3話 許嫁の女騎士
次の日の天気は晴れだった。その前にヒートヘイズに雨という天気は無い。
晴れか曇りの2択だ。だから作物は育ちにくいという欠点があるけど……それについてはまた今度頭を悩まそう。
「イグニ王子。今回は茶会に足を運んでいただきありがとうございます」
「こちらこそ。フレイヤ」
あらかじめ用意していたセリフの手札を言葉にして茶会の会場である中庭にヒダカと共に足を運ぶ。
ちなみにヒメナは別の業務をやっているらしい。こういうお堅い場面ではあいつの性格的にあまり向いてないからヒダカに任せっきりだ。
「座ってくれ。気楽に行こう」
「はい」
フレイヤは一礼すると椅子に座って背筋を伸ばす。
普段は炎の国ヒートヘイズの騎士団を率いる者だが、婚約者との茶会となればドレスに身を包んで女性らしく振る舞う。僕が知っている気高き女騎士のフレイヤとは別人だ。
「さて、最近の騎士団はどうだい?」
「幸いなことに大きな事件もなく騎士達は訓練に明け暮れています」
「それなら良かった。騎士団のことで何かあれば遠慮なく言ってくれ。出来るだけ叶えよう」
「勿体無いお言葉です」
メイドが注いでくれた紅茶を飲みながら何気ない話を繰り返す。とてつもなくつまらない。
こんなことするなら極寒の氷の塔で雪女様と話していた方がよっぽど楽しかった。
「そういえばイグニ王子の訓練の方は進んでますか?」
「あ、ああ。まぁボチボチな」
むせ返りそうになるのを耐えて続けて紅茶を飲み込む。フレイヤが言う訓練とは、僕が氷の塔に出向く時の言い訳だった。
それはヒートヘイズの王族に宿る力、炎を操る訓練をアイシクル領の境目近くで色々やっているというもの。
勿論そんなのしたことないし、進展なんて全くない。ヒダカとヒメナしかそんな真実を知らなかった。
「年々、王族の力が薄れてきていると聞いています」
「そうだな。他人と血が混ざり合って次の子が産まれるのだから当たり前だ。でもヒートヘイズ王族である以上はこれを維持しなければならない」
「私の方もお手伝い出来ることがあれば何なりと」
「頼もしい限りだよ」
フレイヤは無表情で謙遜した後、ティーカップをソーサーの上に置く。その仕草は女騎士のようには見えないくらいに洗礼されていた。
「私からお聞きしたいことがあります」
「何だ?」
「この婚約については王族の間でどれくらい話が進まれているのでしょうか?」
やっぱりその質問が来るよな…。チラッと横を見るとヒダカが口元を動かさずに目を少しだけ細める。わかってるよ。練習通りに言えば良いんだろ?
「今の所、ゆったりではあるが前向きには進んでいるようだ。フレイヤはまだ騎士団長の引き継ぎをしていないのだろう?でも時間は沢山ある。今すぐに騎士団長の座を降りなくても構わない」
「かしこまりました」
フレイヤは頭を軽く下げる。そして顔を上げればやはり無表情。女騎士だからなのか、元々表情を出すのが苦手なのか。
それとも、この婚約をつまらないと思っているのか。3つ目の予想に期待を少しだけ持ってしまうな。
「…………」
「…………」
ついに会話が途切れてしまった。僕の話題手札も尽きている。チラッとヒダカを見れば呆れたような目をしながらも僕に近づいて頭を下げた。
「失礼します。イグニ様、次のご予定の時間が迫っておられます」
「わかった。フレイヤすまない。僕はここで席を立たせてもらう」
「これからご予定があったのですね」
「急遽入ってしまったのだ。公務の1つなので断ることが出来なかった」
「私のことは気になさらなくて結構です。わざわざ足を運んでいただきありがとうございました」
「良い時間だった。こちらこそありがとう」
「イグニ王子に火のご加護がありますよう」
やっと肩の力が抜けれる。僕は席を立ってヒダカと共に中庭を去れば後ろでメイド達が動き始めた。
フレイヤが開いたお茶会だけど、僕の許嫁ということもあって片付けはメイドがやってくれるらしい。城の中ではもう既に僕とフレイヤの関係は広まっていた。
「ヒダカ。まだ流石に民に情報は回ってないだろ?」
「今の所は確認されていません」
「なら良いんだ」
「そういう話は自室に戻ってからされてください」
「………」
確かにまだ城の廊下では誰かが聞いている可能性が高い。あまりフレイヤの件を口にするのはやめておこう。そう考えるとヒダカの方が僕よりも警戒心が強かった。
「ヒメナは終わったかな?」
「どうでしょう」
「終わったなら明日のことについて話し合おう。勿論僕の自室で」
「……かしこまりました」
「お前今嫌そうな顔しただろ?したよな?」
「してませんよ」
「ふーん」
怪しいけど気にしないでおこう。今から自室に戻ってヒダカとヒメナに雪女様の相談会を開くのだから。
フレイヤとのお茶会よりも足取りが軽くなる。そんな僕を後ろから見るヒダカは頭が痛そうにこめかみを押さえた。