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【完結】雪女と炎王子の恋愛攻防戦  作者: 雪村
9章 歯車を止める氷
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46話 雪女様、当たってます

ヒートヘイズとアイシクルの国境に来ると明るさが段違いになる。まだ夜明け前だというのにフェニックスがヒートヘイズの太陽となっていた。



「良かった!逃げてなかった!」



途中で置いて行ってしまった馬は大人しく僕を待っててくれたようでヒートヘイズ領の草を食べている。この馬に乗れば早く目的地に辿り着くことが出来るだろう。



「雪女様!早速馬に…」


「………」


「雪女様?どうかしましたか?」



僕は手を繋ぎながら馬の方に行こうとするけど、途中で雪女様の足が止まる。そんな雪女様の目線の先にはヒートヘイズの簡易砦があった。


今も戦いは続いていて、青白い光が微かに見えている。



「やはり先にあちらへ向かいますか?」


「いいえ。私が行ってもどうにもなりません。ダイヤの元へ行きます。ただ…」


「ただ?」


「ダイヤの所に行っている間、ヒートヘイズ側の人間はアイシクルの攻撃に耐えれますか…?」


「勿論。ヒートヘイズの騎士達は勇敢な者ばかりです。それに今はフェニックスと焔の神が守ってくれています。安心して任せてあげてください」


「……はい。行きましょう」



雪女様は僕の手を強く握って頷く。今度は僕が手を引っ張る番だ。馬に近づいた僕は鞍を外して2人で乗れるようにする。


危ないけれども僕が雪女様を支えていれば問題ない。一旦手を離して僕が馬に乗り込み、再び雪女様に手を伸ばす。



「手を取ってください」


「はい」



雪女様の軽い体を持ち上げるようにして、僕の前に乗せると後ろから抱きしめるような体勢になった。



「今は許してください。飛ばしますので馬に捕まってて。もし危なくなったらすぐに言ってくださいね」


「わかりました。この体勢については黙っておきます」



片手で手綱を握り馬を走らせればヒートヘイズ領に僕と雪女様が駆けていく。もう片方の手は雪女様の平べったいお腹に回して落ちないように支えた。



「こんな時に言うのもなんですが」


「はい?」


「ちゃんと食べてますか?痩せすぎかと」


「本当に意味のない質問ですね。雪の女神は空気と氷さえあれば生きていけます」


「ということは父上の場合空気と炎か……。では雪女様が人間に戻ったらヒートヘイズ名物の篝火クレープを全種類ご馳走します。僕はふくよかになっても構いませんので」


「やめてください」



でも心配になってしまうくらい細いのだ。雪の女神も焔の神もだが、後継者が出てくるまで死ぬことは出来ない。だから食という概念が無くても長く生きれる。


それでも壊れてしまいそうな雪女様の体を見ていると何かを食べさせなければというので頭が埋め尽くされそうだった。



「イグニ、あれを!」


「あれは…」



すると突然雪女様が大きな声を出す。視界に映っているものを僕にも共有するために雪女様は指を差してくれた。そして僕の視界にも驚きの光景が映ってしまう。



「ダイヤ…?」



雪女様が呟いた名を持つ者の仕業だろうか。フレイヤ達が戦っていた場所には大きな氷が聳え立っていた。それは今も生きたように周りを氷で侵食していく。



「雪女様、この先に進むのは危険です。巻き込まれます」


「ならば私1人でも行きます」


「ダメです!貴方が行くのであれば僕も行きます!」


「しかし、イグニの体が…」



僕は馬を止めて改めて自分の体を確認する。火傷を負った皮膚と血が出た背中は雪女様の氷が張られていて、触覚が機能しないほどに麻痺している。


今更だけど自分の体がボロボロなのを理解した。雪女様と一緒に行っても足手纏いになる確率が高い。それでもここで食い下がるのは男として、新国王として情けないことだ。



「行きます。雪女様となら地獄だって行けますから」


「私は地獄に行くつもりはありません」


「ハハッ!では一緒に天国にでも行きましょう!」


「何で死ぬ前提なんですか!?変な考えはやめなさい!」


「そうですね!ではこれを」


「わっ」



僕は腰に巻いていたマントを雪女様に被せる。ビリビリに破かれているけど、血は付いてないからセーフだろう。下の方でマントの端と端を結べばフードのようになった。



「どこで誰が雪女様を見ているかわかりませんからね」


「ならもっと早くやりなさい。……でも、ありがとうございます」


「お似合いですよ」



僕と雪女様は馬から降りて聳え立つ氷を目指す。お利口すぎる馬は見送るように鼻を鳴らしていた。



「そういえば解決しなければならないことに焔の神について言っていましたよね?それはどう言うことですか?」


「あくまで予想ですが…。イグニはあのフェニックスを見て何も思わないのですか?」


「えっと、かっこいいとか?」


「違います!あれほどかき集めた熱と炎と何処に放出するかです!」


「なるほど…!でも時々炎を天に吐き出しています。そのおかげでアイスマンは溶けたのですが」



雪女様と早歩きで向かっている途中、ふと気になったことを問いかけてみる。今は手を繋いでないので何だか片手が寂しかった。


僕の問いに雪女様は火山にあるフェニックスを見上げながら厳しそうに唇を強く閉じる。それが何を意味しているのかはまだ僕はわからなかった。



「ヒートヘイズ領に入ってから2回ほど炎を吐き出すのを見ました。あれは凄まじいほどに火力があります。しかし火力があるからこそ、1回の炎の息が少ない」


「確かに」


「それに今はアイスマンが無数に居る空間です。フェニックスの炎、アイスマンの存在がヒートヘイズ領の気温を一定に保っています」


「じゃあ女王を説得したとして、アイスマンが居なくなったらヒートヘイズは…」


「フェニックスの熱で丸焦げでしょうね」



雪女様の仮説は現実的で本当に起こってしまうかもしれない。丸焦げになるヒートヘイズを想像するとゾワっとする。


となるとまずは父上を止めなければならないのか?でもアイシクルの侵略にも手をつけなければ騎士達の命が危ない。解決策が思い浮かばない僕の腕からは水が垂れた。



「イグニ。あまり感情的にならないように。氷が溶けてしまいます」


「あ、はい。すみません…」



僕は自然と力を入れていたみたいで若干氷が溶けたようだ。雪女様は僕の腕に触れて新しく氷を付けてくれる。この火傷は残ってしまうだろうな。


でも誰かを助けるために得た傷は誇りだ。僕は手を握りしめて自分を肯定する。すると隣で雪女様がため息をついた。



「だから力を入れないでください!」


「す、すみません!つい!」


「ああ!もう!」



雪女様は怒ったように僕の腕に近づいて自分の腕を絡める。手を繋ぐ時よりもピッタリとなった僕達の距離は今までで1番近くなった。



「雪女様…?」


「私も徐々に力がコントロール出来なくなってるんです。これなら直接冷気を当てられます。迷惑かけないでください」


「あ、あ、あた…」


「イグニ?」



きっと雪女様は勢いで腕を組んだ。そう、何も考えなかったのだ。だから柔らかい感触が僕の腕に当たる。



「あた、たかい、です」


「は?」



当たっているなんて言ったら離れてしまうのは目に見えた。それが嫌な僕は誤魔化すように直前で言葉を変える。雪女様は僕がおかしくなったと思ったのだろう。平常に戻るように冷気をより強くした。


結局、胸が当たっていることを僕は言わなかったので雪女様は気付かずに歩き続ける。バレたら氷漬けだ。


僕は幸せに浸りながらもバレた時のことを考えて肝を冷やしながら歩いて行ったのだった。僕は、元王子であり新国王。そして紛れもなく男だ。

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