地獄カルト
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──地獄カルト
全てを片づけた後に、ラルと合流した。
「彼、死んじゃったの?」
「ワン大尉は死んだよ。即席士官が死ぬのは珍しくもない」
ラルが装甲兵員輸送車の傍で死体になっているワン大尉を見て言うのに、俺は肩をすくめて返す。
「ODIN。俺が輸送機の残骸でアメリカ海軍中将から与えられた権限を確認しろ」
『ユーザーがオーロラ・カニンガム海軍中将より譲渡された権限は国連人類防護軍特別権限ウルトラオメガです』
「それはどういう権限なんだ? 聞いたことないぞ」
『準最高権限です。一部の特殊作戦部隊を除き、全ての国連人類防護軍隷下部隊に支援を要請できます』
「そいつは凄い。すぐに脱出のための輸送部隊に応援を求めてくれ」
『不可能です。現有の通信手段で連絡可能な国連人類防護軍部隊はいません』
「あーあ」
俺はODINの言葉に呆れるしかなかった。宝の持ち腐れとはこのことだ。
「どうするの?」
「通信できる場所に向かう。それしかない」
「お使いのご褒美はまだみたいだね。予定はどうなるのかな。この子を沖縄に届けないといけないでしょう?」
「ああ。予定としてはこうだ。まずどこかの国連人類防護軍部隊と連絡して足を準備してもらう。それで沖縄に行ってこの子をお届け。それから権限を流用して上海のUNE本社に突撃して、悪魔どもを叩き返す」
軍事行動において予定はシンプルであるほど成功しやすい。いろいろと細かく考えて予定するとひとつの小さな破綻が全体の破綻になる。ハンマーで釘を叩くぐらいのシンプルさが必要だ。
「デルタ。お前は沖縄で何をしなきゃならんのか知ってるのか?」
「知らない」
「おい。しっかりしてくれ」
沖縄には国連人類防護軍極東戦域軍の大規模拠点がある。完全に地獄の軍勢によって支配された中国大陸から押し寄せる悪魔から後方を守っているのだ。
そこに行くということは国連人類防護軍の作戦に参加するということ。昔の沖縄のようにバカンスついでに遊びに行くような場所じゃない。
「ODIN。長距離通信可能な施設は周囲にないか?」
『第9001機械化歩兵師団のデータベースから現在地を推定。ここから約92キロ先に国連人類防護軍極東戦域軍隷下第622機甲師団本部が利用していた軍事通信基地があります』
「オーケー。そこに向かおう」
ようやく希望が見えて来た。
「まずは移動するための手段だ。装甲兵員輸送車はまだ動くかね」
ワン大尉の部隊が使い、悪魔と俺とで滅茶苦茶にしたTYPE301式装甲兵員輸送車が動くかどうかを確認する。バッテリーに異常なし。駆動系は動く。何とかなりそうだ。
「ラル、デルタ。乗れ。移動だ」
「はいはい。デルタちゃん、行こうね」
ラルがデルタを連れて装甲兵員輸送車の兵員室に乗り込む。俺は運転席に乗り込み、操作系を確認する。知ってる奴だ。問題ない。
「ODIN。無人銃座を操作しろ。悪魔を探知したらぶち込め」
『了解』
「ただし、俺とラル、デルタは撃つなよ」
『了解』
今や俺も悪魔と認識されちまってるからな。
「出発だ。通信基地を目指すぞ。結構なドライブになるぜ」
装甲兵員輸送車が無限軌道を金属音を立てて走らせ、荒れ果てた道路を進む。かつて住民が暮らしていた廃墟が広がり、国連人類防護軍が放棄していった装備が転がっている。装甲車、戦車、榴弾砲。
「装備を少し回収してくる。大人しくしておいてくれよ」
俺は国連人類防護軍の放棄した車両などを調べて弾薬や使えそうな装備を回収する。当分、補給は見込めない。友軍との合流すら未定なのだ。
「腹減ってるか。食い物あるぞ」
「ボクは大悪魔だよ? 食べ物なんていらない」
「そうかい」
俺は一応回収した戦闘糧食を装甲兵員輸送車の兵員室に放り込み、弾薬や爆薬の類は慎重において規定通りに固定した。
「悪魔どもはどこに行ったんだろうな? 随分と静かだぜ」
「いるよ」
不意にデルタが発言したのにぎょっとした。
「デルタ。何がいるんだ?」
「敵」
デルタがそう言った時だ。ODINが反応した。
『通知。前方に生体反応。国連人類防護軍将兵ではありません』
「民間人か?」
『不明』
クソ。国連人類防護軍が放棄した地域にも民間人が残っている場合はあるが。
「一応確認する。ODIN。可能な限り情報を集めろ」
装甲兵員輸送車を暫く進ませると前方に手を振っている一般人らしき人間が現れた。数は2名。武装はしていない。
「止まってくれ! 助けがいるんだ!」
民間人が叫んでいる。俺は装甲兵員輸送車の速度を緩めた。
「おい。民間人か? IDを見せろ。確認できなければ殺す」
俺がSER-95の銃口を民間人に向けて呼びかけた。
「IDだ。確認してくれ」
「ふうん。あんた、緊急徴集対象なのに兵役についていないな。これは軍法会議で敵前逃亡と同等の罪として裁かれるぞ」
「い、いや。だって、その命令は国連人類防護軍が俺たちをここに置いていってから発令されたものだろ? 従うなんて無理だった」
「そうかい。じゃあ、こいつに乗って兵役に就きに行くか?」
俺が装甲兵員輸送車のボンネットを叩く。
「俺たちはここで過ごしてる。国連人類防護軍は俺たちを見捨てたのに俺たちに戦えって言うのかよ」
「それが法律だ。で、何人いる?」
「近くにシェルターがあるんだ。そこにみんなで隠れている。でも、食料がないんだ。分けてくれないか?」
「クソ。食い物はあるが」
俺がこの民間人どもをどう扱うか考えていたときだ。
「敵だよ。その人たち」
デルタが装甲兵員輸送車から降りてきて、民間人たちを指さした。
「どういうことだ?」
「撃て!」
俺と話していた民間人の男が叫ぶと銃声が響いた。警察の自動小銃だ。
「クソッタレ。てめえらカルトだな?」
「殺せ! 背信者どもを殺せ!」
周囲の廃墟から武装した人間が現れ、俺とデルタを狙う。
「倒していい?」
そこでデルタが何気なくそう尋ねて来た。
「何か知らんが、やってみてくれ」
「分かった」
デルタがそう言った直後に周囲から悲鳴が響き渡った。
「あひっ! ひひひっ! ああ! 殺せ、殺せ!」
「死ね、死ね! 食ってやる!」
武装した民間人がお互いを銃撃し、そのまま仲間に食らいついた。人間が人間を食い殺し、辺りが血の海になる。狂った民間人はそのままお互いで殺し合って全滅だ。
「なんじゃこりゃ……」
いきなり民間人が発狂して殺し合った様はまるでマインドワームが現れたかのようなもので、現実とは思えないくらいだ。
「デルタ。何をしたんだ?」
「私はさっき分かったことがある。私は悪魔の力を学習し、模倣できる。さっきおじさんが倒したマインドワームから手に入れた力」
「おい。そいつは。なんてこった。これが人類最後の希望って訳か」
デルタが感情を見せずに語るのに俺は低く呻いた。
デルタの言うことが本当ならばデルタは最強の悪魔に、最強の大悪魔になるポテンシャルを秘めている。悪魔はもはや敵でなくなるだろう。
「この子は特別だね。ボクのような大悪魔とはちょっと違う。大きな力を秘めているけど、その力の目覚めは徐々に果たされるってわけだ」
「へえ。毒を以て毒を制すって感じだな。他に何ができるんだ、デルタ?」
ラルが語るのに俺がデルタの方を見る。
「さあ? 知らない」
「自分のことだろ。分からないのかよ」
「うん。分からないものは分からない」
「随分と頼りない人類の希望だぜ」
呆れるしかない。
「ねえ。さっきの人間にカルトって言ってたけど、それって何だい?」
「人間でありながらマリオネットになるでもなくして、悪魔どもを崇拝しているん連中だ。悪魔に同じ人間を売り、悪魔と一緒に人間を食ってる。ろくでもない連中で、国連人類防護軍の軍令でも殺害許可が出てる」
「ふうん。変な人間たちだ。けど、面白そうだね。彼らは近くにシェルターがあるって言ってたけど、潰しに行かない?」
「寄り道してる場合か?」
「いいことあるかもよ?」
ラルが悪戯気に笑って言うのに俺は唸った。
「バッテリーが欲しい。装甲兵員輸送車のバッテリーを充電しないと途中から徒歩になる。そうなると軍事通信基地への到着は遅れちまう」
「足りないものは奪え。軍隊は昔からそうしてきた。そうだろう?」
「オーケー。生活してるってことは発電機を持ってるはずだ。分捕りに行くぞ」
「そうでなくっちゃ!」
弾薬はたっぷりで爆薬もある。殺していい人間が俺たちにないものを持っているなら、銃でぶち殺して奪えばよい。
兵站の歴史は長い。だが、その半分ぐらいは略奪の歴史だ。
「ODIN。こいつらの端末から拠点を特定しろ」
『端末を分析中。判明しました。ヘッドマウントディスプレイに表示します』
「さあ、略奪だ。バイキング気分で行こうぜ」
意気揚々と装甲兵員輸送車に乗り込み、ODINが特定したカルトどもの拠点に向けて出発する。連中の拠点はそう離れていないが、装甲兵員輸送車から目を離すとブービートラップの類を仕掛けられるかもしれん。
「ODIN。民間人は武装の有無にかかわらず警告を出せ」
『了解』
国連人類防護軍の友軍識別ではカルトの存在は考慮されていなかった。手動で命令しておく必要がある。
装甲兵員輸送車の運転席から外部モニターの映像を見つつ、地雷などに警戒。悪魔と違ってカルトは人間の武器を活用するから面倒なのだ。
『警告。前方に複数の高脅威悪魔を探知』
「だろうな。カルトどもは悪魔とつるんでる。裏切者だ」
ある程度拠点まで近づくと俺たちは装甲兵員輸送車から降りて、周辺に並ぶ廃墟の建物に昇り、高所から周囲を見渡す。
「あそこにシェルターがあるな。戦争初期に作られたものだ」
「悪魔はいるの?」
「外にはいないな。中だろう。悪魔から人類を守るためにシェルターに悪魔を招き入れやがるとはクソ野郎どもめ」
俺はシェルターの外に歩哨や罠、無人兵器がないことを確認すると建物を降りて、拠点に向けて慎重に徒歩で進んだ。
『通知。複数の生体反応を探知。国連人類防護軍将兵ではありません』
「ODIN。熱光学迷彩起動」
『熱光学迷彩起動』
シェルターに近づく際に俺は熱光学迷彩を使う。可能ならば敵を奇襲したいのは兵士のサガって奴だ。奇襲は被害と装備の損耗を押さえられる。
「いるな。人間のようだが、悪魔と一緒にいる。悪魔はブルとグレムリンか」
シェルターの中にはブル1体とグレムリン8体。それから人間が複数。
「クソ。連中、人間を生きたまま料理してやがる」
シェルター内はコンクリートが剥き出しの無機質な構造物だったが、インテリアが有機的だ。家畜の肉のように吊るされた人間。生きていて悲鳴を上げている。この手の光景は戦争が始まって何度も見たが見たたびにうんざり。
「そんなに肉が好きなら自分の肉を味わえよ、クソ野郎ども」
熱光学迷彩を維持したまま道中で回収した制圧用知性化手榴弾をごちそうしてやる。集まったカルトどもと悪魔に向けて放り投げれば、お手軽大量虐殺ができる。
知性化手榴弾がセンサーとAIによって炸裂地点を決定し、もっとも殺傷力を発揮できる場所で電子励起爆薬によって爆発。同時に仕込まれた鉄球を周囲に撒き散らした。
「ぐああああっ!」
「ひいいっ!」
悲鳴の大合唱。悪魔はともかく人間はこれを食らって生きてられるわけがない。
「敵だ! おのれ、何者だっ!?」
「テキだ! テキだ! 殺セ!」
悪魔どもが死んだり負傷したカルトを無視して交戦状態に入る。
ブルが榴弾砲の砲身を利用して作ったこん棒を構え、グレムリンたちが警察用銃火器を握って俺を探すが、その前にもう一発爆発物をお見舞い。
発電機の強奪が目的なのでそれが壊れるような梱包爆薬などは使用できない。だが、通常の手榴弾くらいならオーケー。
「ウワッ! やらレタ! やらレタ!」
「仲間、死んダ! 怖イ! 怖イ!」
グレムリンどもは大混乱だ。間違って味方のブルに発砲しやがった。
「何をしてる、小童どもが! 失せろ、邪魔だ!」
ブルがグレムリンたちをこん棒で薙ぎ払い、グレムリンが逃げ散る。
「オーケー。そろそろ熱光学迷彩も限界だ。派手にやろう。ODIN。熱光学迷彩を解除。スーパースプリントは起動させられるな?」
『使用可能です』
「じゅあ、やってくれ。パーティーに参加だ」
『スーパースプリント機能機動』
俺がSER-95を構えてスーパースプリントで一気にブルに肉薄。
「悪魔!? いや、人間……? お前は一体……?」
「あいにく不細工な野郎とお喋りする趣味はないぜ? お喋りするなら黒髪で清楚な巨乳のお姉ちゃんじゃないとな」
戦争は陰惨だという歴史家、哲学者、文芸作家。それは確かに正しい。だが、戦争でドンパチやる身としては陰湿に憂鬱になるより景気よくやった方がやる気が出る。
よってテンションを上げて楽しむ。殺しを。破壊を。戦争を。
「死ねっ!」
スーパースプリントで肉薄する俺にブルがこん棒を振るう。だが、そいつは掠りもしない。俺はそのまま接射でブルの右足の膝を砕き、背後に回り込む。
「そら、地面とキスしろ」
背後から左足の膝を大口径ライフル弾で吹き飛ばし、ブルが完全に姿勢を崩した。そして、俺はスーパースプリントを維持したまま飛び上がり、連続射撃モードのSER-95の銃弾をブルの頭に叩き込む。
「おごっ! あがががっ」
「フィニッシュ!」
スーパースプリントで向上した身体能力でブルの頭を蹴りつける。ブルの頭がポップコーンのように弾け、頭を失ったブルが血の海に倒れた。
「お、おのれ背信者め……。我々を導く偉大な存在と同志たちを殺しやがったな……」
「うるさい。死んでろ、クズ」
致命傷を負ってなお生きているカルトの腹を蹴り飛ばして確実に助からないようにしておく。こいつらに慈悲深い死は必要ない。
「わお。死体の山だ。カルトじゃない生存者もいたみたいだけど殺したの?」
「あの傷じゃどうせ助からん。それに助けてからどうする? 全員連れて行くのか? 負傷して、武器も持てない役立たずの民間人を? ごめん被る」
ラルがやってきて楽しそうに死体で埋め尽くされた光景を眺めるのに俺はそう返して発電機の場所をODINに探させる。
「俺たちは軍事作戦を実行しているんだ。楽しいピクニックじゃない。ただえさえ友軍もいないのにお荷物の民間人を抱えて行動するなんてクソみたいに面倒くさい」
「実に君らしいね。惚れちゃいそう!」
「へへっ。だが、お前みたいなロリは趣味じゃない」
「黒髪で清楚で巨乳の女性?」
「イエス」
ラルがからかうように尋ねてくるのに俺はサムズアップ。
『通知。発電装置を検知。ヘッドマウントディスプレイに表示します』
「オーケー。電気をいただくぞ」
ODINがマーカーで表示した発電装置に向かう。
発電装置は燃料バッテリーに充電する一般的なタイプのものだ。これならバッテリーを取り外して持っていくだけでいい。便利な代物だ。
「おい」
そこでラルが見ていたデルタがシェルターに入って来た。
「おいってなんだよ。急に馴れ馴れしくなりやがったな、こいつ」
「うん。お前は特に偉くなさそうだし」
「そりゃ海軍中将と比べたら下っ端だが、下士官としちゃ偉いんだぞ」
「そうなのか?」
「そうだ」
デルタが首を傾げるのに俺がそう言う。下士官から叩き上げの准尉ってのは自分で言うのもなんだがベテランだ。
「ふうん。でも、あんまり偉くなさそう」
デルタは反抗期のようだ。子供の相手は嫌だぜ。
「お前。敵が来るぞ。悪魔だ」
「マジかよ。分かるのか?」
「ああ。悪魔は私の餌だ」
デルタが何気なくそう言い放った。
「食ってるのか?」
「食わないでどうやって能力を獲得するんだ。やっぱりお前、偉くないな」
「うるせえ。味はどうなんだ?」
「肉の味」
デルタがそう言うのにODINが反応。
『警告。高脅威悪魔が接近中』
「了解。俺が料理してやるよ。デルタにごちそうだ」
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