第四章 新しい生活と揺れる心(4)
志乃がデュセンバーグ王国のジークリンデの屋敷に住むようになって一週間ほどが経過していた。
その間、ジークリンデは、毎日忙しい合間を縫って志乃をこれでもかと構い倒していた。
志乃も、その頃にはなんとなくジークリンデの過保護なほどの甘やかしを受け入れつつあった。
しかし、ジークリンデは、この国の第三王子という肩書以外に、この国最高峰の冒険者という肩書も持っていたことが問題でもあった。
志乃は、毎日ご飯を食べさせてもらうだけでは申し訳ないと考え、屋敷の仕事を何かさせて欲しいとお願いしたのだ。しかし、それはジークリンデに丁重に断られるということを繰り返していた。
元々仕事に追われるように生きていた志乃にとって、何もせずにいることが心苦しくなってきたのだ。
仕事を辞めた後、当分はニート生活を楽しもうと思っていたが、今の何もしないでいる状況は志乃の考えていた生活とは程遠いものだった。
ジークリンデの屋敷に来て志乃がしたことは、ご飯を食べて、寝て、起きて、ジークリンデに構われることだけだったのだ。
だからこそ志乃は、ジークリンデにお願いしていたのだ。何か仕事をさせて欲しいと。
しかし、ジークリンデは、頑ななまでに志乃のお願いを聞き入れなかったのだ。
日々、何もせずに生活することが申し訳なさ過ぎて、志乃の元気はなくなっていく。
そんなある日、ジークリンデは、志乃を屋敷の外に連れ出したのだ。
初めての外出に志乃は、少しだけ元気を取り戻す。
新しいワンピースに袖を通した志乃をエスコートするジークリンデは、とても上機嫌だった。
ゆっくりとした歩調で王都を案内するジークリンデは、常に志乃を気遣っていた。
改めて、日本ではない異世界の風景に志乃は驚きの連続だった。
だが、志乃を本当の意味で驚かせたのはジークリンデが最後に案内した場所だった。
その場所は、王城から近い居住区だった。そこは、近くに騎士団の本部もある場所で、王都内でも特に治安のいい場所として人気のある場所でもあった。
生活必需品を売っている店も近い、ある一軒の家にジークリンデは、志乃を連れて行ったのだ。
その一軒家は、赤い屋根の可愛らしい家だった。
小さいながらも庭もあり、日当たりも良かった。
可愛らしい家を前に、志乃が首を傾げているとジークリンデが志乃の瞳を覗き込んで言うのだ。
「シノ、今日からここで俺と二人で暮らそう」
「え?」
驚く志乃の腰を抱き寄せたジークリンデは、そのまま志乃を抱き上げて目の前の門を開いて赤い屋根の家の中に入る。
家の中は、真新しい家具が並べられており、とても可愛らしいものだった。
ジークリンデは、慣れた様子で家の中を進み、リビングルームに設置されているソファーに志乃をそっと下ろす。
困惑顔の志乃の頭をそっと撫でたジークリンデは、申し訳なさそうな表情を浮かべて言うのだ。
「シノが屋敷で居心地が悪い思いをしていることは分かっていた。でも、俺の我儘で、シノをあの屋敷で働かせたくなかったんだ」
ジークリンデの言葉に目を丸くさせた志乃にジークリンデは、詫びの言葉を口にする。
「きっと、元の世界とは全く違う暮らしだったのだろう。何もしないでいることが辛いって、シノの顔に書いてあった。でも、俺に仕える使用人と同じような仕事を大切な人にさせたくなかったんだ。でも、だんだんシノの元気が無くなって行くのが分かって……。これでも、いろいろ考えたんだぞ? それで、俺は一つの心理に到達したんだ」
そう言ったジークリンデは、志乃を抱き寄せてその耳に甘く言葉を囁く。
「二人だけの小さな家で、二人で力を合わせて生活すればいいってね。ちゅっ。ちゅっ。ねえ、俺の可愛い人。だから、君が好きそうな家を探して、家具を揃えて、準備したんだ。シノの驚く顔が見たくて。なあ、びっくりしたか?」
まさか、志乃のことを考えた結果の二人暮らし宣言に志乃は、呆気に取られる。
そして、心の底からの笑顔になったのだ。
「くすくす。ジーク……、貴方って人は……。でも、ありがとう。私のことをいろいろ考えてくれたこと凄く嬉しいよ。えっと、それじゃ、私はジークのところに永久就職ってことになるのかな? なんて……」




