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仇討ちと手配魔獣4

 正規ルートだったらエスカレア特別区を南下してアクアトリノ王国へ、そして西に迂回して山道を北上。それを直線距離で行こうってワケ。


「方角的には…………この先を進めばいいと思う」


 人が歩く道なんてとっくに終わっていて、獣道ですらない斜面を登っては下るのくり返し。すでに陽は落ちているので滑落には注意だ。


「今日は雲も出てないし、月がキレイで助かるよ」


「冒険って感じで楽しいね。あとその台詞は他の女の子には言っちゃダメだよ?」


「ふぇ?」


 失言に心当たりはないんだけど、機嫌を損ねたわけじゃないみたいだ。レナが楽しいって言ってくれてるうちに少しでも先に進もう。

 というのも、メイ先生から受け取った手書きの地図がすごく大雑把だから。

 山があって目的地があって……距離感が全然掴めないんだ。そもそも山しかないんだから仕方ないんだけど、ひとつだけ手掛かりがある。

 川だ。

 川に行き当たって上流に進みさえすれば目的地の湖にたどり着けるみたいだ。手配魔獣はドラゴシャークというだけあって、きっと湖に棲んでいるんだろう。


「ラドくん、あそこ……」


 見上げた先には遠目に薄らと建物の輪郭が映っていた。明かりはなく、雰囲気も相まって鬱蒼としている。


「おそらく誰も住んでないだろうね」


 根拠があるわけじゃなかったけど、近づくにつれて確信に変わっていった。川に沿って数軒の家屋が集落を形成していたのも昔の話、今はすべてが荒廃して永らく人の営みを感じさせない。


「住居、宿屋、峠の茶屋……だったんだろう、屋根が落ちて危ないから気をつけて」


 頑丈な柱は健在でも、ところどころで床が抜けて雑草が生い茂っている。そろそろ休息を考えていたんだけど、この場所が危険だと判断したのは崩壊の可能性だけじゃない。

 こういった場所は盗賊がアジトにしていたりするんだよね。


「体感だと日付が変わったくらいの時間だよね。元気なうちに魚でも獲って野営の準備をしよっか」


 その前に仕込みをひとつ。

 枯木や廃材を集めて焚き火を起こしておく。わかりやすく火と煙を上げれば野盗の注意を惹き付けられるし、その分だけこちらの初動に余裕が生まれる。

 本当の拠点を川のほとりにして、火を起こして漁を始めよう。


「ねね、あの辺りでいいよね?」


 川の向こうを指差したレナの両肩に手を添えて支えてあげる。目を閉じて集中するレナを安心させるための行為だから下心なんかない…………はず。


「……………………いくよっ」


 煌々と夜を照らす月明かりが瞬時に消えたと同時に、巨大な岩石が空を引き裂いて顔を覗かせた。その数、一個、二個…………三個!?


「えへへ。ちょうどいいものがみつからなくて」


 耳をつんざく轟音、天高く舞い上がる水柱、立っていられないほどの地響き。

 静寂に包まれていた山々は一瞬でパニックになり、鳥たちが奇声を発しながら一斉に羽ばたいていった。

 レナのメテオ魔法、ちょっとやり過ぎたみたい。

 ボクとレナはというと水しぶきを盛大に浴びてしまってびしょ濡れに。今日のお風呂と洗濯代わり……ってことにはならないだろうなぁ。


「…………あははははははは。レナ、ケガはない? 焚き火で乾かしながら魚を焼こうよ。十……二、三匹。大漁だね」


 釣り竿も網も持たないボクたちができることといえば巨石を落とす石打漁。レナがいてくれてこそ成り立つ乱暴なやり方なんだけど、背に腹は代えられないんだよね。


「イワナにヤマメに、アユもいるね」


 魚の名前や種類なんてわからないんだけど、火を通して食べるだけだから何でもよかったりする。味気ないけど仕方ない。


「じゃじゃーん、朗報でーす。さっきの廃屋で見つけたの。岩塩だよ」


「岩塩?」


 色とりどりの小石が小さな壷に入っている。こんな鉱物、食べられるの?


「立派なお塩です。細かくすりおろせば美味しいよ。腐ったりしないから安心してね」


 木の枝に刺した魚に岩塩をまぶして頬張ると、冷めた身体の内側から暖かく満たされていった。山を駆け回った疲労と空腹を満たすには十分だ。

 レナもボクと同じだったんだろう。食べ終えてしばらくすると口数が少なくなって目もうつろになっていく。


「ごはん美味しかったよありがとう。ボクは見張りをしてるからレナは仮眠を……」


 言い終えるより前にレナは眠りに落ちていた。頃合いを見て交代してもらおう。


 


 ★   ☆   ★   ☆   ★


 


「ラドくん、そろそろ起きて」


 空が仄かに白み始めたころ、レナを起こしたところまでは覚えていた。

 少しだけ仮眠を取るつもりだったのに無防備にも熟睡したみたいだ。最近少し、危機感が薄れている気がする。


「朝ごはんの準備はできてるから、食べたら出発しよ」


 乱獲して火を入れておいた魚に加えて山菜までついてきた。でもこれ、食べられるの?


「せめて鍋があったら、わらびやゼンマイの灰汁抜きができたんだよ。もっと言えば小麦粉だって……」


「今回は急な出発だったから、塩があるだけよかったよ」


 魚はともかく、塩をふっただけのこごみの山菜焼きの感想は控えておく。胃袋を満たしておくのは重要ってことで。

 これで出発と暢気に構えていたところに緊張が走った。昨夜、陽動のために焚き火をした廃屋が荒らされている!

 炭や灰の不自然な散乱具合は意図的に蹴飛ばされたもの。野生動物や風のいたずらなんかじゃない。


「気がつかなかった。誰かが近くに潜んでるかもしれないから慎重に」


 実は先に出発したカイザーだったりして……なんて思ったけど違うだろう。ぬかるんだ地面には複数の足跡を見て取れたからだ。


 とにかく、この場所で野営をしなくてよかった。


「え。手をつないでくれるの?」


 レナの手をそっと取って近くに引き寄せた。あくまで危険を察知した時に素早く対処するためで、強く握ったり押したり引っ張ったりするだけで意思疎通を図れる利点がある。

 特にこのような状況だと声を発するだけでもリスクになるし。

 …………なんて理由だから下心なんてないんだけど、レナはボクの意図を感じ取ってくれたみたい。茶化されることなく手を握り返してくれたんだから。

 目的地までは川沿いに上流に向かうだけ。山道が続いているおかげで歩きやすいんだけど人の気配は感じられない。どこで誰が隠れているか警戒しながら先に進んでいく。

 そんな緊張感で神経を張りつめて何時間経っただろう。

 陽が完全に高くなった頃、急に視界が開けた。大きな湖にぶつかったんだ。


「ここが目的地、かな」


 山を登ってきているのに、海に出たと勘違いするほど大きな湖。もやがかかった対岸にうっすらと山々の影が見えた。


「すごくキレイね。こんな静かな場所に、本当に手配魔獣が棲んでるのかなぁ」


「シャークっていうんだから水の中を泳いでるんだよ」


「でもイラストにはトカゲみたいな手足があったよ」


「じゃあワニみたいに……両生類なんじゃない?」


「ラドくんぶっぶー。ワニは爬虫類なんだよ」


 目的地に到着した達成感と広大な景色の開放感でボクの警戒心は解かれてしまった。山があって湖があって、自然豊かな環境でのんびり暮らす想像をしたら気も緩むってもの。


「誰ひとり住んでる様子がないって不思議ね」


 湖にかかる桟橋は朽ち果てて今にも崩れ落ちそうだ。浜に揚げられた小舟も朽ち果てて使えそうにない。


「この場所を離れなきゃいけないくらい魔獣被害が大きかったんだろうね。崖の上に登って調べてみようよ」

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