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06「忘れられない日」前編 ※sideレイラ

 ジェス君の申し出に、慌てて学園長室を飛び出した私は、急いで女子寮へと走った。


 学園長にお礼を言うのを忘れていたが、今は乙女の緊急事態。後でたっぷりお礼をしようと思う。


「あ~、どうしよどうしよっっ」


 自室に戻ったのは良いが、何から準備して良いか分からず軽いパニックに陥っていた。


 男の子と散策……いや、デートなんて初めてだったのもあり、かなり舞いがっている。


 しかも相手は、憧れていた私の英雄様なのだ。

 その英雄は、今じゃ初めての男友達であり家庭教師でもある。


「あ、私今、幸せかも……って、噛み締めてる場合じゃない! 紅を塗って、香をつけて、髪は纏めて髪飾りね。服は……ない! デートに着ていく服なんて想定してないわよ! あ、体も清めなきゃ! も~ぅ、当然過ぎるよジェス君っっ」


 ジェス君との出会いは、学園に入学する少し前の事だった。


 魔法学園に行く事が決まっていた私は、オープンキャンパスーー所謂、学園見学に来ていた。


 自分が通う学園がどんな所か知りたかったのだ。

 

"レグリアット魔法学園"ーー


 王都の南西に位置し、湖や森に囲まれた広大な敷地を持つ、国で一番の権威と歴史のある魔法学園。


 学園のトップを就任してきた歴代学園長も、魔法界では実力と名のある者ばかり。


 そんなレグリアット魔法学園は、才能があり入学金さえ払えば、貴族や平民の身分の差など気にしない"平等"を謳っていた。


 そんな学園だからこそ、王族の私でも気兼ねなく友達と笑い合えるかもしれないと期待していた。


「今から実習室で、学園始まって以来の天才って呼ばれてる一年生が、実技を見せてくれるみたい!」

「先着順だから、早く行かないと! 噂によると、結構イケメンらしいよ!」

「きゃー! 楽しみ!」


 学園の広場の中央には、この学園の創設者であり、かつて英雄と呼ばれた大魔導士様の銅像が建てられている。


 そんな大魔導士様の手に握られた杖から水が湧き出ており、銅像を囲むような変わった噴水があった。


 そこの前に、自分と同じように学園見学に来た女の子達が楽しそうに喋っている。


 勇気を振り絞った私は、緊張しつつもその子達に話しかけてみる事にした。


「あ、あのー、実技見学に行くなら、私も一緒に……」

「はぁ?」

「なにこの芋臭い女」

「私達に近づかないでくれる?」


 私は変装をしていた。

 

 王女だと万が一気付かれると厄介だと思い、分厚い伊達メガネで髪はおさげ。服は平民が安価に買えるという服屋さんで調達して貰った服を着ていた。


 お世辞にもお洒落とは言えず、芋臭いと言われても仕方ないのかもしれない。


 でも……流石に酷い!

 初対面でそこまで言わなくても!

 そう思い、抗議の声を上げようとした。


「あ、あのっっ」

「なによ? 文句でもあんの?」

「てか、あんたみたいな芋女は、この学園に似合わないと思うけど」

「きゃはは、言えてる! ほら、噴水で頭でも冷やして、入学する学園をもう一度考えな!」


 一人の女の子に腕を掴まれ噴水に向かって投げ飛ばされそうになった時だったーー


「お、っと……大丈夫かな?」

「え……?」


 私は、この国では珍しい黒髪の男の子に抱き止められていた。その瞳は赤くて妖しさを放っていたけど、奥から滲み出る優しさがなんだかホッとする。


 一番驚いたのは、男性に触れられても恐怖を感じなかった事だ。


 私はとある事件を切っ掛けに、男性に対して恐怖心を抱くようになった。話すのも苦手だし、体に触れられると全身が震えて息が苦しくなってしまう。


 だけど、その男の子に触れられても、そんな恐怖など微塵も感じる事はなかった。


「あのさ、ここは"平等"を謳うレグリアット魔法学園だよ。君達のしてる事こそ、この学園には合わないと思うけどな」

「な、なによあんた!」

「あんたには関係ないでしょ!」

「てか、あんた誰よ!」


 私のせいで、男の子を面倒後に巻き込んでしまった。そんな酷い後悔に苛まれつつ、どうして良いか分からず固まる私。未だに私は、男の子の胸の中にいた。


 だって、凄く良い香りがして落ち着くんだもん。


「ああ、自己紹介がまだだったな……初めまして、レグリアット魔法学園第一学年ーージェスと申します」

「えっ!? ジェスって……」

「学園始まって以来の天才と呼ばれた……」

「あの麒麟児ジェス様!?」


 私を助けてくれた男の子は、なんだか凄い人だった。


「言っておくが、この学園に入りたいならその腐った性根を叩き直してから来るんだな。ここに差別なんて秤は一切持ち込ませない……って、学園長も言ってるし。まあ、このぐらい出来るなら特別枠かもしれないけどーー」


 その時私が見たのは、生涯で忘れる事など出来ない特別な光景だった。


 噴水に貯まった水が空中へ一斉に集まり、綺麗な水の球を作り出す。


 かと思えば、水の球はドラゴンへと形を変え空中を優雅に飛行していた。そのドラゴンが飛行する跡には、キラキラと光る虹が描かれる。


 その光景は、見る者全てを魅了していた。

 

 水で作られたドラゴンが上空へ高く舞い上がると、今度は小さな妖精達が空から降って来る。


 その妖精も、当然水の魔法で作られたもの。

 それは分かってはいたが、華麗に舞い丁寧なお辞儀を見せる妖精に、みんな目を奪われた。


「こんなもんかな……という訳で、ちょっと趣向を凝らした、ジェスの実技公開ショーでした!」


 一斉に拍手喝采が起こり、騒ぎを聞いた先生達が集まってきた。


 バツが悪くなったのか、私を貶めようとしたいた女の子達はいつの間にか姿を消していた。


「ジェス! 一体なんの騒ぎだ!」

「これはこれは教頭先生。実技の公開を、未来の学園生徒となる方々にお見せしていたんですよ」


「実技公開は実習室でやる筈だろ」

「まあそうなんですが、こんなに良い天気ですし、折角だったので。あ、感想を聞くのを忘れていましたーー未来の生徒諸君! レグリアット学園に入りたいかー!!」

「「おぉぉぉーっっ!!」」


「うん、中々の好感触ですね。これなら、今年の入学志望者も盛況ですね!」

「あ、ああ、そうだな……」


 先手先手で有無を言わさない男の子の凛々しい姿に、私の心臓は凄く高鳴っていた。


「所で、その子はなんだね?」

「……うぉっ!? ごめんごめん! 苦しくなかったかい!?」


 私をずっと抱きしめていた事に気づいた男の子は、必死に謝りながら私の心配をしてくれた。


「だ、大丈夫ですっっ、あの、その……ありがとうございました!」

「全然良いんだよ。もし、入学してあんな奴等に絡まれたら、いつでも俺を呼んでくれ! 絶対に助けるし、やっつけてやる! だから、是非レグリアットに来てね」


 私を安心させようと、爽やかに笑う男の子。

 名前は"ジェス"様。

 私の英雄で、初めて恋をした人だーー



「お、お待たせしました!」

「お、おお……」


 通信石で噴水前に来て欲しいとジェス君から連絡が入り、私は精一杯のお洒落をして向かった。


 服はそのまま制服にした。

 ジェス君も制服のまま来たようで一安心だ。


 デートに来て行く様な服を用意していなかったのが悔やまれるけど、制服デートというのも中々魅力的だと思う事にする。


「それで、馬車はどちらに?」

「……いや、馬車は使わない」


 馬車を使わずにどうやって向かうのだろう?

 ここから城下町までは、徒歩で行けるような距離でないのだけど……。


 というか、それより気になるのは、なんだかジェス君が上の空な事だ。


「どうかしましたか? もしかして、体調が優れませんか!?」

「いや、そうじゃないんだ……」


「それなら良いのですが……というか、さっきから全然目を合わせてくれませんけど、私なにか失礼を!?」

「いや、違くて……」


 なんだか歯切れが悪いジェス君。

 もしかして、デートに行くのは嫌なのかな……。


「気が乗らないのでしたら、中止にして戻りましょう……」


 私がそう言うと、ジェス君はやっと私の目を見て返事をしてくれた。しかも、とびっきり嬉しい言葉を私のハートに打ち込みながら。


「ごめん、そうじゃないんだ。その……お洒落したレイラが予想以上に可愛くて、恥ずかしくてさ……」

「はぅっっ」


 まるで心臓を射抜かれたような衝撃が走った。

 いつも厳しい態度で私を指導するジェス君が、こんなにデレるなんて思いもしなかった。


 だから慕ってしまう。

 どんどんジェスという男性に嵌ってしまうんだ。


「もうっ、どんだけスケコマシなんですかっっ!」

「いだっっ! ちょ、ツッコミ強すぎ! ビックベアに張り手されたと思ったぞ!」


「またそうやって照れ隠しするんだからっ」

「別に照れてねえわっ!」


 もうなんでも良い。

 世界の全てがどうでも良くなる。

 この素敵な時間が、永遠に続いて欲しい。


「よし、じゃあ行くか!」

「えっ!? なんで抱っこなんですか!? 嬉しいけど、なんか嫌な予感がしますっっ」


 前言を撤回致します。

 

 この移動時間だけは、早く終わって欲しいです……。


 ジェス君にお姫様抱っこをされたまでは良かったのだけど、そこから空に飛んで行くとは思わなかった。


「見つかると目立つから、ちょっと上まで行く」

「ひぃぃぃっっ」


 全然ちょっとじゃないっっ!

 人が豆粒みたいに見えるのですけどっっ!


「じゃあ、ちょっくら飛ばすぜ!」

「ひぃ、ひゃぁぁぁぁーっっ!!」


 とんでもないスピードで空を飛び始めた瞬間に、私の意識は途絶えたーー


「レイラ? おーい? ……あまりにも快適過ぎて寝ちゃったか」

読んで下さりありがとうございます!

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