仇討ちと手配魔獣1
カイザーが変だ。
腕や足の青あざが痛々しい。ギルド活動で負傷したっていうけど、本当は前みたいにケンカでもしたんじゃないだろうか。
「俺様にかかってきたヤツらをまとめて相手にしただけだ。気にすんな、こんなもんそのうち治る」
剣の稽古で生傷が絶えないとしても、こんな状態のカイザーは初めて見た。
「どうせ熱くなってケンカにでもなったんでしょ。本人の言う通り、放っとけばいいよ」
姉のジュディアは意に介せず、心配する素振りもない。
弟のジュディスに至っては、触らぬ神に祟りなしと話題に乗ってこない。
「そのケガって拳による打撲だよねぇ。剣だったらもっと裂傷になってるはず」
ミーシャは昔から武道を嗜んでいて見慣れているらしく、カイザーの身体に触れて状態を調べていた。
「うっせーな。なんでもねぇって言ってんだろ。もう放っとけっつーの」
「ついにギルドでもウザがられてボコられたんだウケる」
「カイザーだったら逆にボコボコにするタイプだよ姉さん」
「正しく分析できるじゃねぇかジュディス。サシで俺様が負けるわけねぇからな。今回はちょっとばかし数が多かっただけだ」
つまりやっぱり、ケンカだったわけだ。
ナイトギルドって強靭な身体に鍛え上げている人が多いんだけど、同時に騎士道精神も兼ね備えているもの。だから理不尽に派手なケンカなんてしないだろう。
でもカイザーの内面を知っていたら必ずしも…………いや、なんでもない。
「別に剣を振るって殺し合いをしたわけじゃねぇ。お互い弁えてるから心配すんな」
「ラドはあんたと違って心優しい子なの。教育に悪すぎるから暴れるんじゃないわよ。わかった!?」
ごめんね、しかめっ面して俯いたのは笑いをこらえていただけなんだよ。
「ジュディア、おめぇは教師か保護者かよ。突っかかってくる方が悪いんだ、売られたケンカは買うしかねぇだろうよ。俺様は好き好んでふっかけてねぇぞ」
「存在自体が全方位にケンカ売ってるのに責任転嫁ってウケる」
「言った側から姉さんがケンカ吹っ掛けちゃダメだってば」
「ははは。今日もみんな、仲良しでいいよねぇ」
「ミーシャにはこれが仲良しに見えるの!?」
身体が大きくてガラの悪いカイザーだけど、以前は荒れた時期があったんだとジュディアから聞いたことがある。
今でこんな感じなんだから、昔はどうだったんだろう?
午後になり、ギルド活動時間になったので律儀に廃工場へ向かう。
秘密基地にした地下水路が狭すぎるからといっても、いっそ廃工場を秘密基地にしちゃっていいんじゃないかな。
「あれ? シア隊長、もう来てたんだ」
今までウィザードギルドの全体講義が終わってから合流していたレティシアが、すでに秘密基地で待っていた。隣には装備を整え終えたトリートもいる。
「少々、向こうに顔を出し難い状況になってしまってな。それに色々調べてみた結果、どうしてもトリートに肩入れしたくなったのだ。しばらくはこちらに専念させてもらう」
何を調べたのか聞いてみるなんて野暮なことはしない。トリートの相手をさせられなくて済むと思えば好都合もこの上ないし。
「トリートには元より素質と才能があるのだろう。少し教えただけでかなり動きが良くなった。飲み込みも早い」
「そうですか師匠! 私、がんばる!!」
レティシアを師匠だなんて呼ぶあたり、指南役を頼んで正解だった。これで肩の荷が下りるというもの。
「じゃ、後はよろしく……」
「何を言っている。またとない機会だ、弟君にも稽古をつけてやろう。同程度のライバルがいれば成長のバロメーターにもなるのだ」
「ボクは強くなるのを急いでないから遠慮し……」
「日々の鍛錬が最も重要なのだ。構えよ!」
「ほ、本気で言ってる…………?」
「うつけ者! 素振り千回だ!!」
「ひぇっ!!」
ずっと前、レティシアに乞われて剣の腕試しをしたことがある。勝負がつかず引き分けになったんだけど、思い返せば確実に手を抜かれていた。
だって今、目の前には恐ろしい鬼軍曹が仁王立ちして剣を構えているんだから。
「いち、にー、さん、しー……」
気迫に負けて素振りを繰り返すボクの横で、手合わせしながら手取り足取り教えられているトリート。一日の終わりに実戦形式の相手をさせられると日に日に強くなっていて、めきめき上達しているのを肌で感じていた。
ボク自身でさえ鍛錬を重ねていく中で成長を実感していた。それ以上にトリートが見違えるほど強くなっているんだ。
身体の使い方を指導されただけで打撃が力強くなるし、剣先にもスピードが増している。本気で防御に徹するしかできないくらいで反撃する隙すらなくなっていた。
「せめて弟君から一本取らねば、胸を張って送り出せぬな」
「ずっと逃げ回ってばかりじゃない! 勝ってなくても、負けてない!!」
「私とて一本を取るのは難しい相手ゆえ、今は己を信じて剣を振り続けよ」
「はい、師匠!!」
ボクが防御に徹するスタイルなのには理由がある。これは信念みたいなものなんだけど、今に限れば痛いのがキライだから必死になっているだけ。
でももしかして……?
ボクが一本取られたら、鬼のような地獄の鍛錬も終了になるんじゃ…………?
「ひぇっ!!」
「あーっ、惜しい!! 大人しくやられなさいよ!」
ずっしり重量のあるツーハンドソードをギリギリで避けたら、足下の小石が真っ二つに割れていた。こんな打撃、くらいたくない。
「弟君が一本取ったら、トリートは倍取らねば終わらせぬぞ!」
そんなことを言われたらなおさら反撃なんてするわけがない。
鉄壁の防御を続けていれば、ほどほどの時間で止めてくれていた真剣勝負。しかしなぜだろう、今日は終わる気配が感じられない。
そして、ついに左肩に攻撃を受けてしまった。
「…………いっ……たぁ……」
「と、取った! 師匠、取りましたぁーっ!! やったやった!!」
「なんとか間に合ったな、よくやったぞトリート。鍛錬はこれで終わりだ。これで快く…………いや、うむ」
間に合った? 何に?
「弟君、損な役回りをさせて済まなかったな。立てるか?」
レティシアの言葉を気にする余裕がないほどの痛み。涙目で悶えていたら左肩に軟膏を塗ってくれた。包帯まで用意している手際の良さからしても、この手の対処には慣れたものなんだろう。
でもそれって、ボクがやられるまで続けるつもりってことだったわけだ。




