異次元に行きたいもなか
私の名前はもなか。
東京から1時間以上離れたところにその診療クリニックはあった。
寂れた観光地みたいな街を通った先にその診療クリニックはあった。
プライバシーの観点から首都圏から週末に通う人も多いらしい。私はとにかく生きるのが辛くて、わかってもらえなくて、暴れていたところ親に連れてこられた。最初は親も同伴で診療クリニックまで来ていたが、そのうち自分一人で通うことになった。そこで私は同じく首都圏から通っているという高校生に出会った。
プライバシーのために遠くまで通っているのに、先生は診察室に呼ぶのにも名前を言わないように気を遣っているのに、患者同士は簡単に繋がってしまう。そう、病み垢界隈のように。
その子は処方された薬も、薬局に置いてある薬も、用法を守らず乱用してしまうのに、SNSの病み垢界隈にはいないんだって。どちらかと言うと有名人のコメント欄に出没して、リアクションを欲しがるタイプ。持ち物に気をつかっているわりに、ところどころ肌が赤くガサガサしてたので、「アトピー?」って聞いたら、そうなんだって。「アトピーは、なるよね。ストレス、多いから。」私はできるだけ優しく言った。意識的にというより、私は同類には優しいのだ。と、言うか同類に優しくする以外のコミュニケーション能力を持ち合わせていない。
その子が「私霊感があるんだよね。だから有名人が本当に思ってることとか、わかるんだよ。無意識言語をキャッチしやすいのかな?」と言うので、
「それはオキニだから以心伝心なんじゃないかなっ!?」と喜んであげたら、
「私のこと嫌いな人のこともわかる」と言うのだ。
「テレパシーと関係あるかもしれないし、いや、ないかもしれないんだけど、
私、物理法則は曲げられるんじゃないかと思ってるんだ。この間先生に言ったら、次の診察まで覚えていて、そのことで揶揄われたんだけど。」と言った
その子は「タイムトラベルとか?」と聞いて来たから、
私は、「出来たらいいよね。異次元に行くエレベーターの操作方法とか、紙に書くおまじないとか、少し前に流行ったよね?私それ、死ぬほどやったもん。この世界から脱出したくて。」と言った。
「それな。」その子が解ると言ってくれたので、私はここで自分の希死念慮を開示することにした。
診察室でもあまり言わないようにしていることだ。
「もしスプーンが曲がってくれたらな、異次元に行く方法も信じられるんだけどな。死ぬ勇気ないしさ。」私が言うと、
「曲がるよきっと。曲がる曲がる。」その子と私はもう友達になったんだ。
「そうだね、曲がるかもしれないうちは、簡単に死んだらだめだよね。」お互い、励まし合う。
彼女は首都圏まで電車で帰るというので、一緒に帰ることにした。私鉄の各駅停車に乗って、できるだけ長く話せるように。
一応電車の中ではスプーンの話はしないようにしておいたけど、私は親にも先生にも、主治医にも言えなかったことをこの子に相談してみようと思った。
「ところでね、『サイコキネシス』っていうアニメ知ってる?」私は聞いた。
「知ってるも何も私それに出てる声優にDM送ってブロックされたわ。」彼女は言う。
「実はさ、私、名前、もなかって言うんだけど、私がモデルなんじゃないかって思うと、気が触れそうなんよ。自分の名前気に入っていたから『もなか』でやっていたんだけど、もう『もなか』使いたくないよ。」私は自分が変なことを言っているかもしれない、と思いながらまくしたてた。
「あー、わかるかも。」
普通の人だったら、気にしすぎ、と言うところを彼女は「わかる」と言った。
「なんていうか、画面の中の『もなかちゃん』が、『あなたもエロかわいくなりなさいよ』って煽って来ているように感じるの。『本物の、あなたより有名なもなかは、もっとエロかわだよ』って。もなかという名前のイメージは『エロかわ』なんだからそれに寄せてこい、って。」
普通の人だったら、だったら見なきゃいいじゃん、と言うと思う。でも彼女は、気の利いた言葉を探しておいたのか3秒くらいの間を置いた後、
「なんでエロかわいくなきゃいけないんだろうね?かわいいだけじゃダメなのかな?」と言った。
その言葉の強さは、この歪んだ世界よりも健常だった。
私たち、こんなに病んでいるのに。