03「お茶会」
次の日。
寮の食堂で朝食を食べた後、待ち合わせ場所の空き教室へと向かう。
「あ、もう来てたんだ。おはよう、レイラ」
「おはようございます、ジェス君! これ以上、失礼があってはいけませんから!」
教室には、既にレイラが待機していた。
結構早く来たつもりだったけど、レイラは一体いつから居るんだ?
「いつから来てたの?」
「一番に朝食を食べてダッシュで来ました!」
王女らしからぬ律儀さに感心してしまう。こういう性格の人が政治をしてくれるなら、庶民としては安心なんだけどな。
まあ、第三王女だと継承権も遠いし、政治目的でどこかの国の王族や、偉い公族の戻へ嫁に行ってしまうんだろうけど。
「じゃあ、早速色々聞いても良いかな?」
「は、はい!」
少し緊張気味のレイラ。
「好きな食べ物は?」
「え? あ、えーと……クッキーです!」
先ずは軽いジャブで緊張を解すとするか。
「美味しいよね。じゃあ、学園で好きな場所は?」
「……広場の噴水前です」
「噴水前……理由を聞いても?」
「そ、それは内緒です!」
「そっか、じゃあ……魔力が開花したのはいつ?」
「うる覚えですが、確か七歳の時かと」
まあ、大体一般的な年齢だろう。
という事は、七歳から入学前の十五歳までに、何かしら魔力暴走が起こる原因があったという事か。
「本格的に魔法を覚え始めたのは何歳?」
「十歳の時です。宮廷魔導士の方にご指導頂きました」
「なるほど、基礎は完璧みたいだし、優秀な魔導士だったんだね」
「そう……ですね……」
おや? 宮廷魔導士に言及した途端、レイラの顔が曇ったな。魔力暴走の原因に、少し近づいてきたのかもしれない。
「宮廷魔導士から指導されたのは何年ぐらい?」
「三年ほどですね……」
「その後は独学かい?」
「そうです。基礎の初級魔法をひたすら磨いていました」
独学期間の話になると、曇った顔が少し和らいだので、原因は宮廷魔導士の元で学んだ三年の間にあると見て間違いなさそうだ。
「話してくれてありがとう。レイラからも、俺に聞きたい事はある?」
「良いのですか?」
「ああ、プライベートな事を聞くんだ。俺だけ聞いていたら不公平だしね」
「分かりました!」
そこから、レイラから俺への質問タイムを受け付けた。好きな食べ物や、学園に来るまでどんな生活をしていたのか等、他愛もない質問に答えていく。
最後に好きなタイプを聞かれてドキッとしてしまったが、無事に質問タイムを終える事が出来た。
「そっか……髪が長くて声が綺麗な子が好きなんだ……髪は大丈夫だけど、声はどうなんだろ……希望ありかしら?」
ぶつぶつと独り言を呟くレイラだが、全部聞こえてるんだよね。
レイラって、もしかして俺の事……。
いやいや、今はそんな事を考えてる場合じゃないっっ。本題に戻らないと!
「ゴホンッ! じゃあ、俺から最後に聞いて良いかな?」
わざとらしく咳払いをしてレイラの意識を向けてから、本題に入る。
「は、はい! なんでも聞いて下さい! さ、流石に、スリーサイズは教えられませんが……いえ! ジェス君がどうしても知りたいと言うなら、教えますよ!」
いやいや、誰もそんな事聞かないから……。
「あー、うん。とりあえず落ち着いて?」
「あっ、私、また変な事っっ……」
顔を赤らめ俯いて恥ずかしそうにするレイラ。
その姿に、少しドキッとしたが、気を取り直して本題に入ろう。
「宮廷魔導士と何があったか聞かせてくれるかい?」
「……っ!」
核心をつく質問に、レイラの顔があからさまに曇る。俺も古傷を抉るような事を聞きたくはないが、問題を解決するには重要な事。ここで聞かない訳にはいかない。
「ゆっくりで良い。最初の経緯から、少しずつ話して欲しい」
「……分かりました」
レイラは拳を強く握りつつも、魔力暴走の原因となったトラウマをポツリポツリと語り出した。
「ーーこれで、お話出来る事は全部です」
「ありがとう。辛い思い出を語らせてしまって、すまなかった」
「いえ、こうしてジェス君に聞いて貰って、少しスッキリしたかもしれません」
「そうか……」
無理して笑顔を作るレイラ。女の子にそんな顔をさせてしまった自分に腹が立つ。
「とりあえず原因は分かったし、後は対処方法を考えるだけだ。今日一日考えて、明日の放課後にまた会って話せるかな?」
「勿論です! ジェス君の誘いなら、なにがあっても行きます!」
「あ、そうだ。良かったら、クッキーでも食べながらお茶でもしないかい? 今日は天気も良いし、中庭のテラスも、この時間ならまだ空いてるだろうし」
中庭のテラスが混み出すのは、午後の夕刻前からだ。空いてる時間なら、レイラも気を使わずにお茶を楽しめるだろう。
「逆に良いのですか!? 絶対します! 私、お気に入りのお茶とクッキーがあるので持って来ますね!」
「あ、レイラ!?」
声をかける前に空き教室を飛び出してしまったレイラ。仕方がないので、先に中庭に行って席を抑えておくか。
「お待たせしました!」
中庭のテラスで席を確保して待っていると、トレイにお洒落なティーセットと、皿に乗ったクッキーを持ったレイラがやって来た。
「誘ったのは俺なのに、わざわざ用意してくれてありがとう」
「そんなの全然良いんです! あれ? というか、ここだけ涼しくありませんか?」
「ああ、それはね……」
季節は夏の残暑が残る秋口。
この世界は、前世と同じように四季がある。
当然、残暑はそれなりにキツい。午前中に中庭のテラスが空いているのも、それが理由だったりする。
みんな日が落ち始め、涼しくなってくる夕方前に来るのだ。
午前中の強い日差し。それを表すように、レイラの額が薄っすら汗ばんでいる。
勿論、暑い中お茶など王女様にさせられない。
だから俺は、自分達がいる空間だけに魔法をかけた。
「"スポッティングアイス"っていう魔法でね。局所的に空間を冷やす魔法をかけてあるんだ。後、気兼ねなく話が出来るように、防音の魔法もかけてあるよ」
「わぁぁ……ジェス先輩は本当に凄いなぁぁっ」
「ただ研究が好きなだけだよ。ほら、座って」
「はい、失礼します……あっ!」
対面に座った瞬間、レイラはやってしまった言わんばかりの表情をしていた。
「どうかした?」
「お湯を注いでくるのを忘れていました……今すぐ行ってきます!」
そう言って、慌てて飛び出そうとするレイラの手を掴む。
「まあまあ、兎に角座って」
「えっ、あ、はい……?」
とりあえず座ってくれたレイラだが、お湯を注がなくてどうやってお茶を? と、顔に書いてある。
「お湯なら俺が用意するから、見てて」
「はぁ……」
疑問を口にしたそうなレイラを他所に、俺はティーポットの蓋を開け魔法を唱える。
「アグアビエド!」
なにも無い空間から、湯気を放つ熱湯がティーポットに注がれる。レイラは、それを感心するように唸りながら見ていた。
「よし、後の蒸らしは任せるよ」
「はい! 任されました! それにしても、ジェス君は本当に天才ですね! 見た事がない魔法が、ドンドン出て来ちゃうんですもんっ」
その後は、穏やかな時間をレイラと過ごした。
お互いに色んな質問をして相手の事を少し理解出来たからか、会話はスムーズに出来ていたと思う。
「本当にみんな酷いです! 私が第三王女だからって、全然話しかけてくれないんですもん! 話しかけてくるのは、政略結婚を狙った貴族の男子ばかり! 私は普通の友達が欲しいのにっっ」
「レイラから話しかけてもダメなの?」
「そうなんです! 私が話しかけても、一言二言だけ話したらみんな消えてしまうんですよ!」
「そっか、王女様っていうのも、難儀なものだね。でもさ、友達なら出来たじゃん」
「え……?」
「ほら、目の前に」
ポカンとするレイラに、自分を指して教えてあげた。こんなに、打ち解けて話しているんだから、友達じゃないですなんて言わないよな?
「うっっ」
「う?」
「嬉じいでぇずぅっっ!!」
「な、泣かなくてもっっ」
急に泣き出したレイラに、慌ててハンカチを手渡した。所謂、嬉し泣きというやつか。まぁ、友達だと思ってくれていたようで、一先ず安心した。
「まさかジェス君が最初の友達になってくれるなんて、本当に嬉しいですっっ」
「こちらこそ、レイラと友達になれて嬉しいよ」
「わぁっっ、そんな事言われたら、また泣きそうでぇずっっ!」
「いや、既に泣いてんじゃん……所でさ、俺とレイラって、面と向かってまともに話すのは、昨日が初めてだよな?」
昨日の別れ際に聞いた"やっぱり"というワードが気になっていた俺は、良い機会だと思って聞いてみた。
「は、は、初めてですよ?」
「何故吃る? 何故疑問系なんだ?」
「全然怪しくなんかないですから!」
「いや、怪しいなんて言ってないんだが……」
「と、兎に角! レイラ=ヴァルヘイムとしてジェス君とまともに話したのは、昨日が初めてです!」
「……そっか、それなら良いんだ」
ちょっと、いや大いに引っかかる所はあるが、本人がそう言っているなら引き下がるしかない。
言った言わないの押し問答はくだらないからね。
「お、そろそろお昼か。お茶会はここらでお開きにしてお互いの寮に戻ろうか」
「はい、今日は本当に楽しかったです! また……誘ってくれますか?」
「ぐふっっ……あ、ああ、勿論だよっ」
「やったぁ!」
上目遣いからのキャピキャピ笑顔に結構なダメージを受けた俺は、すごすごと寮へ撤退する事にした。
「ふぅ……とりあえず粗方原因は掴めたし、後はトラウマの対処と、バグった魔法回路の修復方法を考えるか」
寮の食堂で軽くお昼を食べた後、自室に戻った俺は、レイラの魔力暴走の原因と対処を考えるため、ベッドへダイブして思考の波へ浸る事にした。
「魔力暴走の原因となる出来事は、レイラが宮廷魔導士に指導を受け始めてから三年目の事ーー」
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