32話 新国王と焔の神誕生
地震のような振動が地下で起こり出す。父上が手にかける大扉が徐々に開いていった。
3人が入れるくらいに扉を開けると父上は炎の力を収める。祠の中からは光が漏れ出していた。
「中は明るい。この上はちょうど火山になっているからな。しかし祠の力によって気温は変わらないから安心してくれ」
僕達はついに炎の祠の中に足を入れた。確かに外と気温は変わらない。雪女様が居る氷の塔は周囲でさえ冷たいのに不思議だ。
祠の中は入ってすぐの広間に玉座のような椅子がある。そこに焔の神が座っていたのだと直感的にわかった。
「イグニ、フレイヤ」
「「はい」」
「残念だがアイシクルとの戦争は避けられない」
父上は少し埃が被った椅子の背もたれを撫でながら僕達を見ずに呟いた。
その様子にフレイヤは悔しそうに力強く自分の手を握る。僕は居ても立っても居られず、父上に近づいた。
「国王である貴方が何を言っているんですか?」
「これは運命であり定めだ」
「そんなの信じません。これが運命であるなら変えることだって可能です。戦争なんてさせない」
「イグニ王子……」
静かに怒りの炎を燃え上がらせる僕はフレイヤも止められないほどに熱くなっていたらしい。怒りという感情が王族の力を発動させてじわじわと手から湯気が出てくる。
「何故戦争というものがあるかわかるか?」
「知りたくもありません」
「人間は言葉で征服出来ないからだ。完全に沈め、押さえつけるには力しかない。人間が痛みを怖がるのは自分自身を支配されるのに恐怖を持つから。そういうことだ」
「アイシクルの侵略を力で止めたいという気持ちはわかりました。しかし、それでどれだけの命が失われるか想像出来ますか?ヒートヘイズの騎士の命、そして民の命…。それを守るのが国王の役目です」
「そうだ。だからこそこの祠だ」
「父上…?」
椅子を撫でていた父上は僕達の方を振り向くと、腰を下ろす。その姿はヒートヘイズの城にある玉座の間で座る父上そのものだった。
「焔の神は国王も越える炎の力を手に入れられる。そして、炎を何処でも自由自在に操れるのだ」
「国王様、まさか…!」
「今から儂は焔の神としてここに君臨する。戦うのは儂1人で十分だ」
すると父上は懐からナイフを取り出して自分の腕を切り付ける。そこから流れ出た血を椅子に付けるように擦り込んだ。
次の瞬間、炎の祠内の温度が上昇する。白い石を使った壁はたちまちに赤く染まりマグマのような色になった。
「フレイヤ!火傷する前にここから出ろ!」
「イグニ王子は…!」
「早く外に出てくれ!!」
「……はい」
このままでは普通の人間であるフレイヤは火傷してしまう。それくらいに熱くなってしまったのだ。
きっと炎の祠が父上を新しい焔の神として認識したのだろう。フレイヤは心配そうな表情をしながら走って階段を駆け上がっていく。
「まだ祠の炎の制御が難しい。イグニ、お前も燃えるぞ」
「穏便に済ます方法は無かったのですか?」
「無かったから我が身を神に変えた」
「………」
「最後に1つ父から命令だ。これでお前はもうヒートヘイズの国王になった。儂はもうこの炎の祠から出ることは出来ないだろう。直接ヒートヘイズの民を見ることは出来ぬが儂は国王であるお前と手を取り合い平和へと導くことを誓う。だから、イグニ。お前も誓ってくれ」
祠の床にも火が走り出す。僕は考える暇もなく勝手に国王にされて勝手に父上と離れさせられた。ならば僕から何か言ってやっても許される。
僕は父上を睨みつけるように顔を見るが……焔の神となった父上が僕を見る顔は、とても優しく温厚な顔付きだった。
最後までこの人は僕よりも民を優先した。それは神となったこれからもそうなんだろう。
でも今は僕だけを考え、見てくれている。それが伝わるような顔だった。
「ヒートヘイズの新国王イグニの名において。焔の神と誓いを結びます」
「行け」
僕は走ることもなく、父上に息子の背中を見せるように炎の祠から出ていく。そうすれば重い大扉がゆっくりと閉まっていった。
「イグニ」
「父上?」
「この戦争が終わったら……好きな人と結ばれなさい。儂がそうしたみたいに」
「っ!」
大扉は完全に閉まって中の様子が伺えなくなってしまう。僕は俯いて自然と溢れる涙を地面に落としていた。
「……行こう」
涙を全て振り払うように拭って僕は階段を登っていく。フレイヤは階段の前で片膝を着いて僕を待っていた。
「フレイヤ…」
「私はまだ騎士団長の身です。イグニ国王様。ご命令を」
やはり聞こえていたんだな。もしかしたら大扉が閉まる前の言葉も聞こえていたのかもしれない。それでも僕は跪くフレイヤとその言葉で心を決めた。
「せめてもの悪あがきだ。ヒートヘイズに帰ったらアイシクル領との国境付近で簡易的な砦と罠を作る。後は父上の言葉を信じよう」
「かしこまりました」
ヒートヘイズ新国王になった僕は、騎士団長のフレイヤと共に炎の祠から離れていく。付近に火山や灼熱の洞窟があるとはいえ、来た時よりもここ一帯は気温が上がっていた。
そんな真っ直ぐ先を見る僕達とは逆にアイシクルの冷たい手が段々とヒートヘイズに迫っていることはまだ誰も知らなかった。




