2話 2人の幼馴染従者
炎の国ヒートヘイズは氷の国アイシクルと隣同士だ。しかし仲が良いとは言えない。正反対の能力を授かったが故に、親交は浅かった。
「けれども僕は諦めない!この手が雪女様の手と重なる日は近いだろう!」
「イグニ様っ、急に動かないでください!」
「ヒダカ。僕達は国のために愛し合うのではない。そう、ただ人としての愛なのだ!」
「何を言っておられるのかさっぱりです…」
「降ろすぞ」
「申し訳ございません」
僕はヒダカを背負い直して向こうに見えるヒートヘイズの城下町を目指す。その奥にある建物こそが我が根城だ。
「しかし民達はこの逢瀬を許さないだろう。まだ僕が氷の塔に行っているという真実は広めてはならないぞ」
「承知しています、イグニ様。国王様もそのことは存じ上げていません。ワタクシと妹のヒメナ、そしてイグニ様の秘密です」
「よろしい」
僕には2人の幼馴染がいる。今背負っているヒダカ。そしてヒダカの妹のヒメナだ。
その兄妹は僕の専属従者として現在は動いてくれている。だから頻繁に雪女様のことを相談したり、氷の塔まで着いてきてもらったり世話になっていた。
「そろそろ城下町だ。降ろすぞ」
「はい。ありがとうございました」
「明日も出向くつもりだ。より厚手のコートを…」
「失礼ですが、明日は予定が入っております」
「え?」
「許嫁のフレイヤ様とお茶会です」
「っ…ふーっ、なんか腹が痛くなってきたな」
「では日をずらしますか?その代わり明日は1歩も外に出てはなりません」
「…………」
フレイヤ。ヒートヘイズの女騎士団長。
その強さと美貌、知恵を買った父上は僕の有無も聞かずに勝手に許嫁としてしまったのだ。フレイヤは僕よりも年上で頼りになるお姉さん。
許嫁という肩書きがなければ友として楽に接せたのだが、今は普通に接することが出来ない。
「イグニ様、どうされますか?」
「わかった…。そのままお茶会を予定に入れておけ」
「かしこまりました」
あまり乗り気ではないこの縁談。僕には雪女様が居るというのに、秘密裏で動いている逢瀬だから父上に言えない。
ため息をついた僕の横ではヒダカが複雑そうな顔をしていた。
ーーーーーー
「あっにき〜!イっグニっ様〜!」
ヒートヘイズの城に戻った僕とヒダカは早速自室にて明日の作戦を立てていた。話題はどうするか。服装は何にするか。
想い合ってない同士のお茶会なんて手を抜いても構わないのに、それをヒダカは許さない。
「王族たる者どんな時でも準備は完璧に」と口を酸っぱくして言うのだ。そんな時自室の扉が勢いよく開いて元気な声が飛んでくる。
「ヒメナ。勢いよく開けてはダメです。それに必ずノックをしろと何度も…」
「大丈夫だって。ノックしないのはイグニ様だけだから」
「ハハッ、それは僕を舐めているのか?」
「勿論!」
「このやろう〜」
僕の隣に来たヒメナの頭をグリグリと優しく拳を入れる。短い髪を揺らしながらヒメナは笑っていた。
これも幼馴染の特権というやつだろう。こいつはヒダカとは違う意味で容赦がない。
「今日もフラれてきたんですか?」
「全く、何度も言わせるな。フラれたのではない。引いてきたのだ。想いというのは押してばかりではダメだ。頻繁に引きを見せて……」
「押し倒しそうなくらいに押している人がな〜に言ってんだか。兄貴、コートは役に立った?」
「全然役に立ちませんでした。もっと厚めのものにしてほしいです」
「兄貴は貧弱なんだよ。寒さに弱すぎ」
「それは言えるな」
「2人が強すぎるだけです」
いつも交代でヒダカとヒメナと共に氷の塔へ出向いているけど、ヒメナはそこまで震えずに終わるのを待ってくれている。
となるとやはりヒダカが寒さに弱いのだ。今日だって鼻水を垂らし青白く震えていた。
後で特注のコートでも頼んでやろうか。一緒に来る人が居なくなったら雪女様に会えなくなってしまう。
「雪女様はあの氷の塔に居て寒くないのだろうか?」
「フロス様は氷の力持っているからどうってことないでしょ。逆にヒートヘイズに来たら溶けちゃうかもね!」
「それはいけない!ここは僕が寒さに慣れておかなければ。氷の塔で僕が暮らせば雪女様はヒートヘイズに来る理由がなくなる!」
「それ、国王様の前で言ってはいけませんよ」
将来の妄想をしていると横からヒダカの現実言葉が飛んできて僕の胸に刺さる。そうだ。今は向かい風が吹いて前には少ししか進めてない状態だ。
でも……
「向かい風でも進んでみせる!何故なら僕には恋が味方しているからな!」
「まーた始まった。イグニ様の演説」
「まだ明日の準備が終わってませんよ」
何とでも言うといい。この2人はちゃんと僕の味方をしてくれると知っているからな。
だからいつでも自信を持って言えるんだ。かけがえのない幼馴染は雪女様の次に好きな2人だった。