05「二度目のお茶会」
レイラのトラウマを克服する訓練をして五日目。
明日は学園長に進捗を報告する。
中級魔法の実技はかなり安定してきているし、暴走はしなくなったので上々だ。勉強の方も少しずつだが理解が深まって来ている。
毎晩、通信石で分からない所を聞いてくるので、しっかりと自習もしているようだ。まあ、毎回横道に逸れた話になってしまうのはご愛嬌。
レイラには、今まで碌に話をする友達がいなかったから仕方ないと思っている。
そこで、レイラの友達を増やすべく、今日は訓練をお休みして二回目のお茶会を開こうと思っている。
レイラは、『訓練の方が大事です!』なんて言っていたが、心を許せる友を作るのも社会で生きる上では大切な事だと思う。
あまり人と関らずいる俺にだって心の友はいる。
学園の生徒ではないのであまり会えないけどな。
「みんな参加してくれてありがとう」
「こちらこそ誘って頂いて嬉しいです!」
「まさかジェス先輩の方から誘ってくれるなんてビックリしましたよ!」
「そうそう、もしかして……この中に好みの子でもいるんですか?」
現在、レイラと同じ一学年の女の子達を誘いお茶会を開いている。この子達からは良く誘われるのだが、後輩の女の子に囲まれるのはちょっと気が引けてしまうので、今まで誘いに乗った事は無かった。
「いや、今日は紹介したい人がいてね」
「どんな人ですか?」
「なんで私達に?」
「もしかして……彼女ですか!?」
女の子が三人も集まると、本当に姦しい。
質問攻撃の雨あられでタジタジだ。
「彼女ではないが、最近出来た友達でね。君達と同じ一学年の女の子なんだよ。折角だから、君達とも友達になって欲しくて」
「ジェス先輩が友達になった方なら、きっと良い子なんでしょうね」
「確かに。私達で良ければ是非!」
「彼女じゃないなら大丈夫です!」
女の子達に趣旨も説明出来た所で、夕焼けに照らされたレイラが歩いて来るのが見えた。
遠目でも分かる浮かない顔。
あまり良い展開を予想していないのだろう。
「あの……」
「こ、これはこれはレイラ王女殿下!」
「一体どうなされたのですか!?」
「もしかして、私達が何かしましたか!?」
レイラの登場に恐々とする女の子達。一方レイラは、またこの反応かと顔を曇らせていた。
「ほら、ここに座って下さい」
「でも……」
その場で固まるレイラの手を取り、自分の横へと強引に着席させる。
「紹介、するまでもないが、最近友達になったレイラだ」
俺は、レイラを紹介する際に敢えて敬称を付けなかった。本当に友達ですよ、というのを証明したかったのだ。
「レイラです。皆様、ご機嫌麗しゅう……」
「こ、これはご丁寧に……」
レイラの丁寧なお辞儀と挨拶に、女の子達も堅苦しく返していく。
こんなんじゃ全然ダメだ。
ここは貴族のパーティーでも城でもない。
実力さえあれば、誰もが"平等"に通う事が出来る魔法学園だぞ。
「レイラ、かまととぶるのは辞めなよ。昨日と同じように、『あの伯爵のボンクラがまた誘ってきた! 』みたいな感じで砕けて良いんだぞ?」
「ちょっ、ジェス先輩! みんなの前で止めてくださいよ! 私は、淑女なんですよ!?」
「はいはい。まあ、淑女は自習中にいびきかいて寝落ちしないと思うがな」
「なっ! 嘘ですよね!? いびきなんてかいてませんよね!? どうしよう……お嫁にいけないっっ」
「気にするのはそこじゃねえよ! 自習中に寝るなって言ってんの!」
「だって、勉強すると眠くなる病気なんですもん」
「そんな病気あるか!」
「不治の病ですの。国中の名医に見て貰いましたが、治療不可能だと……シクシク」
「あのな……」
「はい?」
「ふふ」
「ヤバい」
「ぷっ」
最近小慣れたやり取りをレイラと交わしていると、それを見ていた女の子達が吹き出して笑い始めた。
「王女殿下とジェス先輩、面白過ぎです!」
「王女殿下にこんな一面があったとは、驚いてます」
「久しぶりにお腹抱えて笑いました!」
「もう、その王女殿下ってやめてよ! レイラで良いから!」
「そ、それは流石に……ねえ?」
「不敬……じゃありません?」
第三とは言え、一国の王女をいきなり呼び捨てにするのは戸惑われるようだ。だが、一人の女の子は勇気を持って口を開いた。
「レ、レイラちゃん!」
「は、はいっ」
照れつつも嬉しそうに返事を返すレイラ。
その姿は、とても可愛らしかった。
「可愛い……」
「尊いです……」
「ビューティーふぉー……」
そこから彼女達が打ち解けるのに、なんて事はなかった。
楽しそうにお喋りするレイラを見て、心から安心した自分。これが父親の気持ちかと、しんみりした気持ちにもなった。
「さて、俺はそろそろ自分の用事を済ませてくるかな」
「もう行っちゃうんですか!?」
俺が席を立つと不安そうな顔で尋ねて来るレイラ。そんな彼女に、俺は笑顔を見せて答えた。
「ああ、悪いが失礼するよ。それにしても、良い友達が出来たな」
「は、はい……ジェス"君"のお陰です」
先輩から君になったのは、新しく出来た友達の前なら自分を晒しても大丈夫だと判断したのだろう。
「良いなー、私達もジェス君って呼びたいです!」
「みんなはダメです! ジェス君って呼んで良いのは私だけなんですから!」
「「「え~、レイラちゃんだけズルい!」」」
「へへっ」
レイラの何故か誇らしげな笑顔を最後に見て、俺は自分の部屋へ戻る事にした。
そして次の日ーー
「では、進捗の方を教えてくれるかしら?」
「はい。一番の問題だった"魔力暴走"を克服する事が出来ました。安定した中級魔法の行使については、まだ少し時間が掛かりますが期末までには上手くいくと思って頂いて結構です」
「まあ、それは朗報ね! やっぱりジェス君に頼んで正解だったわね。座学の方はどうかしら?」
「そちらも期末までには合格出来るレベルまで持っていって見せます」
「頼りにしてるわよ! じゃあ、次は予定通り?」
「そうですね……」
「何か予定があるのですか?」
学園長と進捗のやり取りをしていると、含みを持った"予定"という言葉が気になったレイラが尋ねてきた。
「レイラの他にも、家庭教師を頼まれた子達が居るんだよ」
「そ、そんなの聞いてないです! じゃあ、今度はその子達と一緒にと言う事ですか?」
「まあ、そうなるな。だが、その前にお試し期間を設ける。レイラと同じように、一週間付ききっりになるから、その間は自習に励んでくれ」
「分かりました……」
不満顔ながら渋々といった様子で納得するレイラだったが、とある条件を付けてきた。
「でも、その前に……ジェス君の一日を私に下さい!」
「それは、遊びに付き合えって事か?」
「そうです! 私、一度で良いから城下町を友達と散策したかったんです!」
「それなら、新しく出来た女友達も連れてくか? 俺は後ろで護衛しててやるし」
「それじゃ意味ないんです! ジェス君と行かないとダメなんです!!」
「……⁇」
なんで俺じゃないとダメなのか分からず、返答に困ってしまったが、良く考えた結果ーー友達と散策=デートがしたいんじゃないかという答えに辿り着いた。
「分かった。それじゃ、準備したら出発しようか」
「え、今からですか!? 今からだと、着くのは夕方前になってしまいます……」
「俺を誰だと思ってるんだ?」
「Sなスケコマシ超天才魔導士?」
「なんか酷くなってないか!? まあ、後半は間違いではないがな」
「うわぁ……そういう所もズルいですよね」
「兎に角、城下町には直ぐに着くから安心しろ。そう……まさに"眠って"いる間にな。へへ」
「そのやらしい笑みが気になりますけど、急いで準備して来ます!」
余程楽しみなのか、慌てて学園長室を出て行くレイラ。それを見送り、俺も自室に戻ろとした時だったーー
「また私を忘れているわね」
「あっ」
「あっ、じゃないわよ! 目の前で青春を見せつけられるこっちの身にもなりなさいよ! あー! 私も青春したかったなー!!」
「所で、アイツの所在は掴めましたか?」
「え、ああ、あいつね……ラドバーン子爵の娘に魔法を教えているみたいよ」
「また懲りずに……分かりました。ラドバーン領はここから三十分ほどですかね」
「"貴方"ならそれぐらいで着くわね」
「分かりました。情報提供、感謝します」
「これも落第ガールを救うためよ。頼んだわよジェス君」
「ご期待に応えられるよう善処します」
深々と頭を下げた俺は、そのやり取りを最後に学園長室を後にした。
「あーっっ! クソイケメンと禁断の恋してぇぇー!!」
青春を置いて来た、悲しき学園長に幸あれーー