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インターミッション1

 満身創痍な土曜日の夕方。

 ギルド活動は任意の日だけど、いつも通り参加したレナを待つ暇つぶしに鍛錬に顔を出したら鬼のようにしごかれた。


「はぁ。全身が痛い……」


「まだケガが痛む? 撫でてあげるね」


「鍛え方が足りないのよ」


 今日は保護者のクリス先生も一緒。学園の研究室に住み着いているので一週間のうちの二、三日しか帰ってこないんだけど、こんな時には必ず立ち寄るお店がある。



 お洒落なバー、アクアパッツァ。



 アオイさんが営む大人の社交場なんだけど、クリス先生の後輩という縁があってボクのような子供でもお邪魔させてもらっている。


「アオイーっ、やってる?」


「いらっしゃいませクリス先輩。奥のテーブルへどうぞ」


 夕陽に染まる時間帯は営業には早いけどおかまいなし。まだ客が他にいない店内で、奥のテーブルが定位置になっていた。


「今日のメニューは金目鯛のアクアパッツァです。白ワインと一緒にどうぞ」


「いいわね。その前にビール、よろしく」


 入店と同時にこの調子だから帰る頃にはどうなるかは火を見るより明らか。食が細いのにビールやワインを浴びるほど嗜み、酔いつぶれて動かなくなるんだから困りものだ。


「安心して呑めるって最高。つまみも美味しいし、疲れが吹き飛ぶわ」


 つまりボクに背負われて家路につこうとしてるわけ。いつも吐息が酒臭いし、重い身体を運ぶ立場になってほしい。


「チビッコ。あんた今、よからぬことを考えたでしょ。顔に出てるわ」


「う、腕が筋肉痛でさ。全身かな? ケガもまだ痛むし……」


「エレノアとデッドヒートしたそうじゃない。それだけ元気なら問題ないわ」


「え。どうして知ってるの?」


「雑談程度に耳にした程度よ。脚力はウィザードギルドでも抜きん出てるっていうのに。ま、ウィザードギルドは平均しても体力不足ばかりだけれど」


「はぁ、なんだそのことかぁ。ビックリしたぁ」


「何よその言い方、怪しいわね」


 あの日にあったナイトギルドのケンカ騒ぎはエレノア会長の仲裁で大事には至っていないみたいでよかった。決して、揺れが激しい体操服姿に見とれたことじゃなくて!


「暇してたら誘われてさ。魔法を使うのも体力が必要だって、意外と体育会系なんだね」


「あったりまえじゃない。心も身体も疲れるのよコレが」


 実戦を想定すると、魔物だって止まっているわけじゃない。追いかけたり逃げ回ったりしながら攻撃しなくちゃいけないんだから、体力と集中力が重要になる。


「レナも意外に体力があるんだから、エレノアに弟子入りでもしてみたら?」


「シア隊長も足が速いんだよ。一緒にお邪魔しちゃおっかな」


「どんどん行っちゃいなさい。ただでさえ運動になるとみんなサボりがちなんだから。レティシアも騎士として鍛えてるし、いい模範になるわ」


 レティシアもってことは他にもいるってことかな。いや、考え過ぎか。


「そうだ。シア隊長、用事があるからしばらくギルドを欠席するって言ってたの」


 レナには詳細を告げていないようだ。仇討ちの鍛錬のためなんて言いにくいだろうし、事情を知るのは最小限の人たちでいい。


「だったら尚更、エレノアに混ぜてもらいなさいな。知らない間柄じゃないでしょうに。そういえば今春から妹がエスカレアに来たのよね、学園内じゃあまり絡まな…………って、あー、あーあー、ナシナシ、今のナシ。忘れて」


「うん?」


「ん?」


 突然の失言も断片的すぎて何が何なのか全くわからない。レナも首を傾げているけど、忘れろと言われた以上深追いはできない。

 でもでも。

 エスカレアに来たという表現で、クリス先生含めボクたちが在籍するマジェニア学園ではないということになる。そうだったらマジェニア学園に来たって言うし。

 エスカレア特別区には四つの学校がある。

 ひとつは大学だから除外して、魔法のマジェニア学園、剣のウィキスタ術科学校、そして男子禁制のエクリル女学院。

 エレノア会長ほどの美人の妹なんだからきっとエクリル女学院だろう。年齢も近いだろうし、そのうち紹介してくれないかな……なんてね。


「クラスメイトや友達の前では、兄弟姉妹って気恥ずかしかったりするものよ。年頃ってのはそんなものね。本人が気にしてるんだから忘れて頂戴」


 あれだけ嬉しそうにかわいいを連呼してたけど、一歩間違えたら地雷を踏んで大惨事になってたのかもしれない。いや、すでに踏み抜いてたらイヤだなあ。


「ねぇお姉ちゃん。つまり……あたしとラドくんも、そのうちそうなっちゃうのかな?」



 は?



 ボクとレナは兄妹でも姉弟でもない。

 今は家族同然みたいな生活をしているけど血がつながっているはずもなく、だけどここで否定すると無責任で冷酷だと思われてしまう。こんな時の正解はずばり、沈黙。


「だってあたし、お姉さんだもん」


「なっちゃうなっちゃう。あんたたちも数年後にはね。それが思春期ってやーつ。いいわねー、きゃはははははは」


 もう酔っぱらってんの!?

 食前酒とかいって空きっ腹にビールを流し込んだクリス先生はすでにできあがっていた。今日も重労働、確定だ!


「ラドくん。料理、取り分けてあげる。あたしは気にしないから、お姉さんに甘えてね」


 はぁ…………ここでガツンと言い返せるくらいの強くて立派な大人になりたい。

 そんな感じでお腹を満たしていると少しずつ客が入り始めて賑わってきた。クリス先生は論外として、お酒に酔いしれるには少し早い時刻。

 最近少しずつ、バーでありつつも美味しいディナーが食べられると評判になってきて客足が増えているんだとか。


「ごちそうさま。あたし、厨房を手伝ってくるね」


 いつも世話になっているお礼にと、レナが厨房補助するのも習慣になってきた。そんな様子をボクとクリス先生はぼんやり眺めている……なんてことはない。

 酔っ払いの家庭教師が、勉強できないボクに付きっきりで教えてくれるんだ。


「なになに。魚を仕入れて三割増で提供、仕入れの一割が売れ残った? その場合の儲けはいくらでしょうって、この店みたいな問題ね」


「そうなの?」


「飲食店なんてそんなものよ。どうしても廃棄問題を抱えるからね……って、そうじゃないの、算数よ算数」


 飲んだくれで酒臭くて、性格は歪んでいて面倒くさい。雑でズボラで服は脱ぎ散らかすし無駄におっぱいだけ大きいんだけど、教え方だけはわかりやすいんだよね。そこだけはさすが教師だなって感心する。


「あんた今、最大限にやましいこと考えてなかったぁ?」


「な、なんで!?」


「なんでって言ってる時点で図星だっての。いくら私が魅力的だからって、女性は胸元への視線には気付くものよ。覚えておきなさい」


 そんなこと言っても、潰れた饅頭がテーブルに乗っかってたら見ちゃうでしょ、興味本位でさ。


「客足も落ち着きましたし、そろそろ店じまいにしましょう。残念ですが明日のランチは休業にしようと思ってます」


 料理好きが高じての週末限定ランチタイム。客足も好調で固定客も増えてきたところなのに、どうして?


「配達員がケガをしたそうです。週明けには代わりを手配してくれるようですが、食材の確保ができそうにありません」


 アクアパッツァでは新鮮な食材を本格的な調理で提供することを売りにしている。だから毎日仕入れをして、その日のうちに使い切っていた。


「直接仕入れに行けばいいじゃない。アクアトリノだったらそう遠くないでしょ」


「とはいえ往復で二、三時間はかかりますからね。この商いを始めてからすっかり夜型になってしまいまして、早朝の仕入れとなると夜の営業にも支障をきたします」


 気まぐれのランチタイムはあくまでオマケ。無理強いはできないけど休業は残念だから、どうにか力になれないものだろうか。


「ねぇアオイさん。ボクとレナで買い出しに行くってのはどうかな?」


「提案は嬉しいですが、手間も時間もかかりますよ」


「気まぐれランチなんでしょ。普段の本格的なメニューにこだわる必要なんてないし、レナに任せたら新メニューができたりして」


「面白そう! あたし、やってみたーい」


「ほら。レナもこう言ってるんだし、いつも面倒かけてるんだから恩返しのひとつでもさせて頂戴」


 酔いつぶれるし、笑うし、泣くし。

 一番面倒をかけているクリス先生が、ボクとレナをダシにして恩返しって納得いかないけどアオイさんのためになるのなら。


「わかりました。それでは食材選びも含めてお願いできますか」

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