12話 別に寂しくありません
「今日は、来ないのですね…」
いつもイグニは陽が高いうちに氷の塔に来ている。しかし今日は全く来る気配がなかった。目の前にあるテーブルには神獣が描かれた本とポエム、そして何を描いたかわからない風景画が置かれている。
話題が振られた時にいつでも見れるように置いておいたのだ。ちなみに人の形をしてない自画像は呪いの品みたいだったので氷漬けにして返しておいた。
「……」
静かな氷の塔。しかし急に違和感が私の中で感じられた。すぐに立ち上がって自室から出ると氷の塔の中層にある部屋に入り込む。
ここは雪の女神である私の仕事場であり儀式の間。椅子さえないこの空間は念じるためだけにあるものだ。
「アイシクルを纏う氷よ。雪の女神フロスの名において応えなさい」
部屋の中心に立った私は詠唱を初めて感じた違和感の謎を解き明かそうとする。目を瞑ればアイシクル領全土を見渡す景色が映し出された。
「…ヒートヘイズとの関所付近の気温が違いますね。黒い馬車…ヒートヘイズのでしょうか?」
違和感の正体はアイシクルに来たヒートヘイズの住人だったらしい。若干、その地域だけ暖かくなっていたのだ。
しかし普通の人間では立ち入った時点で気温が変わることはない。なら何故?
「イグニ!?」
私の瞼の裏には馬車から降りるイグニの姿が見える。思わず目を開けてしまいそうになるけどグッと堪えて様子を見続けた。
「イグニと、後ろには綺麗な女騎士が居ますね。…そして何故ここにグレイシャー公が?」
イグニは公爵の立場であるグレイシャーに何かを渡している。筒のような物をグレイシャー公が預かるとすぐに馬車へ乗り込んでしまった。
わからないことだらけだ。でも気温が高くなったのはイグニのせいだと納得する。普段、氷の塔に来る時も多少気温が上がるのだ。
「ふぅ。とりあえず、何があったのかを調べなければ」
私はゆっくりと目を開けて儀式の間から出ると自室に戻って手紙を書き留める。勿論送る相手はグレイシャー公だ。
今なら関所に送っても間に合うだろう。内容はヒートヘイズの王子が直々にここまで来た理由。そして何故グレイシャー公が関所に居るのかという疑問だった。
その全てを急いで書いた私は手から氷を出して鳥を作り上げる。その子の足に手紙を括り付けて塔の窓から飛ばした。
「アイシクルとヒートヘイズの関所に居るグレイシャー公まで」
氷の鳥は任務を果たし終えると自然と溶けてくれる。氷の力を司るアイシクルの王家はこうやって生き物を形成することも出来るのだ。
「強度は弱いですがね」
私は氷の塔の窓を閉めて椅子に腰を下ろす。久しぶりに儀式の間を使った。それくらいアイシクルに何も問題が起きてなかったということだ。
ダイヤの政治が上手くいっているのだろう。ヒートヘイズの王族がアイシクル領を跨いだ。そしてその人物がイグニだった。
急に色々とありすぎて混乱してしまいそうだけど私は落ち着くためにテーブルにある本を開いてみる。
「……いつ見てもゴミですね」
何度見たかわからないユニコーンのページ。繰り返し見てもやはり獣には見えなかった。でも不思議だ。
この本を見ていると段々と落ち着きを取り戻していく。何だかイグニの罠にハマった感じもするけど暖かくなる気持ちは本物だ。
「…私までバカになったのでしょうか?」
立て続けにイグニが来ていたので最近は暇とは思わなかった。でも今日はとても暇だと感じてしまう。あの男は、本当によくわからない人だった。




