第四章 新しい生活と揺れる心(6)
志乃がそのことに気が付いたのは、二人の家に住むようになってからしばらく経った時だった。
ジークリンデは、極力この家に人を寄せ付けたくないようで、何か用事があるときは、必ず外に出ていたのだ。
しかし、一人だけ例外がいたのだ。
それがジークリンデの護衛騎士を務めるハルバートだった。
ハルバートは、とても美しい男だった。美しい銀の髪と優し気な碧の瞳。エキゾチックな魅力を放つ褐色の肌は、不思議な色気と魅力に溢れていた。
知らない者が見れば、ハスキーボイスの女性に見える。そんな男だった。
ジークリンデとの付き合いも長いらしく、彼のことなら何でもお見通しというハルバート。
それだけではなく、掃除洗濯料理と、何をしても完璧だった。
そして、この世界の道具の使い方など知らない志乃が一人で掃除洗濯料理が出来るようになるまで、色々と教えてくれた師匠でもあったのだ。
そんな完璧なハルバートを見ていて、志乃は思ったのだ。
ハルバートは、完全無欠の嫁の鑑だと。
綺麗で色気があって、家事も完璧で、作る料理は美味しすぎたのだ。
「ハルバートさん……。もしかして……。お嫁さんになった経験があったりしますか?」
ふとそう零した志乃の独り言をハルバートは、笑った。
「シノさん。私は未婚で男なんですよ? そんな経験ございません。しいて言えば、今までジークリンデ様の尻拭いの所為で大抵のことができるようになっただけです」
「しり?」
「こら。女性がそんな言葉を使ってはいけません。それに、尻拭いです。あの自由人ときたら昔から、周囲を振り回す事に長けていて、私はそれにいつも振り回されるんですから堪ったものではありませんよ」
うんざりしたようにそう言うハルバートだったが、ジークリンデを心から慕っていることは見て取れた志乃は、二人の関係が少し羨ましく感じたのだ。
志乃が楽しそうに微笑むのを見たハルバートは、肩をすくめる。
「笑っていられるのも今のうちですよ。そのうち、シノさんもあの自由人の奔放さにうんざりすることでしょう……。というか、すでにうんざりしているのではないですか?」
「ううん。ジークの自分に正直な生き方、私にはない生き方だったから、なんとなく見ていて飽きないから。だから、うんざりすることもないと思う。ジークを見ていると、胸がドキドキして、ずっと見ていたいって思うもの。あっ、ジークには内緒ね」
「はいはい。それじゃ、今日の料理教室を始めましょうか」
「はーい」
ハルバートから、ジークリンデの好きな食べ物の作り方を教わっている志乃は思うのだ。
いつか、ハルバートから教わった以外の、志乃の味でジークリンデを喜ばせたいと。
ジークリンデは、志乃が作ったものなら、きっと黒焦げのパンでも美味しいと言うだろう。現在、そんな物を出したことは一度もないが、ジークリンデは、志乃が用意したものならどんな物でも喜ぶのだ。
だからこそ、志乃にも意地があったのだ。
お世辞抜きで美味しいものをジークリンデに食べさせてあげたいと。
そして、師匠であるハルバートを超えて、ジークリンデのことなら何でも分かってあげたいとも。
こうして、志乃の異世界での生活は充実したものとなっていったのだ。




