出会い
私を見下ろす紫の双眸は氷のように冷たい。
「リーゼ・シルフ、わかっているな。裏切れば命はないと思え」
小刻みに震える手を押さながらうなずく。
煌びやか、かつだだっ広い部屋で、これ以上ないくらい縮こまり、背の高い彼を見上げた。
「分かっています。ギルバート王子」
*****
1ヶ月前、彼は突然私の前に現れた。
「王子!なぜこのようなところに」
「シルフ辺境伯。お前の娘に用がある」
玄関の方から父と誰かが話す声が聞こえた。
王子?
なぜ王都から離れたこの土地に。
疑問に思っていると、自分の部屋の扉が開いた。
「お前が風と会話できるという女か」
私より少し年上かと思われる男が一人入ってきて大股で私に近寄り、見下ろしてくる。
漆黒の髪に、アメジストのような輝きを放つ瞳。
少し怖いのに、その美しさから目が逸らせない。
「な、ぜ」
言葉に詰まっていると苛立たしげに眉を寄せられる。
「そうなのか、そうじゃないのか、どちらだ」
「お待ちください、ギルバート王子」
慌てて男を追って入ってきた父の言葉に目を見張る。
やはり聞き間違いじゃなかったのか。
この方が悪魔の子とも言われている、このアステリア王国の王子、ギルバート。
そのような人がなぜここに。
「答えろ」
父の制止を無視し、彼はもう一度私を見つめた。
「お前は風と会話できるのか」
二度目の質問に震えながらうなずく。
その答えに満足したのか、王子がひとつうなずいた。
「俺と結婚しろ。ついてこい」
「えっ?」
全く予想していなかった言葉に口がぽかんと開いてしまう。
「なっ、何をおっしゃっているのですか」
いつも落ち着いて威厳のある父も動揺している。
父の後を追ってきた母も思わぬ事態に目を見開いている。
「お前の能力が欲しい。俺の嫁になれ」
断られるなど微塵も思っていない傲慢な誘い方だった。
能力だけを求めている、なんと不躾な口説き方だろうか。
しかしその自信満々な姿に不思議と嫌悪感はなかった。
むしろ裏表なく告げられる能力を目的とした誘いは潔く感じた。
王子が私の肩を掴み、耳元に唇を寄せる。
「このままでいいのか、お前の人生は。家族の重荷になりたくないだろう」
その言葉にピクリと肩を震わす。
王子が至近距離で私の目をじっと見つめる。
「お前の人生を俺が変えてやる」
ごくりと自分の喉が鳴った。
そうだ、いつまでもこのままでいいわけがない。
この24時間365日、ほとんどの時間を過ごしたあたたかい自分の部屋をいつかは出なければ。
王子がすっと手を差し出す。
その様子を父と母が固唾を飲んで見守っている。
もう一度王子を見つめると、冷たい目で変わらず私を見つめている。
ーーー変わりたい。
そして差し出された手を掴んだ瞬間から、私の人生は大きく変わっていく。
私が恋をした、この人によって。