想い
テラスに出て顔の熱を冷ましていると
「幸せそうね」
と平坦な声が聞こえ、慌てて左右を確認する。
そこにはなんとマリアンヌが立っていた。
あれだけ気をつけろと言われていたのに、自ら彼女の元に来てしまったのか。
自分の間抜けさに呆れる。
「突き落とそうかと思ったけど、あまりに幸せそうな顔してたからやめたわ」
真顔で言われて冗談か本気かわからない。
マリアンヌが近づいてくる。
「今回の公爵の件、あなたも絡んでいるの?」
反応したら負けだったかもしれないが、思わぬ質問に肩が動いてしまった。
その反応を見てマリアンヌがなおも語る。
「少し昔のことを調べさせてもらったわ。シルフ家は風の精霊の子孫と言われているそうね」
心臓が早鐘を打つ。
しかしシルフ家のことは正直調べれば王族にはすぐにわかることだろう。
ここで動揺してはいけない。
私自身の能力がバレてはいけない。
幸い私自身の能力は地元では噂になったことがあったが、信憑性がなく、すぐ立ち消えた。
なのでギルバートのように、その話を耳にし、さらに信じたものなどこれまでいなかったのである。
私さえシラをきれば、問題はない。
能力に関して証拠など見つけようがないのだから。
どんな質問がきても表情を変えないように力を込める。
「あなたにはどんな秘密も通用しないのかしら」
冷めた目でこちらを見つめる。
まずい。
こないだルーナたちに聞いた、公爵とは別の話。
それを知ってしまったことがバレたのだろうか。
呼吸が浅くなり、背中を嫌な汗がつたう。
だが動揺を悟られてはいけない。
「何か秘密がおありなのですか?」
震える声で尋ねる。
マリアンヌはそれには答えず、ふんと鼻を鳴らす。
「初めはあなたに何か利用価値があるのかと思ったけど、どうやら茶会のことといい、あれは心底あなたに惚れているようだし」
私の薄紫のドレスを上から下まで眺める。
「あなたを殺せば、簡単にあれはどん底に落ちる。いや、殺さずとも脅せば、王の座を捨てさせるのも容易いかもしれないわね」
「私ごときにそのような価値は…」
咄嗟に反論しようとしたが、自分の左手首のブレスレットが視界に入る。
愛されていると自惚れているわけではない。
けれどギルバートが最近自分に向けてくれている優しさを思うと…
自惚れではなく、ギルバートの優しさをあたかもないように断言するのは違う気がした。
悪魔の子などと言われているがギルバートは意外と情に厚い。
例えば私じゃなくても、その作戦は通じるかもしれない。
足枷になりたくない。隙を見せてはいけない。
じりじりと足の向きを変えて逃げる準備をする。
「想いあっている者同士でいいわね」
「えっ?」
不意をついた言葉に驚いてマリアンヌの顔をまじまじと見つめる。
ぽろりと溢れた言葉は彼女の本音に見えた。
ルーナたちにより知った事実が頭をよぎる。
思わず逃げようとしていた足を止めて口を開く。
「王妃様は本当は誰を…」
「リーゼ!」
「ギル様」
会場の扉が開き、出てきたのは肩で息をしたギルバートだった。
「王妃の姿もなかったから気になって」
近づいてくると私を軽く抱きしめた。
「無事か?」
至近距離で顔を覗き込まれ、こんな時なのに顔が赤くなる。
その様子を見たマリアンヌがため息をつく。
「随分な言い様ね。その子が後から来たのよ」
マリアンヌの言う通りなので小さくなる。
「すいません」
マリアンヌが身を翻し、去っていく。
その後ろ姿に声をかけそうになるが、結局口をつぐむ。
「どうした?」
ギルバートが抱きしめている腕に力を込める。
私がこの温もりを知ってしまったからだろうか。
なぜか孤独なようにも見えるマリアンヌのことが気にかかる。
彼女が本当に好きな人はーーー




