能力
結婚してから10日目の夜。いつもなら大した会話もせず、寝るのが通常だが、王子が話しかけてきた。
「お前の能力を見てみたい」
「あ…」
元々能力目当ての結婚だ、そう言われて当たり前、というか今日まで言われなかったのが不思議なくらいだ。
しかし恐る恐る口を開く。
「人から見たら、私が独り言を言っているようにしか見えないのですが…」
風は目に見えない。側から見ると、私が一人で話しているように見えるのだ。
学校に馴染めなかった理由のひとつである。
そうっとうかがうように、王子を見つめる。
「構わん。やってみろ」
王子が迷いなくうなずくので、ベッドをおり、窓際に行く。
窓を開け、呼びかける。
「ルーナ、ウィリアム、アンナ起きている?」
ルーナたちは私についてきてくれて、最近は王宮の周りを漂っている。
『起きているよ。話してていいのかい?王子様近くにいるだろ』
ルーナが気遣うように言う。王宮に来てからは周りに人がいない時だけ、部屋に入ってもらい話をしていた。
「話しているのを見てみたいって」
『なるほど。それなら俺らのお気に入りのアレ見せてやろうぜ』
ウィリアムが得意気に言う。
「いやいや、いいよ。そんなに頑張らなくて」
『何言ってんだい、その方が一目でわかりやすいだろ』
ルーナの声を合図に私の体が宙を浮く。
幼い頃からルーナたちによくしてもらっていた「空を飛ぶ」だ。
ど、どう思われるんだろう。
こわごわと王子の顔を見る。
「ほう。素晴らしいな!」
すると今まで見たことがない感嘆のまなざしで、浮いて目線が同じくらいになっている私の顔をまじまじと眺める。
その視線が恥ずかしくて目を逸らす。
「ルーナ、ウィリアム、アンナもういいよ。ありがとう」
すっと足が地面に着地する。
「風にも名前があるのか。ルーナ、ウィリアム、アンナいいものを見せてもらった、礼を言う」
王子は全く見えていないが、ルーナたちの名前を呼び、宙に向かって礼を言った。
『なんだい、なんだい。案外気の利く男じゃないか』
『リーゼ以外に名前呼ばれたの初めてかも』
『こりゃもうひと頑張りしてやるか』
名前を呼ばれて色めきだったルーナたちがごうっと音を立てる。
すると目の前にいた王子の体が宙にいた。
「ちょっ、ちょっとルーナたち張り切りすぎ」
突然のことに私が慌てる。
「俺も持ち上げられるのか。すごい力だな。悪くない」
宙に浮いた王子が口角を上げた。
わ、笑った。初めて見た王子の笑顔を食い入るように眺める。
「どうした」
地面に降り立った王子が私の視線に気付き、訝し気に顔を覗き込む。
「な、何でもないです」
結局また目を合わせ続けることができず、下を向く。
「疑っていたわけではないが、お前の能力は間違いないようだな」
王子がつぶやく。
「よし、お前に話しておかなければならないことがある。こちらに来い。ルーナたちも」
窓を閉め、ベッドの方に戻る。
『私たちも?』
名前を呼ばれたルーナたちも戸惑いながら、私についてくる気配がある。
「単刀直入に言うと、王妃は敵だ」
突然告げられた言葉にぽかんとしてしまう。王妃とはまだ二回しか会っていない。婚約を報告した時と、結婚式の時だ。
あの時はどちらも緊張していたのではっきり覚えていないが、歓迎している様子ではなかったかもしれない。
「幼い頃から何度も俺は殺されかけている」
「えっ、お母様にですか?」
家族に殺されかけるなど、仲の良いシルフ家からは全く想像がつかず、絶句する。
「正確には俺と王妃は血が繋がっていない。まぁ見た目でわかるだろうが。王と王妃の間に子が産まれず、王が勝手に異国の女と交わってできたのが俺だ」
王と王妃の姿を思い出す。どちらも鮮やかな金髪だった。王妃の瞳は青で、唯一王子との共通点は王の瞳が紫なことだけだ。
「王妃はずっとそのことを恨んでいるし、俺のこともよく思っていない。子ができぬならせめて、現王の弟を次の王にしようと考えている」
明かされた事実に息をのむ。
「そこでお前たちの出番だ。俺が王になるには信頼のおける家臣を増やさなければならない。そして王妃と王弟に打ち勝たなければならん。そのための情報収集をしてほしい」
真っ直ぐアメジストのような瞳で見つめられる。
「お前の能力が必要だ。俺のために使え」
なんと傲慢な頼み方だろうか。
しかし心臓がどくどくと音を立てる。
目を逸らせない。
「はい、ギルバート王子」
人に私の能力を必要とされるのが嬉しかった。
この人の役に立ちたい。
私の返事に満足気にうなずく。
「お前も王妃に狙われる可能性が高い。世継ぎを産まれると面倒だからな」
「あ…」
分かっていたはずだが、はっきりと言葉で告げられると顔が青ざめる。
「心配するな、お前は俺が守る」
能力のためだろうが、その言葉に今度は顔が赤くなる。
その変化を見ていた王子が
「お前は案外顔にすべて出るんだな」
と微笑んだ。
こ、この人の笑顔は珍しい分、心臓に悪い。
きゅんとなった胸を押さえ、ばれないようにそっと深呼吸した。