26話 やっと会えた
「イグニ、イグニ」
「う…ん」
「そろそろ起きてください。足が痺れてきました」
「ヒダカ……後5分だけ…」
「1秒で起きなさい。それにヒダカ?ではありません」
「ヒメナ…騒がないでくれ…」
「騒いでません。それにヒメナ?ではありません」
優しい声だけど言葉は何だか厳しい。先程よりも思考は落ち着いてきたけど頭がボーッとするのは治らなかった。
でもそんな頭の下はとても柔らかい。すると上の方からため息らしきものが聞こえたと思えば僕の額に痛みが走った。
「イテッ!」
「デコピンですから」
咄嗟に目を開ければ誰かが僕を見下ろしている。記憶の中にあった破片とその人の顔が一致した。
「雪、女様…?」
「フロスです。起きたならここから退いてください」
僕は少しだけ首を動かすと横たわっていたことがわかる。周りを見れば氷で形成された壁。そして頭の下は太もも。
「す、すみません!!僕はなんということを!」
僕はいつの間にか雪女様の膝で寝ていたようだった。慌てて起き上がるとその勢いで冷たい床に落ちてしまう。
しかしその痛みは目の前にある雪女様の綺麗な足で消された。どうやらここは氷の塔の内部。そして雪女様の自室らしい。
僕はベッドに座った雪女様の膝の上で意識を取り戻して、現在床に頬っぺたを付けている。
「貴方は2時間もの間氷の塔の前で立っていたのです。夜は極寒になるこの場所で2時間居るの神経までバカなのですか?私が倒れた貴方を保護しなければ確実に死んでいました」
雪女様はベッドに座りながら淡々と教えてくれる。僕は2時間もあの場所に居たのか。立ち上がった僕は雪女様に感謝を込めたお辞儀をする。
「助けていただきありがとうございます」
「ええ。では帰ってください」
「それは出来ません!」
「はぁ!?」
僕が頭を上げると嫌そうな顔をしながらも驚く雪女様が目の前にいる。出ている肌はどこまでも白く、余計な肉がない。
そしてクールな顔立ちなのに表情を見せてくれるのはまたフレイヤと違う性格なのだとわかる。僕は久しぶりに見た雪女様の姿に見惚れてしまった。
「イグニ?」
「………」
「立ったまま気絶したんですか?」
「……本当にお綺麗です」
「なっ…!?」
雪女様はじわじわと顔を赤らめてくれる。肌が白いから余計に赤く感じた。僕は膝を着いて雪女様の片手を取る。正反対な体温は僕にしては冷たくて、雪女様にしては熱いのだろう。
「今日、ここに来たのはただお話しするだけではありません。僕と一緒にオーロラを見ませんか?」
「…そのために2時間も突っ立ってたのですか?」
「はい。以前送った手紙で約束しましたから」
「私は約束なんてしてません」
「それでも僕は雪女様なら来てくれると信じていました」
僕達の手は繋がれたままだ。一方的に僕が手を取っているだけだけど、雪女様は振り払うことなく迷った様子で手を取られている。普段は熱い指先の体温は雪女様の体温と交わって普通の体温になっていた。
「実際、私は貴方の元に行きませんでした」
「でもこうやって助けてくれて僕の目の前に居ます」
「氷の塔で死なれるのが嫌だからです」
「理由は何であれ僕達は約束を守れましたよ」
「だから約束なんて……」
呆れたように雪女様は顔を歪める。そんな表情さえも綺麗で愛おしかった。
「雪女様、好きです」
「帰りなさい」
「夜明け前には帰ります」
「今すぐに帰りなさい。ヒートヘイズの王子が夜な夜なアイシクルの領に出向いたなんて大問題ですよ」
「承知の上です。でもこれが最初で最後なので」
僕の体は氷の塔の中に居ても凍えることはなかった。むしろ熱くもなく冷たくもない室温で居心地が良い。
雪女様の手が次第に暖かくなるのを感じて僕の体温で染まってくれることが何よりも嬉しかった。するとため息をついた雪女様は僕に手を取られながら立ち上がって、片方の手を天井へと掲げる。
「雪女様?」
「今日だけです」
氷の天井はパリパリと音を立てるとあっという間に消えていく。その上にはアイシクルの夜空が見えた。
「立ちなさい。その態勢ではちゃんと見ることが出来ません」
「は、はい」
「あの緑色と青色の光がオーロラです。アイシクルでは毎晩見れる景色なので特に感動はありませんが」
「凄い…あれがオーロラ」
「来る途中に見なかったのですか?」
「雪女様と見たかったので一切見上げませんでした」
僕の瞳にはオーロラが映り込む。本当に光の布みたいだ。これが自然から発生する現象だと信じられない。
誰かが光でも操作しているのではないのかと疑ってしまう。しかしただ1つわかること。それは好きな人と見る幻想的な風景は僕に凄まじい感動を与えることだった。
「不思議です。心が和む気がします」
「そうですか」
「それにしても雪女様は氷の塔の天井を開けることが出来るのですね」
「雪の女神なので当たり前です」
僕は今、雪女様とオーロラを同時に見ることが出来ている。こんな幸せなことがあって良いのだろうか。掴んでいる綺麗な手は握り返されないけど、振り払われることもなかった。




