。その視線の先には
3人の月のしもべがいた。
「こんなところに星座が2人いるとはな!予定外だったぜ。月様に土産といこうじゃないか!行け、お前ら!」
やばくないですか。3対2。
「スコル……」
一旦逃げましょう、と言おうとしたとき、スコルが笑った。
「たかが3人で妾に勝とうなんて100年早いわ!」
と言うなり服の左袖をめくった。腕の内側に目盛りと何やら紫色の液体が見える。まるで注射器が手首に埋め込まれているようだった。そのまま近くにいた1人に素早く近づき、首を掴んだ。そして手を離す。と、後ろ向きに力なく倒れた。何が起こったのかわからない。
「な…何をした!?触れただけで倒れるなんて……!」
しもべたちも驚き、少し後ろへ仰け反る。
「星座は特殊な能力を持っていてね。妾の能力は───毒だ。」
あの液体は毒だったのか。目盛りがあるのも納得できる。納得して頷いていたが、気づかないうちに私も襲われかけていた。
「こっちはガラ空きだなぁ!」
私の身の回りには何もない。相手はナイフ。詰みだ。焦りで何も考えられなくなる。
「やべっ。」
間に合わない───。死―――
とっさに私は左手で口を覆った。届きそうになる寸前で彼の動きが止まった。後ろに人影。首に手がかけられている。
「間に合ったね。」
しもべが倒れ微笑んだスコルが見えた。間に合ったね、じゃない。危なかった……。あれ、でもなんで…
私は口を覆ったんだ?
咄嗟にした行動に不信感を覚えたが、スコルが、
「さっさと行こう。こいつら放っといて」
そう言うとスコルはひらひらと手を振り、すたすた歩きだした。それについていきながら
「歩いて行くしかないですね。」
「まあもうすぐだし大丈夫だよ。」
隣の座、牡牛座へ向かった。
牡牛座の座はまだ活発であった。どうやら月による被害が少なかったらしい。人々が買い物をし、外食を楽しみ、幸せな生活を送っているように見える。
「そういえば、ここにピスケス様がいらっしゃるんですか?」
「いいや、ピスケス様はここじゃないんだけど。多分ここに1人いると思う。」
「誰ですか?」
「タウルス。」
自分の座に飛ばされた統治者、タウルスがいる───だからこんなにも栄えているのか。でも、
「ほんとにいるんですか?だってピスケス様しかオーラがないから他の星座は分からないって…」
「それは言ったけど、なんとなくだよ。勘。」
また勘。でもスコルの勘はよく当たる…気がする。
「着いたよ。いるとしたらここしかない。」
それは教会だった。入り口には大きな牛の銅
像が建っている。スコルはばっと牛が描かれた扉を開け、
「タウルス。会いに来たよ。」
と大きな声で言った。
教会の中にも牛の石像があり、その下に──
子供がいた。彼も驚いた様子で、
「あっ!」
と駆け寄ってきた。タウルスと呼ばれた少年は深々と敬礼をした。
「無事で何よりです。とても心配しておりました、スコル様、ジェミニ様。」
目をきらきらさせながらハキハキと答える様子、子供とは思えない言葉遣い。ちょっと怖い。でもスコルも負けないきらきらな笑顔で、
「タウルスが自分の座に飛ばされて本当に良かったよ。君の行方が1番心配だったから!」
と言う。テンション高いな………。
「ご心配ありがとうございます!座の方々に助けていただいて、なんとかなりました。」
笑顔が眩しい。男の子だろうが、可愛すぎる。
「それで、これからどうさせるのですか?ピスケス様に会いに行かれるのですか?」
「うん、それでここに何人かきっと尋ねてくると思うから言っといてくれないかな?」
「なんでしょう?」
「続報を待て、と。」
タウルスはふふっと笑い、
「待ってますね」
とあのきらきらな笑顔よりも少し寂しそうで、でも大人っぽい笑顔で言った。
そして私達はピスケス様に会いに行くために牡牛座を出た。
「また来てくださいねー!」
タウルスは大きく手を振り、見送ってくれた。
タウルス・・・牡牛座。
基本的におっとりしていて、座でも
人気が高い。
髪の毛はふわっとしたくせ毛。白色。