異変 (ギルバートside)
リーゼ・シルフの護衛はハリーという18歳の男にすることになった。
彼女が候補として名前を挙げたのだ。
こちらでも調べたところ、若手の中でも、やる気も素質もあり、優秀だったので問題なしとなった。
その上、性格も快活で上からは可愛がられ、下からは慕われているようだ。
王妃や王弟との関わりもリーゼ・シルフの風によるとないので、とりあえず信用が置けるということで、さっそく今日付けでリーゼ・シルフ専属護衛となった。
…のだが。
「光栄です!俺、いや私、ギルバート王子に憧れていまして!」
もし犬なら尻尾を振っていただろう。
そう思えるぐらいキラキラした目で見つめられ、落ち着かない。
怖がられることが多く、このような目で見られることはほとんどないので、やや困惑する。
「頼んだぞ」
とだけ伝えると、赤毛の頭を縦に激しく振り、ハリーがうなずく。
若干落ち着きがないようにも感じるが大丈夫だろうか。
ハリーはさっそく俺の後ろに控えていたリーゼ・シルフに駆け寄る。
こちらにもキラキラした目で近寄っている。
「リーゼ様が推薦してくださったと聞きました!本当に嬉しいです。命に替えても必ずお守りいたします」
リーゼ・シルフの手を掴むと、熱い眼差しで彼女を見つめている。
引きこもりだった彼女にこのテンションはきついだろうと、声をかけようとした。
しかし予想に反してリーゼ・シルフはにこにこしている。
あんな顔、俺に見せたことがあったか?
いつも怯えたような表情ばかり見ていたので、気になってしまう。
その後も親しげに会話をしている。同じ年だからか?それともハリーの明るい性格によるものだろうか。
なんとなく面白くない。
しかもハリーがリーゼ・シルフに顔を近づけ、何か言う。
すると彼女はこちらをちらりと見て、困ったようにも照れたようにも見える表情をした後、嬉しそうにハリーにうなずいた。
なんだ、今のは。一応俺の妻だぞ。
いや、なんだは俺だ。能力だけが目的の妻なのだから、些細なことを気にする必要はない。
ましてや王族に忠誠を誓う騎士団の男が、王族の嫁に手を出すわけがない。
不敬罪で処罰される。
調査結果を聞いている限り、家族思いのもののようだし、家族に迷惑がかかるようなマネもしないだろう。
冷静に考えても二人がどうこうなる可能性はない。
それなのに何を俺は気にしているのか。
自分の所有物を取られたようで面白くないのか。
自分の心に戸惑う。
もやもやを振り払うように軽く頭を振る。
その時目の前に赤が現れた。
考え事をしていたとは言え、気配なく近づいてきたハリーに少し驚く。
「ギルバート王子!手合わせしていただけませんか?」
先程と同じキラキラした目でハリーが見てくる。
「リーゼ様もギルバート王子が剣を振るわれている姿を見てみたいそうです」
ニカッと全く邪気のない顔で言われる。
ちらりとリーゼ・シルフを見ると、少し怯えたような目でこちらの機嫌を伺うように見ている。
だからなんで俺にはそういう顔なんだ。
思わずムッとしながらハリーに言う。
「手加減はしないぞ。お前も全力で来い」
「うわぁ!嬉しいです。よろしくお願いします!」
ハリーは本当に嬉しそうに笑うと、準備をしてくると出て行った。
結果としては俺が勝った。
しかしハリーの実力は確かだった。
始める前は落ち着きのなさが気になっていたが、いざ始めると目つきと雰囲気が変わった。
数度打ち合いをしたが、力もスピードも大したものだった。
実戦経験の差により勝てたが、あと2.3年すれば勝敗は分からないかもしれない。
こいつは成長する。
リーゼ・シルフが見つけてきたが、よい人材だ。
護衛を任せる上でも安心できる。
そのことに満足した。
「よく鍛えているな。これからも励め」
「もったいなきお言葉!やはりギルバート王子はお強いですね」
ハリーがまたキラキラした目で見つめてくる。
「ね、リーゼ様、やっぱりギルバート王子の剣を振るう姿かっこよかったですよね!」
そして少し離れた位置で見学していたリーゼ・シルフに呼びかける。
というかこいつ、初めからずっとリーゼ様、リーゼ様と名前呼びで馴々しくないか。
眉間に皺が寄る。
しかもリーゼ・シルフが遠慮しているのか、なかなか近寄ってこないので、ハリーが手を引きに行く。
その様子を見て胸がざわつく。
「リーゼ。どうだった」
思わずそれを止めるように、声を出してしまった。
すると名前を呼ばれたことに驚いたのか、リーゼ・シルフがオパールのような瞳をまん丸に見開き、こちらを見る。
なんだか気まずい。何かわからないがごまかすように、もう一度口を開きかけた時だった。
「本当に素敵でした」
リーゼ・シルフが頬を染め、ぽつりとつぶやいた。
その言葉と表情に自分の鼓動が少しはやくなった気がした。
「そうか」
おかしい。自分に起こった異変を隠すように、ひとつうなずくと踵を返した。