第三章 デュセンバーグ王国へ(5)
ジークリンデは良い人そうだったが、見ず知らずの人の家で入るお風呂ほど気まずいものはない訳で、教えてもらった扉の鍵をかけた志乃は、そわそわと浴室内を見回した。
バスタブと、壁に掛けられた大きめの鏡とシャワーヘッド。先ほどまで座らされていた籐の椅子。
志乃は、目に入った鏡で自身を見て悲鳴を上げそうになって、何とか堪えた。
ガリガリに痩せた体と張りのないボロボロの肌。目の下の隈が以前よりも酷く、年齢以上に年老いて見えた。
さらに志乃がショックを受けたのは、前髪の右側のひと房ほどが白髪になっていたことだ。
「あはは……、はぁ……。泣いてもしょうがないよね。うん。もともとこんなんだったって思えば平気平気! うん、お風呂に入ってすっきりしよう!」
頭を切り替えるように、敢えて明るくそう口に出す。
ボロボロの布切れ同然の服を脱ぎ捨てて、バスタブから汲んだお湯を全身にかける。
シャワーヘッドはあるものの、どうやってお湯を出せばいいのか分からなかったのだ。
全身にお湯をかけた志乃は、ジークリンデが用意してくれた石鹸で全身を洗ってから、髪も洗髪剤を使ってきれいにする。
元々、ジークリンデが清潔魔法をかけてくれたおかげで汚れてはいなかったが、やっぱり全身を洗いたかったのだ。
髪を洗いあげた後、髪に付けるオイルを手に取る。
甘い香りのオイルに心がほっこりとする。
丁寧に髪に塗り込んで、浴室にあったタオルを髪に巻いてバスタブに浸かる。
全身がお湯に浸かると、体が溶けてしまいそうなほど気持ちが良かった。
湯船につかりながら、ようやく志乃は頭が動くようになってきていた。
「ここは、異世界なんだよね……。私、家に帰れるのかな? それに、ここはどこなんだろう? ジークは何者? ああ、もう! なんだか聞きたいことが山ほどあって、何から聞けばいいのか分からないよ!」
口に出して頭の中を整理しようとしたが、考えることが多すぎてパンク寸前の志乃。
バスタブに寄り掛かるようにして天井を見る。
「知らない天井だ」
そう口にしておかしくなった。
「あはは。ここ、ベッドじゃないし。でも、言ってみたかったんだよね、このセリフ」
有名な汎用人型決戦兵器が登場するアニメのセリフを口にした志乃は、この状況を嘆いても仕方ない気がして、前向きに考えようと決めた。
「うん。帰れるかどうかは今は置いておけ……、ないけど、とりあえず、状況把握!」
前向きにと考えたとたん、本当に気分も軽くなったような気がしたのだ。
だからこそ、恩人のジークリンデについて考える余裕ができたとも言える。
「ジーク……。格好よかったなぁ……。すっごく大きかったし、結構筋肉あったよね。それになんといってもイケメン! 声も格好いいし、まさに王子さまって感じ。ああ、でも正統派の王子さまって感じじゃないわね。うーん、俺様系? いやいや、結構献身的だったよね? 年上っぽかったし、頼ってもいいのかな?」
そんなことを考えていると、湯船につかってから結構な時間が経っていたことにようやく気が付いた志乃。
このままではのぼせてしまうと、急いで湯船から上がって、髪のオイルを流す。
オイルを流し終えた後の髪は、艶々と潤っていて、志乃は感動を覚えた。
これなら、体に塗る方の香油は……。
そんな期待を込めて、香油を塗り込む。
こちらも程よく甘い香りで志乃は香油を気に入り、丹念に全身をマッサージするように塗っていく。
香油を塗った肌が、張りを取り戻してうるうると潤っていくことに、志乃は感動した。
「うっわ! なにこれ、異世界の化粧品ってすごいのね……、あっ……、あれ? なんだか、目の前が歪んで……見え……る?」
肌ケアに夢中になっていた志乃は、のぼせきっていたことに気が付いていなかった。
湯船から上がったとしても、熱くなっていた浴室内に長い時間いたため、完全にのぼせてしまっていたのだ。
やばいと感じた時にはすでに遅く、志乃はその場で意識を失ってしまったのだった。




