インターミッション3
「おまたせしました! 早速調理しますね」
開店三十分前に滑り込み、急いで試食品に取りかかる。
レナがひとりで調理をしていてアオイさんは口を挟まない。クリス先生は二日酔いで顔色が青ざめている。
「ホントに大丈夫なのかなぁ」
「チビッコ……あんた……今までレナの何を……見てきたのよ…………」
酔い覚めの水を白ワインにすり替えてやりたい気持ちをこらえて完成を待つ。レナの腕前は今さら疑うことすらしないんだけど、今回はちょっと心配しているんだ。
なにせ、アオイさんが作るアクアパッツァとは見た目も材料も違うんだから。
「いい香りがしてきたわ……アオイ、まずはビール…………」
「ビールよりも白ワインがいいでしょう」
アオイさん、ボクの願望を察してトドメを刺そうとしてくれてる?
とはいっても後始末はボクが背負うことになるんだから、ほどほどにしてもらいたい。
「できました。どうかな?」
「なるほど、これは素晴らしい」
完成したランチは二種類。どちらも香りは抜群、彩りの華やかに考慮されていた。
「薫製タラをアクアパッツァ風にしてみたの」
輪切りトマトにむき身のアサリ、ブロッコリーとパプリカで味と見栄えを整えて、皿に敷いたレタスで包む手法はこの店にはなかったアイデアだ。
「こういった細かさ、アオイじゃできないんじゃないのぉ? 女性受けするわよ」
「レモンを絞って食べてみてくださーい」
「レモン? あら。酸味が効いてて美味しいんじゃないかしら」
プレートにはバゲットも添えられていて、白ワインかフルーティなドリンクが合いそうなんて話している。
クリス先生は二日酔いを忘れるほど満足したみたいだけど、空腹のボクからすれば物足りなさを感じてしまった。何となくサラダの延長って気がしたからだ。
「もうひとつのランチはラドさんに召し上がってもらいましょう」
「ボクでいいの?」
「客としての素直な意見が聞けますから。味については心配していないですし」
目の前に配膳されたものもアクアパッツァといえばそうなんだけど、クリス先生のものとはボリューム感からしてまったく違う。
深皿に薫製タラのアクアパッツァは先ほどとあまり変わらない。大きな違いといえば、その下にパスタが沈んでいることだ。
「スープパスタだったら美味しいんじゃないかって思ったの。どうかなぁ?」
朝からアクアトリノ王国を駆け回ったおかげで無意識なほど食が進む。スープは濃すぎず、程よくパスタに絡んでくる。タラの風味も際立ってさらに食欲をそそられた。
夢中で食べ終わるともちろん感想を求められたけど…………言葉に表すのって難しい。
「香りがよくて美味しかった、としか」
「あんた何のための試食だと思ってんの」
「食べっぷりを見たら結果はわかります。香りに言及したのはポイントが高いですね」
ランチは二種類とも採用され、大急ぎで仕込みに取りかかった。
お店のメニューってこんな簡単に決めちゃっていいものだったの?
「アクアパッツァは別名手抜き料理と言われています。本来は材料に決まりなんてないですから。手頃な料理を手頃な価格で提供できてこそのランチというわけです」
おかげさまでランチは大盛況。二種類どちらも好評で、女性客にはサラダ風、男性客にはスープパスタと好みが別れたのも面白いところ。
いつもお店では本格派のアクアパッツァを提供しているけど、手抜きで手頃な値段だからこそ客の食指が伸びたんだろう。
「骨が取りやすくて貝殻もないから、食べやすくていいわ」
カップルやグループ客には小皿を提供することで二種類をシェアできるし、味の濃さ、強さも相まってワインの追加オーダーが飛ぶように入った。
ボクは皿洗い、クリス先生はウェイトレスで手伝って繁忙を乗り切ったけど、今日の手柄は間違いなくレナ。
「料理ってやっぱり、魔法と似てて楽しい!」
そういえばアオイさんもウィザードギルド出身なんだっけ。
魔法を使っているところを見たことはないし、もちろん話を聞いたことすらない。だけど本質は料理と同じだったりして。
「もう、このランチを定番メニューにしちゃいなさいよ。いくら料理好きでこだわりがあるにしろ、いままで薄利多売もいいところだわ」
料理どころか家事すらしないクリス先生が偉そうに宣ったけどその通りかもしれない。バーの営業の片手間で始めた趣味にしては、負担が大き過ぎたんだ。
薫製タラや乾燥アサリは日持ちするから配達員の負担も減らせるし、何より原価が押さえられる。調理も簡単だから回転率も上がってドリンクで儲けが出る。
…………なんてことをクリス先生が説明していた。
怒濤のランチタイムは完売御礼、客足が落ち着いたところで清掃と片付けを済ませると、お礼として食事をごちそうしてくれるという提案があり、喜んで受け入れた。
「おかげさまで、まかないになりますが」
パスタにバゲットにチーズ、サラダに加えてローストビーフを振る舞ってくれた。
「いい味加減じゃない。ワインも追加よ、デキャンタで」
「やめてよ、昨日あれだけ飲んだのに。真っ昼間から痴態が丸出しじゃないか」
「ほーう。つまり夜だったら問題なしって認めたわね。言質、取ったわよぉ?」
「諦めてるだけだからね!?」
どれだけボクが止めようとも、先輩命令は絶対だと言わんばかりにワインを差し出すアオイさん。学生時代にホントどんな過ちがあれば、傍若無人のクリス先生に従順になれるんだろう?
「そうだお姉ちゃん。来週アクアトリノでお祭りなんだって。もう屋台が出てたよ」
「そんな時期なのね。建国祭だったかしら」
「雰囲気もすごかったよ。お姉ちゃんも一緒に行く?」
「あーパス、パス。疲れるだけっての」
それを聞いて寂しさもあり、嬉しさもあり、安堵もあり。
だって羽目を外した痴態を、国を跨いでまで背負いたくないからね。




