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仇討ちと手配魔獣5

 手配魔獣の討伐じゃなかったら景色を眺めて水遊びを楽しみたかったのに、なんて思いながら崖の上から眼下を見渡してみる。

 街…………いや、集落がある。

 正しくは集落だった場所で、今はすでに廃墟なんだけど。

 レンガや岩、木製の柵で区切られた『人の営み』は感じるけど建物は何ひとつ残っていない。崩れ落ちたわけじゃなく、元からなかったんだ。


「どうして区画だけ分けられてるのかな」


「おそらく……遊牧民が使ってたんだろうね。季節で住処を変えるから、家はテントみたいに持ち運ぶんだよ」


「なるほどラドくん、頭いい!」


 ボクたちが立っている反対側にも崖があり、集落跡地は左右を天然の城壁で護られている造りになっている。熊やイノシシ、魔獣などの警戒は入口だけでいい。集落の奥の様子も伺ってみよう。



「…………なにか………………なさいよ!!」



 閑散とした山あいに響き渡った金切り声。

 無人だと決めつけて油断していたので思わず固まってしまった。咄嗟に身を伏せて息を殺す。ボクは崖下、レナは背後と周辺を警戒してくれとハンドサインを出して意思疎通を図る。レナは黙って頷いた。

 今までの経験から自然と役割分担ができるようになったからなんだけど、こんな時に阿吽の呼吸で背中を預けられるのって、相棒って感じがしていいよね!


「話し声、聞こえないなぁ…………もっと奥かも」


 少しずつにじり寄りながら頭を出してみる。軽装な防具を身につけた長髪女性の後ろ姿がふたり、向かい合ってフルプレート姿の騎士が確認できた。

 野盗の仲間割れって雰囲気ではなさそうだし、痴情のもつれじゃないだろう。美人盗賊ふたり組を捕まえにきた王宮の…………いや、憶測の妄想はやめておく。


「今日……の日が…………まえの命日!!」


「…………」


「極悪非道の悪魔め! 潔く腹をくくって!! っていうか何か言って!!!」


「……………………」


「私がバカみたいじゃない!!」


 ん、んんん?

 この声、喋り方には聞き覚えがある。一方的に捲し立てて相手が口を開く機会を与えない。ヒートアップしてどんどん大声になっていき、最後は落ち込んでヘコむ。



 やっぱり、トリートだ。



「待て。素直に腹をくくられては仇討ちの意味が薄れてしまうぞ。この娘の師匠としてそなたに問わせてもらおう」


「…………………………」


「この娘の姉君を拉致監禁しているそうだが、解放するつもりはないのか!!」


「そうよ! お姉ちゃんを返して!!」


 トリートを代弁して前に立ちはだかるのはレティシア。

 わずかな期間の鍛錬だったけど、ふたりには立派な師弟関係が築き上げられていた。昨日ふたりがいなかったのはここに来るためだったんだ。


「国を滅ぼされたことを逆恨みしての蛮行と聞く。そのような外道畜生の振る舞いは万死に値する!」


 仇討ちの相手は頭から爪先まで完全に保護されたフルプレートを纏っている。機動性に劣る防具を身につけるだけでも相当な筋力が必要になるし、それは強さに自信がある裏返しでもある。でもどうしてこんな重装備をしてるんだろう。

 それにしても…………。

 本当に仇討ちを実行するなんて思いもしなかった。

 今日のために努力を積み重ねてきたんだから当然なんだけど、人と戦って人を殺める行為を目の当たりにしたくなかった。勝っても負けても辛く残酷な結末が待っているには違いないんだから、キレイごとだとしてもボクが与り知らないところで知らないうちに終わっていて欲しかった。

 トリート、レティシアとの鍛錬が、間接的とはいえ今から始まる決闘に手を貸してしまったんだと考えると罪悪感に苛まれてしまう。


「…………ドくん、ラドくん……」


 きっとボクの顔色は蒼白になっている。身体を揺さぶるレナの小声で我に返った。

 同時に、崖下からは剣と剣が弾け合う金属音が響いてきた。フルプレートへの鈍い剣撃音も交じっている。


「どうしたのラドくん、顔色が悪……」


「下、下で…………仇討ちの決闘が始まったんだ」


「……そっか」


 仇討ちなんて世に溢れかえっているなんて言わないけど耳にする話。双方どちらにも正義と信念があるので当事者以外に止める権利なんてない。助けに入ったとすればお門違いの正義を振りかざして場をかき乱すだけだ。

 生命に危険が及ぶ前に止めに入る立会人や仲裁役を置くこともせず、この場所で行われる意味と結末はレナも感じ取ったようだ。


「ラドくん、よしよし」


 ボクを引き寄せて優しく抱きしめてくれた。

 崖下の人物相関と因果関係を知らないレナには、これから始まる惨劇を目の当たりにしたボクが気分を害したと思ったんだろう。

 その気遣いが一層、ボクを苦しめる。

 カン、カン、カキン。

 目を背けている間にも、甲高い音は響き続ける。

 トリートは素早さを重視した軽装だった。フルプレートの相手を倒すには有効打を何度も撃ち込まなければならない。

 そしてたった一度のまぐれ当たりでさえ食らってしまえば、命取りになる。


「あたし…………湧き水を汲んでくる。ラドくんはここで待ってて」


 手配魔獣が徘徊する危険なエリアでレナをひとりにするなんて絶対にありえない。だけど今に限れば好機と思って行かせてしまった。


「レナごめんね」


 行く末を見届けようと、リズミカルな剣撃が響く崖下を覗き込む。王手をかけたのはトリートだ。ヘルムのバイザーを弾き飛ばしてカランカランと軽い音を響かせ、バランスを崩して押し倒した。


「成敗! フリック・スタイン、お姉ちゃんの仇!!」


「何言ってんだお前! 死んでねぇだろボケが!!」


 フリック…………カイザー!?

 馬乗りになったトリートに隠れて相手の顔はわからない。だけど確かに聞き覚えのある声、そして名前。

 だから最初から防戦一方だったわけだ。カイザーって女子供には手を出さないし。


「返せ! お姉ちゃんを返せ!!」


「言ってることがわかんねぇんだよ! おいレティシア、こいつを止めやがれ!!」


「噂は本当なのだろう、見損なったぞフリック・スタイン。トリートの姉をたぶらかし、奴隷のごとくこき使う、まさに餓えた野獣め!」



 姉をたぶらかせた極悪人、トリートの仇討ちの相手はカイザーってこと?



「どうしよう、止めに入ろうか…………」


 素行不良のチンピラで大きな身体のならず者。先日もケンカで大暴れしていたし、ボクと知り合う前なんて手がつけられないくらい暴れていたなんて話も耳にした。

 そんな悪童時代の所業とはいえ、ここまで恨まれることを本当にカイザーはしちゃったのかな?


「ついに追いつめたわフリック・スタイン! 首を刎ねられる前に言い残すことがあるのなら、聞いてあげるから!!」


「ねぇよンなモン!」


「フリック・スタインよ。聞けば十年前のこの日この時この場所は、この村が陥落した節目に当たるそうではないか。トリートより送られた決闘状がせめてもの手向け、潔く往生するがよい」


 トリートとレティシアは本気だ。ふと、メイ先生の伝言を思い出した。

 カイザーを助けろと。

 二十メートルほどの崖を飛び降りるか、それとも…………

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