仇討ちと手配魔獣7
はあああああああああ!?
「なっ、なんだ……と!? フリックにそそのかされた姉というのは、そ、その、会長殿だったというのか!!」
だからエレノア会長は剣を手にしているわけで、ウィザードギルドでもボクと互角の持久力があったんだ。身体を鍛える土壌が培われていたんだ。
「お姉ちゃんのためにやってるのに! お姉ちゃんのバカ!! 大嫌い!!!」
「あっ、待ちなさい!!」
トリートは顔を押さえたまま駆け出して、エレノア会長の早馬に飛び乗って走り去ってしまった。緊迫した状況で追いかけるわけにもいかず、全員が沈黙を保っていた。
「なぁラド。この場に残された連中はともかく、トリートのフォローも必要だよな」
「うん、そうだね」
「相手は馬だぞ。必死こいて追いかけなきゃいけねー。なぁオメー……」
「ボクとレナは魔獣退治をしなきゃいけないんだよね?」
「カーッ、だよなー。教師ってのはつくづく不憫だぜ。他人のケツまで拭かなきゃいけねーからなー」
「がんばって、メイ先生」
あとは任せたと言い残してメイ先生は崖を下っていった。入れ替わりにレナが戻ってきたんだけど、除け者にされて不機嫌と思いきやそうでもないらしい。
「ここで……また、ちょっと…………おやすみ」
昨日から歩きづめで野宿もした。朝も早かったから仕方ないんだけど……魔獣が出現する危険地帯で休ませてしまった罪悪感を覚えつつ、今だけは都合がいいと思ってしまった。
レナがウィザードギルドで親しくしているレティシアとエレノア会長、このふたりの争いが始まるからだ。
「見損なったわレティシア。今の貴女は剣も魔法もどっちつかずになっていて、すべてにおいて本質を見失っているんじゃないかしら」
「先ほどトリートに放った言葉、私にも身に染みた。片方の話しか聞かなかったのは私の落ち度であることは認めよう。だが私が追い求める道は私が決めたいのだ。剣も魔法も極められるとな。だから尋常に勝負だ……………………フリック・スタイン!」
「なっ、俺様? は!?」
え、カイザー!?
この流れってエレノア会長と戦うんじゃないの?
当のカイザーだって驚いて鎧がカチャカチャと鳴っている。
「これは私と妹、剣と魔法、そして我がブレナード家の問題よ。私が相手になります」
「なぜだ、なぜそこまでしてこの男を庇うのだ! やはり弱みを握られているのか!!」
「それを知りたければ…………私を倒してみることね」
頑なに真実を語らないエレノア会長と真実から目を背けているレティシア。
どちらが正しいのかわからない。ひとりの男を奪い合う女の闘いってわけでもない。真実が少しずつ明らかになっていく中で必要なのは話し合いだと思うんだけどなぁ。
「なかなかやるな。やはり私の見立ては間違っていなかったようだ。そのバランスの取れた体躯、筋力、身のこなし。ウィザードギルドにしてはおかしいと気になっていたのだ」
「それは貴女も同じでしょう」
トリートからは師匠と敬われ、故郷では一個師団を率いるレティシアが守勢に回るほどの接戦が繰り広げられている。
エレノア会長はトリート以上に素早い攻撃で翻弄しているんだ。
「やっぱり二兎を追う貴女には、上辺しか見えていないのね」
「この期に及んで……詭弁とは!」
「アイシクルアロー!!」
目の前のエレノア会長だけに集中していたレティシアの背後に、無数の氷の矢が突き刺さって…………いない。だけど虚をつかれた衝撃で前のめりに地面に倒れ込んだ。
「ぐ……うぅ…………手加減された……ということか」
「私は愛する人を守り、支えるために生きていくと決めたのよ。そのためにはどのようなそしりや罵りにも耐えてみせる。でもね、愛する人に手を下そうというなら刺し違えてでも本気で止めるわ。次は容赦しない」
「愛……愛とはいったい…………?」
「フリック・スタインは私の夫。愛しの旦那様よ」
ええええええええええええ!?
「血迷っているのか!? この男と、ふっ、夫婦だと!? 本当に、本当に一体、何をされたというのだ!!」
レティシアは混乱している!
ボクだって混乱している!
カイザーとエレノア会長の肩を持っていたけど、今だけはレティシアに味方したい。
「人間を洗脳する魔法……もしくは薬…………むしろその両方……っ!?」
何それメチャクチャ欲しい!!
夢のような魔法と夢のような薬があれば、きっと夢のような人生になりそう。
「そんな都合のいいものがあるわけないでしょう。魔法を何だと思っているの」
そりゃそうだ。
でもなぜだろう、ボクがクリス先生から怒られてるような気分になってきたぞ?
衝撃の告白は相当ショックだったらしく、レティシアの戦意は完全に消失していた。ボクだって仲裁に入る気力がなくなってしまった。
でも待てよ?
これが狙いだったとすると、すべてが作り話の可能性が考えられる。
「うん、きっとそうだ。すごく美人で頭もいいエレノア会長がカイザーみたいな粗野で野蛮なチンピラに惚れるわけ…………うん? なんだ?」
谷になった集落の奥で黒い影が蠢いたような気がする。雨雲の影にしてはイビツで、まるで蜘蛛の子を散らしたように地面を染めていく。
魔獣だ!!
「みんなーっ! カイザー、エレノア会長、シア隊長っ!! 魔獣、魔獣が迫ってるから、逃げて、逃げてーっ!!」
「「「ラド!?」」」
事態は急を要している。いくら魔獣が弱いとしても、数百、数千の相手は無理だ。
「お前なんでいるんだよ!!」
「それは後でーっ! 向こうから、入口側から上がってきて!!」
大きな身振り手振りで危険を伝える。少しずつ輪郭が見えてきた魔獣はトカゲのような容姿をしているけど、その大きさから岩壁を登ることはできないみたいだ。
「アレが出やがったか! エリー、シア。緊急事態だ避難するぞ!!」
「わかったわ」
「な、何が起きたというのだ。ちょっ、ちょっと待たぬか!!」
散々騒いだのが刺激になったんだろう。そして大声を上げたボクに向かって近づこうとして崖下の集落は魔獣で埋め尽くされてしまっていた。頭はサメ、身体は大トカゲ、もしかしてコイツが手配魔獣?
「危機一髪ってところか。それで……どうしてお前らがここに」
「魔獣討伐を受けたんだよ。ねぇカイザー、あれがドラゴシャーク?」
「ああそうだ。で、こんな状況でどうしてレナが寝てんだ?」
「朝が早かったからね。ずっと、ずーっと寝てたよ、あはは…………」
「それを知ってるってことは、お前は『ずっと』起きてたってことだな」
「ぎく……」
猪突猛進、唯我独尊、自分勝手、単細胞……なんて思わせておいて、小さな綻びからすべてを瓦解させる責め口を得意とするのがカイザーだ。一連の内容は知られたくなかったらしく、鋭い眼光で睨まれて身動きが取れなくなった。
「貴男。私たちの秘密を知られたからといってラドを責めるのは間違いよ。それより今はドラゴシャークでしょう。今すぐ逃げるか、それとも」
「こいつらには恨みがあるからな、ぶちのめさねぇと気が済まないぜ。ラドも力を貸せ」
「もちろん。そのために来たんだから!」




