公爵
『いよいよだな』
ウィリアムが張り切った声を出す。
「そうね…」
『嬉しくないの?』
私の言葉にアンナが不思議そうに問いかける。
「嬉しいというよりは心配かな」
外を見つめ、そっと息を吐き出す。
何もできないのがもどかしい。
『大丈夫さ、悪魔の子が人間に負けるはずないだろ』
私を安心させるためにルーナがからかうように言ってくれる。
『俺らも入念に情報を集めたし』
ウィリアムが誇らしげに言う。
たしかに、みんなの言う通りだ。
張り詰めていた気持ちが少し緩む。
「そうだね、ありがとう。信じて待とう」
どうかご無事で、ギル様。
*****
事の起こりは2週間ほど前になる。
『リーゼ!俺、見ちゃったんだ!』
朝起きて、窓を開けた瞬間ウィリアムが興奮気味に話しかけてきた。
寝室にはまだギルバートと二人だ。
「何を見たの?」
ウィリアムに返事をすると、ギルバートがこちらを見る。
「どうした?風が何かあったのか」
ベッドから降り、こちらに寄ってくる。
「ウィリアムが何かを見たようで」
『王子にも聞いてほしい!リーゼ、王子に伝えて』
「わかった。ギル様にも聞いてほしいことだそうです」
ギルバートの顔を見上げると、彼がうなずく。
ウィリアムを招き入れ、窓を閉じる。
『ほら、茶会のこともあったし、前に王子にも頼まれていたし。王宮内の人間をいろいろ調べてたんだけど』
「ありがとう」
『特にあいつの何か問題を見つけられればと思って、俺は公爵家をよく見に行っていたんだ』
「あいつってベラさんのこと?」
公爵家なので、おそらくベラのことだと思われるが確認する。
その名にギルバートの片眉が上がる。
『そう。俺、リーゼを傷つけたあの女が許せなくて…』
ウィリアムの気遣いに胸があたたかくなる。
『でも、あの女の前に、父親の公爵が最低なことをしているのを見ちゃったんだ』
「公爵が一体何をしていたの?」
『あいつ、ふたつでかいことしてた。ひとつは民から不正に税を徴収して、自分の肥やしにしていたんだ』
その言葉に息を飲む。
公爵は私たちが住んでいた町の隣町が領地であり、そこを統治している。
民は税として農作物や鉱物を納めているが、それを不正に徴収しているとはどういうことだろうか。
今までそんな話は聞いたことがなかったが…
『その辺の風に聞いたんだ。農作物に関しては不作でも関係なく、同じ量をいつも要求していた。そのせいで民は無理して農作物を渡して、自分たちの分や売りに出す分がなくなって困窮してた』
「ひどい…」
ウィリアムの声が聞こえていないギルバートにも説明する。
「なるほど。統治者としてあるまじき行為だな。守るべき民から搾取し、自分は豪遊か」
ギルバートが吐き捨てる。
当然の感想かもしれないが、自然とこぼれた守るべき民という言葉に上に立つ者としてギルバートが大事にしていることが垣間見えた気がする。
「それで、もうひとつというのはなんだ」
「ウィリアム、もうひとつの問題っていうのはなに?」
ギルバートの声はウィリアムに聞こえないので、私が聞く。
『公爵のやつ、他国から王家への奉納品を横取りしてやがった』
「なんということを…」
ウィリアムが興奮したように告げたことに驚く。
その行いは間違いなく大問題である。
特に他国からの物を私物にするなど、下手をすると国際問題になりかねない。
『その様子を王宮で見たんだ』
「どうやって盗んでいたの?」
『それが意外と堂々としてて。宝物庫に運ぼうとしていた侍女に、王に持って来いって言われたって言って奉納品を受け取ったんだ』
なんと、大胆不敵な奪い方だろうか。
「それでそのまま自分のものにしたということ?」
『そう。それを自分の家来に渡して、家に持ち帰っていた。あの感じだと今回が初めてじゃないと思う。家来も手慣れている様子だったし』
おそらくウィリアムの言うように何回もしているのだろう。
初犯でその堂々としたやり方はできない気がする。
ギルバートにも全てを伝える。
全てを聞いたギルバートは眉間に皺を寄せる。
「昔からあまりいい噂は聞かなかったが、思っていた以上に公爵はクソ野郎だな」
深いため息をつく。
しかしギルバートが顔を上げ、ウィリアムがいると思われるあたりを見て言う。
「ウィリアム、有益な情報を感謝する。これであのクソ公爵家を追い詰めることができるだろう」
ギルバートがそこで私の顔を見る。
「お前を傷つけたクソ女も終わりだ。オーウェンと作戦を練り、公爵家を潰しに行く」
その意思の強いアメジストの瞳が鋭く光った。
そうして今日、その作戦を実行するために、ギルバートとオーウェンが密かに王宮を出立したのである。
2023.11.17
ここまで読んでくださっている方、本当にありがとうございます!
毎日投稿取り組んでいたのですが、ストックがなくなり、書くペースが追いつかなくなってしまいました( ; ; )
なので17話からはゆっくり更新になりますが、お付き合いいただけると嬉しいです。
よろしくお願いします!




