45話 失われつつある力
雪女様が氷の塔から姿を現した。それを雪達が発見すると嬉しそうに落ちてくる。
仰向けで倒れ込んだ僕の隣に来る雪女様は鋭くグレイシャー公を睨みつけた。その表情も美しい。
「ダイヤは何処ですか?」
「いけませんよフロス様。出てきては困ります」
「貴方達が困るから出てきたのです。ということはもう始まっているのですね?」
「最悪な邪魔が入ったものです…」
グレイシャー公は僕とは違って敬意を示すような態度を取る。たぶん形だけだと思うけど。
「あの子が何故戦争に執着しているのかはわかっています。だから姉としてその歪んだ考えを直さなければならないのです」
「その歪みのきっかけとなったのは……フロス様ですが?」
「それも自覚しています。歪みを直し、謝るためにダイヤの所に行きます。グレイシャー公。退きなさい」
雪女様は強く冷たくグレイシャー公に言い放つ。少しだけ肩が揺れたグレイシャー公だが、ため息をつくと氷の剣を雪女様に向けてきた。
僕は雪女様を守らなければと立ちあがろうとする。しかし体は思うように動いてくれず、それに気付いた雪女様は手をこちらに向けて静止した。
「寝てなさい。それでも動こうとするなら雪の中に埋めますよ」
「わ、わかりました。雪女様」
「だから雪の女神フロスです」
呆れたような声だけど、雪女様は安心したように微笑む。するとグレイシャー公は氷花の液体が入った試験管を取り出すと口に近づけた。
「2度の失敗はありません」
それを阻止するように雪女様が手をかざしてグレイシャー公の両腕を凍らせる。氷花の液体は雪の地面に落ちて溢れた。
すぐさま雪女様は体全体を凍らせるように力を操れば、グレイシャー公は呆気なく行動不能になってしまう。これが神と人間の違い。改めて神は凄いのだと見せつけられた気がした。
「凄い…」
「雪の女神なので。それよりも無事ですか?」
「無事です」
「嘘をつかないでください。雪に血が広がっています」
雪女様はしゃがみ込むと僕の手を取り力を込める。すると傷口の部分に氷を張らせて止血をしてくれた。
その手を掴んだまま僕を立ち上がらせると今度はむすっとした表情になる。冷たくなったり、腑に落ちなくなったりと顔がコロコロ変わって本当に可愛い。
「どうしましたか?」
「いえ。貴方に借りを作ってしまったと思ったら悔しくて」
「借り?」
「私は妹のダイヤ……アイシクルの女王とそこで氷漬けになっているグレイシャー公の悪事で氷の塊に閉ざされました。雪の女神だというのに中からは出ることが出来ず、意識が戻っても途方に暮れていたんです。きっと氷花の力なのでしょう」
「凄まじいものを作ったのですね…」
「でもイグニの炎が氷の塔の内部まで伝わって私を閉ざしていた氷も溶けてくれたのです。おかげさまで氷の塔も半分ほど溶け始めていますが」
僕は雪女様に手を掴まれながら後ろにある氷の塔を見る。確かに部分的に溶けていた。最後に出したあの火力がそれくらい高かったのだろう。
「すみません。雪女様と将来僕が住む家を溶かしてしまうなんて…」
「なんか変な単語も聞こえましたが無視しておきます。それで?現状を教えてください。今、アイシクルとヒートヘイズはどうなっているのですか?」
急かすように聞いてくる雪女様に僕が知っている全てを教えた。この人は僕達の味方になってくれる。隠す必要もないだろう。
ヒートヘイズの火山で羽ばたくフェニックスのこと。女王達がアイスマンと共に侵略してきたこと。ついでに僕がここに来た理由も伝えれば難しい顔をしながらも繋いでいる手に力を入れてくれた。
「まず、解決しなければならないのが2つ。1つは我々アイシクルの攻撃を止めること。しかしこれは私の声では止まることは無いでしょう」
「何故ですか?」
「きっとダイヤの指示しかあの者達は聞きません。ダイヤは私を部外者だと内部に広めているはずです」
「女王と戦った時、雪女様は敵国であるヒートヘイズに慈愛を寄せるようになったと僕に言い放っていました」
「はぁ…。私が自国を見捨てるなんてことは絶対に無いのにあの子は…」
頭が痛そうに雪女様は眉間に皺を寄せる。可愛い。
「雪の女神の最大の力を使えばギリギリ氷花の力に勝てるはず。氷花の効果が予想よりも強いことがわかったので本当にギリギリですが」
「しかし雪女様が強制的に押さえようとすれば、アイシクルの王族達が暴れ出すかもしれません」
「そうです。あの人達にとって私は部外者であり敵。だからこそ氷の塊に入れたのでしょう」
「あともう1つの解決しなければならないこととは?」
「それはイグニの父、焔の神のことです」
「父上のこと?」
「……しかしまだ私はフェニックスを見ていない。とりあえずヒートヘイズ領に向かいます」
「雪女様!?貴方がヒートヘイズ領に行ったら体が…!」
雪の女神になった者は寒さに強くなる代わりに熱にはとても弱くなってしまう。例え火傷する気温でなくても、雪女様の体では今のヒートヘイズは危険だった。
しかし僕の心配に対して首を横に振る雪女様は早く行くぞと言わんばかりに手を引っ張る。
「これはイグニにとって朗報かもしれませんが」
「え?」
「イグニの炎が体を伝ってから感覚がおかしいです」
「え!?」
「不思議と人間だった頃に戻りつつあります」
「えっ…」
「もしかしたら対となるヒートヘイズ王族の熱を体に伝わせたことによって、雪の女神の力が失いつつあるのかもしれません」
「え」
「貴方は“え”しか言えないんですか!?もう少し喜んだらどうです!?」
「よ、喜ぶ?」
「だって私が人間に戻れば寿命だって……何でもありません」
雪女様が雪女ではなくなる可能性がある。雪女でないのなら気温が高い所=ヒートヘイズにも行ける。雪女じゃなくなるのであれば寿命の縛りがない=僕と同じ人間になる。ということは……
「この戦争後、求婚を申し込みます」
「今は黙りなさい」
「雪女様」
「黙りなさい」
歩く速度が速くなる雪女様。しかしそれは照れ隠しなのがバレバレだった。
手を繋いでいるので僕の足も速く動かさなくてはならないけど、とにかくそれが嬉しい。振り払われることのない手は冷たい2人の体温が合わさり暖かくなってきた。
僕の体には止血のための氷が付いている。それ全てが雪女様からのプレゼントだと胸を張って言えるだろう。でもきっと呆れられるから言わない。
僕はヒダカやヒメナ、フレイヤや女王のことも頭からすっかり抜けてしまうくらいに雪女様のことしか考えられなかった。




