仇討ちと手配魔獣6
「う……やっ、やめ」
大声で叫ぼうとした瞬間、颯爽と駆け抜ける早馬に股がった人物がトリートを弾き飛ばした!
「痛いっ! 誰!? どうして止めるの…………って!!!」
「な、なぜ…………会長殿!?」
早馬から飛び降りたエレノア会長は片刃の剣を手にしてカイザーを護る。その得物はレイピアのように真っすぐとしながらも、サーベルのように肉厚だ。
なによりトリートへ与えた打撃のスピード、身のこなし、佇まい。ウィザードギルドとは思えない風格と威圧感を醸し出していた。
「間に合って本当によかった。トリート、そしてレティシア。貴方たちの暴挙を止めにきたのよ」
「なぜ止める会長殿。確かに仇討ちは正義ではないかもしれぬ。しかしトリートはこの男に大切な姉を奪われたのだ。家族を取り戻すために命をかけるのは悪いことではなかろう!!」
「レティシア、貴女は前提からして大間違いをしているわ。正義を振りかざすのならば、貴女は一度でもフリックの…………いえ、両者の意見に耳を傾けたのかしら」
マジェニア学園の生徒会長って、風紀を守るためにここまでしなくちゃいけないの?
助けに入るタイミングをすっかり逃してしまったボクのところにレナが帰ってきた。
「ねね、ラドくん」
「……ん、今はまだ、ちょっと」
状況が膠着状態のうちに崖を下りて合流するか、しかし会話の内容も気になる。そもそもボクは部外者といえば部外者なので余計に場を乱すかもしれない。
「そうじゃなくてね、ラドくん」
「もうちょっとだけ様子を……………………って、みぇ、みぇいしぇんしぇえ!?」
「声を出すな。いることをバラされたら面倒になっちまう」
レナの後ろからメイ先生が顔を覗かせた。警戒を怠っていたつもりはないんだけど、メイ先生って気配を消すのが上手いんだよね。
「文字通り高見の見物と決め込もーぜ。二対二だから心配ねーだろ」
「そんな余裕なんて…………あるんだろうなぁ、メイ先生だし」
根拠なんて何ひとつなくても説得力があるんだよね。メイ先生が余裕を醸し出してくれたからすべてが楽になったと同時に、全身から汗が噴き出す感覚に教われた。気付かないうちに気を張っていたんだろう。
「ラドくん、そしてメイちゃん。この状況のネタバラシしてもらえない?」
「そーだなー……レナかー…………んー……」
メイ先生が珍しく逡巡したんだけど、それも束の間。
「うん、ダメだ。後ろのアソコにほら、岩があんだろ。そこで見張りをしてくんねーか」
「やだー、あたしだけ除け者?」
「レナ、ボクからもお願い。ね?」
「ラドくんまで!? もう、仕方ないなぁ」
メイ先生が断ったのは理由があるはず。それを察してお願いしてみたんだけど素直に聞き入れてくれた。
「…………ねぇメイ先生。そろそろボクにはネタバラシしてよ。ここにカイザーがいる理由とかさぁ」
「んー。ここはなー、カイザーの故郷っちゃー故郷つーか」
「もしかして遊牧民が関係してる?」
「察しがいいな。ここらがアクアトリノに併合される前、山岳地帯を転々とする遊牧民たちがいたんだわ。そのひとつがスタインズっつー一派だったそうだ」
「スタインズ…………ってカイザーの家族?」
「本人は群れに拾われた孤児って話だがなー。ま、家族みてーなモンだ」
「群れって、狼じゃないんだから」
この土地は永らく人の手が入っていないのは間違いないし、今日この場所が節目だという言葉も引っかかる。
「ヤツらにとっちゃ最期の土地でな。十年前、ヤツ以外は全員お陀仏だ」
どうして滅んでしまったんだろう?
どうしてフリック・スタインはカイザーを名乗っているんだろう?
カイザーとトリートの因縁の始まりが関係している?
しかし今は口をつぐむしかない。崖下の言い争いが熾烈をきわめてきたからだ。
「つまり親を殺された逆恨みによる犯行ということだな。会長殿まで手籠めにして洗脳するとは、なんたる非道!」
「返してよ! 私のお姉ちゃんを返してよ!!」
「俺様は誰も恨んでねぇつってんだろ!!」
散々な言われようのカイザーだけど、にわかに信じ難い気がする。
エレノア会長の芯の強さは知っている。決して弱いタイプじゃないし、今だって自分の意志で行動しているようにみえる。
決して、手籠めにされて脅されたからとは思えない。
「目を覚ますんだ会長殿! 故郷を、国を滅ぼされての逆恨みなのだ。しかも騎士団長の娘であるトリートの姉を手籠めにして奴隷に仕立てた大悪党だと話は聞いている」
「うん! その通り!!」
「あまつさえ騎士団長の家柄でありながら、その姉に騎士道を捨てるように仕向け、断念させるという暴挙まで働いたというではないか。同じく騎士道を極めんとする私としても断じて許すわけにはいかぬ!!」
興奮まじりの大声はボクの耳にもよく届く。
遊牧民を滅ぼした騎士団がいて、その娘がトリートとその姉。逆恨みをするカイザーは大悪党。まとめるとこんな感じだろうけど何かがひっかかる。
「言いたいことはそれだけかしら」
一方的に捲し立てるレティシアの発言を遮ることもせず、押し黙っていたエレノア会長が口を開いた。
「トリート。貴女は昔から人の話を聞かない子。物事は常に多角的に捉えて考えなさいと言っているでしょう。自分が見たことだけがすべてじゃないわ」
「難しいことばかり!」
「目の前に理解できない嫌なことから逃げてはいけないわ。それはワガママで自分勝手というものよ」
「私はお姉ちゃんを助けるためにやってるんだから!!」
「それを貴女に求めたことが今まであったかしら。学園でも自宅でも、今まで話をする機会は十分にあったはずでしょう。私のためだと言いながら、私やフリックの話を一度でも最後まで聞いたことはあるのかしら。他人に耳を傾けず、自身の思い込みだけで判断するのは独りよがりでしかないわ」
その通り。辛辣で厳しい言葉だけど…………うん?
「ちょっと待ってくれ。私のため、というのは…………」
「トリートから聞いてなかったのかしら。姉というのは私よ」




