お忍び
ちょっと9.10話は合間の休憩と言いますか、ゆるっとした話です。お気楽に楽しんでいただけると嬉しいです。
人波で顔を隠しながら歩く。
前を歩く王子の背中を必死で追う。
今日は城の下に広がる街に来ている。
地方に住んでいたので、行ったことがないというと、なんと王子自ら案内してくれることになったのだ。
てっきりハリーとセシルと行くと思っていたので、出発の時に二人の姿がなく、王子が待っていて驚いた。
しかし二人とも正体がバレると身の危険があるし、騒ぎになってしまうかもしれない。
王子は普段とは違うラフな格好に髪の毛が隠れる帽子をかぶっている。
私も服はシンプルなもので、髪を隠すために赤毛のカツラを被っている。
似合っていないのか、この姿で現れた時王子が眉を顰めた。
「なぜ赤なんだ」
「変ですか?ハリーが自分の髪の毛の色は一般的だから大丈夫と言って、ハリーの髪色と同じかつらを用意してくれたのですが」
不安になってカツラを押さえる。
その返答に王子はますます眉を顰めた。
「えっと、問題があれば今日はやめておいた方がいいでしょうか?」
代わりのカツラや自分用の帽子が手元にない。
楽しみにしていたので、中止は悲しいが仕方ない。
王子をうかがうように見上げると、王子は軽くため息をついた。
「今日はそれで構わない。行くぞ」
街に行けるのか。嬉しくなり、そう言って歩き出した王子の背中を追った。
そうして今に至るのだが、ずんずん歩く王子を追うので必死で周りを見る余裕がない。
すると屋台のおばさんが王子に声をかけた。
「ちょっと、こんなかわいい子が必死についていってるんだから、手ぐらい繋いであげなさいよ」
おばさんは私を手のひらで示した。
「一人ですたすた行っちまって可哀想じゃないか」
相手が王子だとは夢にも思わないであろうおばさんが重ねて言う。
王子が怒らないだろうか…
黙っている王子に不安になり
「私の足が遅くて…」
と小声で主張してみる。
「なに言ってんの!だから合わせるんでしょうが」
私の勇気を振り絞った主張は一蹴される。
恐々、王子の顔を見上げる。
すると無表情のまま、私の手を王子がむんずと掴んだ。
急に触れた体温にどきりとする。
人と手を繋ぐなんていつぶりだろう。
おばさんは私たちを見て満足そうに微笑む。
「いいねいいね。ついでにこれなんかどうだい?今の流行りだよ、お嬢ちゃんによく似合いそうだ」
そういうと王子に向かって掲げたのは売り物のブレスレットである。
お、王子に売りつけようとしている。
場を収めるために、私が買いたいところだがあいにくお金は持たされていない。
いらないとは言いづらいが言わなければ。
口を開きかけた時、王子がそれより先に声を発した。
「せっかくだ。もらおう」
そういうとお金を渡す。
「そうこなくっちゃ!毎度あり」
おばさんは嬉しそうに、私の腕にブレスレットをつけてくれる。
銀細工に小さな青い宝石がキラキラと輝いている。
その輝きから目が離せない。王子に買ってもらったブレスレット…今着ている服だって、毎日の日用品だって、城から支給されているものなので、実質王子たちから貰っているようなものだ。
しかし目の前で買ってもらったとなると、いつも以上に嬉しい。
ブレスレットを食い入るように眺めていると、王子が私の手を掴んだまま歩き出した。
半ば引きずられるように連れて行かれながら、慌てておばさんに頭を下げる。
おばさんはパチリとウインクをして、親指を立ててくれた。
「あの、ありがとうございます」
お礼を言えていなかったことに気づき、前を歩く王子に言う。
「安物だぞ」
王子が淡々と返す。
たしかに王子にしてみれば安物だろう。
しかし、もらえたことが嬉しかった。
「大切にします」
ブレスレットを見つめ、つぶやく。
そんな私を見て、王子が微かに微笑んだ気がした。