布の下のぬめり
時川礼子シリーズ第2弾
欲望と日々戦う彼女の休日とは。
仕事場の愚痴大会という名の忘年会に参加して、おかしな弁当工場を一新してやろうと一致団結して、大盛り上がりのうちに帰った。
酒は飲んでいないが空気に酔ってしまっている。
あんな職場は何とかしなくてはと思い、薄暗い街灯が照らす夜道をコートの前で腕組みをして歩いた。
アパートに入り、手を洗う。仕事の癖で外から帰って来たら二度洗う。
カバンをコタツの横に放り投げる。
コートをハンガーにかけてスマホを見てしばらく部屋を見渡した。
風呂に入る気は無かった。明日は休みだしこのまま寝よう。
飲み会なのに化粧もせず普段着のまま参加したので顔を洗う必要も無い。
礼子は灰色のスウェットに着替えて、早々と布団にくるまった。頭が痒い。
下も滑った感触が気持ちが悪い。
あーあと布団から顔を出し、枕元にある季節刊の女性向けファッション誌の表紙を見てため息をついた。
方やこんなキラキラとした世界があるのに自分は安アパートですきま風に震えながら風呂に入るのも躊躇うほど凍えている。
この時礼子は暖房の存在を忘れていた。
目を瞑り全てを忘れようと蛍光灯の紐を引っ張り、豆電に変えた。
薄ぼんやりとした橙色の光に包まれて、しばらく経つとどうもその下の滑りが気持ちが悪い。
流石にショーツは変えとくべきか。
そう思って冷蔵庫や壁に手をつけながらやっとの思いで服を脱ぐ。
シャワーで湯をを出したがなかなか出ない。
仕方が無いので冷水を浴槽全体にかけて汚れを落とす。
水から湯に変わった途端勢いよく陰部にシャワーをあてた。
温もりが気持ち良かった。
石鹸を泡立て足の指を少し洗いまたお湯をかけて風呂場を出た。
アソコが綺麗なら髪が痒くても眠れるだろう。
礼子は頭をかきながらまた布団に戻った。
暖房をつけるのを忘れてたと思ったが起き上がる気力はもう無い。
泥のように眠る事にした。
朝日がカーテンの隙間から漏れて目が痛い。
もう少し寝ていたいと布団を被り直す。
次に目覚めたのは午前9時だった。
明日用の買い出しもしなくてはといけない。
流石に起きなくてはと、どっこいしょと立ち上がる。
顔を洗い、ネイビーのジーンズに白のタートルネックを着てコーヒーを入れて飲んだ。
しばらくコタツに入ってぼんやりと外を眺めていたが、動くかと腰を上げた。
アイボリーのMA_1を羽織って玄関から出る。
アパートから車に乗って、ショッピングタウンの本屋に寄る。
暇つぶし用に購入する雑誌を選ぶ。
同世代、所謂アラサーのファッション誌も「ママのための」等の記事が増え始めてうんざりしていた。
何がママだよ馬鹿らしい。吐き捨てるように礼子は舌打ちをした。
子供が嫌いな彼女は母親という存在そのものも憎々しかった。
自分の年老いた母親もあまり好きではなかった。
この感情をどう言葉にしてやろうかと怒りが沸き上がる。心の爆弾を投げ付けてやりたい。
しかし興味の無い人種を見て怒るのも向こうからすればお門違いだろうと落ち着いた。
結局、色々分かっているであろう、まだこれから結婚に夢を見ているアラサーの為の雑誌を買った。
礼子も結婚に夢がない訳では無い。
ただ10年近く一人暮らしをしていると今更人と一緒に生活できるのかと考えてしまうのだ。
相手もいないのにそんなことを考えても仕方がないのだが。
同タウン内にある服屋を見て、給料入ったら買うかと欲しいものに目星を付けた。
ホリデーシーズンに合うラメの付いたツイードのジャンパースカート、ちょうど良い大きさのカバン、セール品のセーターなど。
師走の時期をキラキラとした物で店内を埋めつくそうと考えた人は偉い。
歳をとると枯れ木を見ただけでもの寂しくなるので、人工的な輝きは心が安らいだ。
その後、食品スーパーで明日からの労働に備えて飲み物と夕食の食材を少しばかりとノンアルコールビールと燻製卵をカゴに入れた。
購入してから車に持っていくまで荷物が重くて一苦労だった。
アパートに一旦戻り荷物を置いて、また外に出た。
コンビニに入って半額棚を見て、休みの日にだけ買う店内のコーヒーマシンのコーヒーを注文した。普段は水筒に詰めて持ち歩いている。
香ばしい匂いを車中に充満させて再び出発した。
100円ショップを何件か巡り、別段欲しくも無いものを見ては「買おうかな」と考えるのを繰り返した。
キャラクターもののハーフケット、果物柄のまな板、髪ゴム。
可愛らしいものを見て癒されたかった。
日が沈む気配を感じ始める前に、アパートの近くにある銭湯に行く。
置きっぱなしの風呂セットを荷物棚に持っていき着替える。
腕の筋肉が縮こまっているので服が脱げない。
浴場に入り、シャワーを浴びて全身を洗う。陰部にも湯を当てる。
ここが使われる時はこれから先来るのだろうか。何年もご無沙汰だと礼子はそこを観察した。
身を清め終わると、ゆっくりと湯船に浸かった。
通い始めの頃はわざわざ洗い場の横に来て水をかけてくる意地の悪い女性もいたが、睨みつけると行わなくなった。
生まれつき目つきが悪いことはこういう時に役立つと喜んだ。
白い炭酸風呂に身を沈める。一切を忘れてどこかに行けないものかと常々考えるが、結局自分はどこにも行けないなあと言う結論に辿り着いていた。
湯船から出て再びシャワーを浴びてタオルで身体を拭いて、早々と髪を乾かして車へ急いだ。
時刻は午後3時45分。
帰ってコタツに入ってタブレットでドラマを見ながらコーヒーを飲んで夕食の支度をして眠らなくては。
午前1時に労働が始まる礼子の一日は午後4時には終わろうとしている。
午後6時には寝床についてなくてはいけない。
それでも明日を気持ちよく迎えられる準備は大方しておいた。
今日の滑りは今日のうちに流すと気持ちが良い、当たり前のことに気が付き礼子は微笑んだ。
アパートの階段を上る脚に力が入った。
部屋に入って気がつく。
げえ布団干すの忘れてたと礼子は思った。
午後6時、また明日1日頑張ろうと布団に包まり夢の中に入っていく。
「布団乾燥機買お」
と独り言を言って瞼を閉じた。
時川礼子シリーズ第3弾は彼女の部屋についてです。