過去
席に誘導され、腰掛ける。
よりによって王妃とベラの間とは。
仕組まれた嫌がらせだろうか。
「私とリーゼさんは同級生だったんですよ」
ベラが言う。
「まぁ。そうなるとリーゼさんは学校を途中で辞められて、王子様と結婚されたんですか?」
ベラの隣の女性の言葉に肩を震わす。
私が引きこもりだったことはみんな知らないのだろうか。
それとも知っていて嫌味を言われているのだろうか。
不安になりつつ、説明しようと口を開く。
「違いますわ。リーゼさんはそれ以前から学校に来ていなかったんですの」
すると横からベラの方がはやく発言する。
「それ以前?優秀で飛び級でもされたんですか?」
言葉とは裏腹にベラの隣の女性はにやにやと意地の悪い笑みで見てくる。
これはやはり、この場にいる全員がすでに私が引きこもりだったことを知っていると見て間違いなさそうだ。
王妃の仲間なのだから当然か。
すでに私のことは調べられ、いたぶるのに使えそうな話は熟知しているはずだ。
テーブルの下の手が小刻みに震える。
「彼女変わり者で学校で浮いていたんですよ。何もない空中に向かって話しかけていたとか」
ベラが得意気に言う。それに周りの女性たちがくすくす笑う。
何も、何一つ、学生時代から変わっていない。
この空気に息が苦しくなる。
そしてベラはついにトラウマに話題をうつす。
「それに彼女はなぜか情報通で。人の秘密やテストの答えまで知っていたんですよ」
「まぁ。その話詳しく聞かせてくださいな」
心臓が激しく音を立てる。耳鳴りがする。
だれか…!
*****
学校に通い、数年間は完全な孤立はしていなかったと思う。
6歳で地元の学校に通い始めた。
ルーナと会話しているところを見られ、ちょっと変わった子とは認識されていたが、特別避けられているわけでもなかった。
ただ休み時間は誰もいない裏庭でルーナたちといる方が気楽だったので、一人で過ごしていることが多かった。
しかし事態が大きく変わったのは13歳の頃である。
「私のハンカチがなくなっているわ」
その頃ベラの取り巻きとも言える距離感で、よくベラと行動を共にしていたダリアが声をあげた。
教室の真ん中で言ったので、クラス全員が視線をそちらにやる。
そのハンカチというのは、ひとつ年上の男の先輩がくれたものらしく、かなり声高にダリアが言っていたので、親しくないリーゼすらもなんとなく知っていた。
「まぁなんてことなの!探しましょう」
ベラがクラスに声をかけ、なんとなく全員で探し始める。
正直無関係ではあったが、大事なものがなくなってかわいそうだったので、自分も席を立つ。
『リーゼ、無駄だよ』
すると開いている窓から入ったルーナが声をかけてくる。
「なぜ?」
周りに聞かれないように小さな声で尋ねる。
この頃にはさすがに公にルーナたちと会話すべきではないと認識していた。
シルフ家の能力を他人に知られると、悪用しようとするものも出てくるかもしれないし、家族にも迷惑がかかってしまう。
『あのベラって女が盗ったのよ。さっきの授業が外だっただろ。その間にベラが盗んで自分のポケットに入れていた』
なるほど。ベラはダリアが先輩からもらったという自慢話をよく思っていなかった。
それで盗んで、ダリアを困らせようとしたというわけか。
どうすべきか迷う。
しかしダリアにとって大事なものに違いなく、このまま何も知らずに探すのを手伝うクラスメイトたちもかわいそうである。
意を決して、ベラに近づき、周りには聞こえないように小さな声で言う。
「あの、返してあげた方がよいのではないですか?」
今思うと、知らないふりをしておけばよかったのかもしれない。
それかもう少し言い方があったかもしれない。
ベラは驚いたように、そして鬼の形相で私を振り返る。
「見たの」
自分が見たわけではないので返事に困る。
「…そういえば、あなた。昔空中に向かって話しかけていたとか。変な力でも持っているの?」
ベラが眉を吊り上げ、睨みつけてくる。
その迫力に押され、視線を彷徨わせてしまう。
私の怯えた様子に勝てると判断したのか、突然ベラは自信満々な表情になって言う。
「リーゼさんはいつもテストが満点ね」
突然クラス中に聞こえる大きな声が響く。
それまでダリアのハンカチを探していたクラスメイトが怪訝そうに動きを止める。
私もベラの発言の意図が分からず、黙り込む。
するとベラが黙った私に満足したように、一度にやりとし、もう一度声をあげる。
「それで頭がいいからって探偵ごっこかしら?私がハンカチを盗んだですって!失礼にも程があるわ」
ねぇ、ダリアさん。そう言ってダリアを振り返る。ダリアは困惑したように私とベラの顔を交互に見つめる。
ベラがまた私を見つめる。
「どうせテストも、その意味のわからない力を使って、カンニングしているんじゃないの!」
「なっ」
あまりの理不尽な追及に思わず声をあげる。
ルーナたちにそんな卑怯なことを手伝ってもらうわけがない。
「していません」
はっきり否定する。
しかしベラが鼻で笑う。
「口では何とでも言えますもの。ねぇダリアさん。この卑怯な女は私があなたのハンカチを盗んだというの。私がそんなことするわけないわよね」
ベラに強く言われ、ダリアがおどおどする。
そして結局ベラの視線に促され、うなずく。
「ええ、ベラさんはそんなことしませんわ」
ダリアはベラの公爵令嬢という権力に負けたのだ。
そしてそれはつまり、私が嘘をついたという状況を作り上げられた。
「みなさん。この女はとんでもない嘘つきです。以後気をつけて」
ベラが勝ち誇った顔をする。
咄嗟に周りを見渡すが、誰も目を合わせようとしない。
学校一の権力者であるベラに逆らう者などいないのだ。
ましてや今までろくに関わってこなかった私を守ってくれる人など、誰もいない。
その事実に気づき、教室を飛び出す。
私も悪かったのだ。
これまでクラスメイトと絡もうとしなかった。
人間関係の作り方など分かっていなかった。
それなのに余計なことを言ってしまったばかりに。
『リーゼ』
心配そうにルーナたちが声をかけてくれる。
涙が溢れた。
その次の日から私へのいじめが始まった。
ベラを中心とし、元々のベラの取り巻きが積極的に。
そして周りのクラスメイトは見て見ぬ振りをした。
そうして私は徐々に学校に行かなくなり、15歳の頃には完全な引きこもりとなっていたのである。




