【番外編】マリアンヌとロルフ
王宮にいた頃はロルフのこんな表情は見たことがなかったな。
はつらつとした笑顔で、エネルギーにあふれているようだ。
仕事から帰ってきたロルフを出迎えて、穏やかな気持ちになる。
数年前まで王宮で暮らしていた。
その頃は今の生活なんて想像したこともなかったが、今となっては王宮の生活の方が記憶の中で薄れているから不思議なものである。
「おっ、今日は豪華だな」
食卓の夜ごはんを覗き込んだロルフが嬉しそうに笑う。
「トリシアさんが野菜を分けてくれたのよ」
この国にやってきた時は、事前に少し勉強したとはいえ、言語もあやしかった。
そして当然、ずっと貴族として、王族として生きてきた私は料理も家事もすべてが初めてで大変だった。
体調も崩しがちで、ロルフにはたくさん迷惑をかけた。
しかし、反対にロルフはとても頼りになった。
ずっと前からこの国に来ることを考えていたらしく、言語も自然に話せていた。
さらに私を迎えに来る前に、仕事も家も見つけた状態にしてくれていた。
正直、王宮にいた頃はロルフがこんなに頼りになって、行動力があるとは気づいていなかった。
ロルフにはもともとそういう力があったのに、私のせいで、ギルバードの暗殺などおかしな方に向かわせてしまっていたのだろう。
「いただきます」
お肉をほおばるロルフを見て、笑みがこぼれる。
本当にこの国に来てよかった。
ロルフはいつも疲労をにじませ、実際の年齢より老けてみえていたが、今はいきいきとして以前より若々しい。
私自身もこの国に来てから、とても心穏やかに過ごせている。
料理も手慣れてきたし、最近はご近所さんとも交流が増えている。
あんなに苦しくて、一生私は負の感情を抱えて生きていくと思っていたのに。
アドルフのことはもちろん一生忘れないだろう。
しかしもう彼を思いだしても、胸が痛むことはなかった。
私が何度も殺そうとしてしまったギルバードも、今は子供も生まれて幸せに暮らしていると聞く。
私に彼を心配する権利はないだろうが、その噂を耳にして、ほっと息をついた。
私を義母と呼んでくれたギルバードの嫁も元気にしているようだ。
「あのね、ロルフ」
スープを飲んでいたスプーンを置き、ロルフに話しかける。
「どうした?」
真剣な話だと思ったのか、ロルフもフォークを置く。
「私、働こうと思って」
ロルフが目を丸くする。
この国に来てから、収入面はロルフに頼りきりで、私は家事を悪戦苦闘していた。
家事と仕事の両立は不安がある。しかし
「仕事といってもボランティアみたいなもので、時間も短くて。実はお隣のトリシアさんに誘ってもらってね」
「孤児院か」
ロルフがつぶやく。
そうなのだ、トリシアは孤児院で働いている。
本当は前から誘ってもらっていたのだが。
「仕事自体はマリアンヌがしたいなら、すればいい。でも…つらくないのか?」
ためらいがちにロルフが尋ねる。
私もそう思っていた。
子供が欲しくてもできなかった、産むことができない体の私は子供と接する仕事はつらいと思っていた。
だからトリシアの誘いをずっと断っていた。
「だけど、こないだ見学させてもらって。つらくなかったの、それどころか、楽しかった」
息を吐き出す。
本当は、私は子供が好きだったのだ。
ずっと目を背けていたから気がつかなかった。
「そうか」
ロルフが優しく微笑んだ。
「だからやってみたいの」
「うん、がんばれ」
ロルフの笑みに胸があたたかくなった。
この日常が愛おしい。
そう思えるようになって、本当に良かった。
~ロルフとマリアンヌ編fin~
いよいよ次回、最終話です。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!
最終話もよろしくお願いします。




