第一章 聖女召喚(4)
衛兵は、乱暴に志乃を牢屋に入れた後、すぐにその場を立ち去ったのだ。
会社にいたはずが、突然訳の分からないところに移動していたうえに、今では肌寒い石造りの牢屋に入れられた志乃。
状況を整理するにも判断材料もなく、あのバカ王子の発言から、所謂異世界召喚に巻き込まれたのだと考えることにした。
折角、会社を辞めて、貯めていた貯金で当分の間ニート生活をのんびりと堪能するはずが、何故か牢屋の中だ。
志乃はこの状況に泣きたくなっていた。
だが、いくら泣いてもここから志乃を出してくれる者はいなかった。
どのくらい閉じ込められていたのか分からなくなったころ、ぼんやりとする頭で、このままここで飢え死にするのかと考えていると、微かな足音が聞こえてきたのだ。
しかし、すでに体力が尽きていた志乃は、視線だけを向けていた。
視線の先には、恰幅のいい老人が立っていた。
でっぷりと太ったその男は、ガラガラの声で言ったのだ。
「こいつが、聖女様と一緒に現れた異世界人か……。ふむ、たしか下人の人手が足りなくなっていたな? よし、この女を下女として働かせよう」
は? 何言ってんのよ。このデブおやじ。
志乃がそんなことを考えていると、乱暴に牢屋から出されて、引きずられるようにしてどこかに連れていかれた。
太った老人が連れていた兵士にまたしても引きずられて連れていかれた場所には、皺だらけの顔を鬼のように顰めた老婆がいた。
その老婆は、志乃の全身を視線だけで見た後に、吐き捨てるように言ったのだ。
「はぁ。面倒ごとを……。使い潰しても文句は言われないんだろうね?」
「はい。宰相のご命令です。この女をここで働かせるようにと」
「ふん。分かったよ。お前はさっさとお行き」
老婆にそう言われた兵士は、志乃から手を放してさっさとその場を後にしたのだ。
その場に残されたのは、ぐったりと地面に這いつくばる志乃と、それを冷めた目で見下ろす老婆だけだった。
老婆は、ぐったりとする志乃に付いてくるように言った。
しかし、数日まともに食事をとっていない志乃は身動きすらままならなかった。
そんな志乃の事情など知ったことではないとばかりに、老婆は面倒そうな表情を隠すこともせずにいた。
そして偶然近くを通りかかった女性に、志乃を運ぶように言ったのだ。
老婆に命じられた女性は心底嫌そうな顔をしながら、志乃の腕を掴んで引きずって行く。
地面に肌がこすれて痛いし、引っ張られる腕も痛かったが、文句を言う気力すらなかった志乃が連れていかれた場所は、藁が敷き詰められた小屋だった。
老婆は、志乃に向かってこう言ったのだ。
「今日からお前は、ここで寝起きするんだよ。仕方ないから、今日だけは休ませてやるよ。でもね、明日からは、日が昇る前に起きて、あそこの井戸から水を汲んで、調理場にある瓶がいっぱいになるようにすること。それができたら、食事を出すよ。でも、時間内に出来ないときは、食事はなしだからね」
それだけ言うと、老婆は「はぁ、本当に面倒なことだよ」とぶつくさと文句を言いながら立ち去って行った。
残された志乃は、意識を失うようにして、深い眠りについたのだった。