02「落第ガール」
「先ずは初級魔法からいきましょう」
「分かりました!!」
レイラの問題点を確認するため、実習室へ向かった俺達。実習室は魔法による衝撃を吸収する結界が張られている。
中級までの魔法なら、壁に傷一つつかない。
流石に上級魔法や俺のオリジナル魔法だと傷ついちゃうけどね。
「フラム!」
レイラが魔法名を唱えると、拳大の炎が出現し数秒してから消えていった。それを見てホッとした表情をしたレイラは、次々に水や風の初級魔法を放っていく。
「うん、初級魔法は問題なしですね。基礎が出来ているので、形状や効果も安定しています」
「ありがとうございます!」
ここまでは良い。
問題はこの後だ。
「では……次は火の中級魔法をお願いします。と、その前にーー結界を重ねがけしておきましょう」
安全を考慮し、実習室、レイラ、自分自身に上級魔法も耐えられる結界を張る。
「本当に大丈夫でしょうか……?」
「大丈夫です、安心して任せて下さい。こう見えて、魔法については自信があります」
僕の言葉を聞いて安心したのか、レイラはコクリと頷いた後、精神を集中し始めた。
「……行きます! ミドルフラム!」
大きさで言うと、体より少し小さいぐらいの炎がメラメラ燃え上がる。
中級の火魔法にしたら上出来だ。
やっぱり基礎は良いみたい。
だが、問題はこの後だった。
「はぁ、はぁ……もう、我慢出来ないっっ」
悶え、息が荒くなるレイラは、何かが吹っ切れたような言葉を発した後、火の魔法がドンドン大きく燃え上がっていく。
「魔力を供給し過ぎです! 止めて下さい!」
「止められない……止められないのっっ! あぁ、ダメ……気持ちいいぃぃっっ」
「本人の意思じゃ止められないのか? もしかして、暴走……?」
「もっと、もっと燃え上がりなさぁいっっ!!」
と言うか、人格も攻撃的になっている。
なるほど、そういう事か……。
「アブゾチオン!」
大体の問題点が分かった所で消火の魔法を放つ。
風魔法をベースにした火の消火に特化したオリジナル魔法だ。
原理は簡単。空気から酸素とその他の元素を抜いた風で火を包むだけ。
酸素を燃料として燃える火を、100%の窒素で消火しようとしているのだ。
「もうすぐ消えるか?」
「まだ……まだ負けないっっ!」
拳大まで小さくなった火が再び勢い良く燃え上がる。どうやら、人格が攻撃的になったレイラは負けず嫌いなようだ。
こうなると、どちらの魔力が先に切れるかの我慢比べになる。
「そうか……なら、先生の力を生徒に見せて上げないとな!」
「私は……誰にも負けないっっ!!」
数分、お互いに魔力を供給し続け、ようやく決着の時が来る。
「くっ……私が……負ける……筈ーー」
魔力切れを起こし倒れるレイラ。僕は倒れるレイラが頭を打たないように素早く駆け寄り、その華奢な体を支えた。
「残念だったね、僕と君の魔力差は何倍もある。君と同じ量の魔力供給で調整してるから、僕の負けは絶対なかった」
「……」
レイラからの返答はない。
恐らく意識を失っているのだろう。
通常、魔力切れを起こすと、回復するのに半日はかかる。今はお昼前だから、夕方までは起きない筈だ。
意識のないレイラをおぶり、実習室を後にした。
寮に戻った後は、学園長室に寄り学園長に事の経緯を報告してレイラを任せた。
流石に男子禁制の女子寮の中には入っていけないから、任せてしまった方が得策だ。
「さて、今後の方針を決めなくちゃね……」
自室に戻り、ベッドに転がって思考の波にダイブする。
「学力は教え方を工夫すれば希望はある……」
問題は魔法の実技だ。
期末試験では初級魔法は勿論、中級魔法を一つ以上マスターしなければ合格出来ない。
だが、その中級魔法を放つと人格が変わり暴走を起こす。このままでは、合格点を貰うには絶望的。
この状況を打破するには、人格変化と暴走の原因を突き止めて矯正するしか道はない。そのためには先ず、レイラから直接話を聞かないといけないな。
「夕方になったら教材を渡しにいくか……」
レイラが目を覚ますであろう夕方までは、まだ時間がある。
「先に教材作りでもしとくか」
時間まで机に向かい、レイラの為の教材作りをする事にした。
事前に聞いていた情報と、実技チェックの前に行った学力チェックで得た情報を元に、レイラの苦手な所や思考が止まってしまうポイントを分かりやすく表現していく。
そんな感じでお昼を食べるのも忘れて教材作りに没頭し、気づけば時刻は夕方になっていたーー
「……うわ、もう夕方じゃん」
窓の外は、思わず黄昏たくなる綺麗な夕日が出ていた。
「ひとまずある程度の教材は出来たし、そろそろレイラの所に行ってみるか」
鞄に教材を詰め男子寮を出た。女子寮は学園を挟んで男子寮の反対側に位置する。
学園の広場を通ると、休日という事もあり友人と楽しげに話す学生達がポツポツといた。
「ジェス先輩! 私達とお話しましょうよ!」
「美味しいお菓子もありますよー!」
「ごめん! 今から行く所があるからまた今度ね。誘ってくれてありがとう!」
後輩の女子生徒からお茶会に誘われたが、生憎用事があるので丁寧に断りを入れて広場を後にした。
これでも、女子からの人気はそこそこある。
なんでも、落ち着いた雰囲気が魅力だそうだ。
まあ、それもその筈。
五歳で十七歳の前世の記憶を思い出したんだから、十二年経った今ではアラサーの精神年齢になっているという事。
アラサーにもなって学生のようなノリをしていたら、それこそ気持ち悪い。
そんな事を考えていると、女子寮に到着してしまった。女子寮の入り口脇に建っている寮母の待機所をノックすると、中から肝の座った返事が返ってきた。
「はいよー!」
中から出てきた大柄の老婆は、寮母のマザー・グレースさんだ。グレースさんは学園の寮母になってから勤続四十年の大ベテラン。
その体格は伊達ではなく、男子生徒達の喧嘩を嗅ぎつけると、悠々とやって来て喧嘩中の男子達をしばいて説教を始める豪傑ぶり。
学園内で逆らってはいけないNo. 1の人物だ。
「お久しぶりです。マザー・グレース」
「おやおや、ジェス君じゃないの。どうしたのかしら? 女子生徒に何か用事かい?」
「ええ、そうなんです。一学年のレイラ=ヴァルヘイムさんに用事がありまして」
「ほお、王女様に用事ねぇ。もしかして……」
用事と聞き、下卑た笑を見せるグレースさん。きっと、告白かなんかと勘違いしているんだろう。
「実は、レイラ王女の家庭教師をする事になりまして。今日は自習用の教材を渡しに来たんです」
「なんだ、そうかい。少し待ってな、今呼んであげるよ」
思った用事と違ったのか、少し面白くなさそうな表情に変わったグレースさんは、女子寮に向かってそれはそれは大きな声を張り上げた。
「一学年レイラ=ヴァルヘイムッッ!! 二学年のジェスがお呼びだよ!! とっとと出て来なぁぁっっ!!」
もの凄い声量で思わず耳を塞いでしまった。
王女相手にも堂々とした物言い。
なんでも、グレースさんには国王も頭が上がらないという噂もある。国王もこの学園の卒業生だし、もしかしたらその時に散々しばかれたのかもしれない……。
「お、お待たせしましたぁぁっっ!」
グレースさんが呼んでから少し経って、焦った足音と共にレイラが飛んできた。
「いや、全然待ってないから大丈夫ですよ」
少し落ち着かせようとレイラへ言葉をかけるが、そんな言葉は聞いていなかったかのように、綺麗なダイビング土下座をかましてきた。
「今日は申し訳ありませんでしたぁぁっっ!!」
「ちょ、土下座なんてやめて下さい! 王女様にそんな事させたと知られたら、俺の首が飛びます!」
なんとか土下座をやめさせると、今度は綺麗な九十度お辞儀で謝罪を続けるレイラ。
「か、重ね重ね申し訳ありませんっっ……」
「全然気にしていませんから、頭を上げて下さい。それより、レイラ様にお渡ししたい物があって来たんです」
「渡したい物?」
「ええ、自習用の教材を作って来たので、寮で自習する時に使って下さい。それと、何か質問があった時ように、通信石を渡しておきますね」
「ありがとうございます! もしかして、私が気絶している間に?」
「まあ……一応、レイラ様が分かりづらい所を重点的に纏めたつもりですが、至らぬ点があったら直ぐに作り直します」
「凄い……こんな短時間に」
手渡した教材をパラパラ捲り驚愕の声を漏らすレイラ。
「少し見ただけですが、凄く分かりやすいです! これなら、私でも頭に入りそう! それに、貴重な通信石まで……あっ、という事は、私の家庭教師を続けてくれるという事ですか!?」
「ええ、そのつもりです。レイラ様が良ければですが……」
「わ、私が断るなんてあり得ません! あんな事をしておいて、続けてくれるだけありがたいです! でも……"あれ"は、なんとかなるのでしょうか?」
「そうですね……」
"あれ"とは、恐らく魔力暴走の事だろう。
不安気な表情を見せるレイラに、少しでも不安を取り除くため、俺はなるべく落ち着いた声で返答する事にした。
「絶対、とは言い切れませんが、その原因を解明して改善する努力は惜しまないつもりです。ですので、原因を探るため、レイラ様に色々深い所まで聞く必要があります。もしかしたら、トラウマを抉る事になるかもしれません。その覚悟はありますか?」
俺の言葉を黙って聞いていたレイラは、少し間を空けた後、覚悟を決めた表情で返事を返してきた。
「あります! どうか、よろしくお願いします!」
「分かりました。では、今日はゆっくり休んで下さい。明日の朝食後、お話を聞くため今日借りた空き教室で待っています」
「はい! 必ず伺います!」
「では……改めてよろしくね。レイラ」
「うっ……よろしくお願いします。ジェス君っ」
「うっ……」
レイラと改めて握手を交わしたが、やっぱりこの呼び合いは恥ずかしい……。
「なんだ、やっぱりそっちじゃないの。うんうん、青春は良いもんだね……」
俺達のやり取りを見ていた寮母のグレースさんが、満足気に呟いていた。
それを聞いて、俺は更に恥ずかしさが込み上げて来る。精神はアラサーだが、恋愛経験皆無だけに、そっちの反応はまるで学生だ。
「じゃ、じゃあ、明日またお会いしましょう!」
「そ、そうですね! また明日会いたいです!」
「え……?」
「あ、いえっ! 今のは、そ、そういう意味ではなくっっ! いや、全く違う訳でもないのですが! はっ! わ、私、何言ってるんだろっっ」
「で、では、また明日!」
「はい! また明日!」
お互いに顔を真っ赤にした俺達は、グレースさんの高笑いと共に焦ったように別れた。
「"やっぱり"ジェス先輩はカッコいいな……」
別れ際に、そんな言葉が背中越しから微かに聞こえてきた。綺麗な女性からそんな事を言われれば、素直に嬉しくなる。
だけど、なんか引っかかるな。
やっぱり? まるで過去にそう思った事があるような言い回しだ。
まあ、引っかかる言葉があったにしろ、いくら考えても無駄だと判断した俺は、大人しく寮へ帰える事にした。