第三章 デュセンバーグ王国へ(1)
久しぶりによく寝たと思いながら目を覚ました志乃は、口から出そうになった悲鳴を飲み込んでいた。
目の前に見知らぬイケメンが横たわっていたら誰だって志乃のような反応をすることだろう。
ジークリンデは、志乃が目覚めたことを知り、柔らかく声をかける。
「おはよう。よく眠れたか? どこか痛いところはないか? 体の調子はどうだ?」
心配そうにそう言われた志乃は、混乱しながらも頷くことで、どこも痛くないし、調子も悪くないと伝える。
そんな志乃の様子にうっすらとほほ笑んだジークリンデは、優しく志乃の頭を撫でる。
「そうか。なら良かった。それじゃ、飯は食べられそうか?」
ジークリンデはそう言うと、志乃が何かを答える前に、可愛らしく志乃の腹が鳴った。
志乃は、とっさにお腹を両手で隠すようにして顔を下に向ける。
その志乃の様子が可愛らしくて、ジークリンデはにやけそうになる顔を必死に引き締めながらベッドから起き上がっていた。
「くす。それじゃ、今持ってくるから、少しだけ待っていてくれ」
そう言って、ジークリンデは軽い足取りで部屋を出て行った。
一人残された志乃は、この状況に付いていけずにいた。
ここはどこなのか、さっきの人は誰なのか。
分からないことだらけで、何から確認すればいいのか分からなかった。
とりあえず、ベッドから身を起こして室内を見まわす。
天蓋付きの豪華なベッド。座り心地のよさそうなソファーセット。シンプルな机。
自身を見てみると、ボロボロの服に変わりはなかったが、体が清潔になっていたことに驚く。
そこで、カッと顔が熱くなる。
もしかして、さっきの人が私のことを? そんなことを考えると恥ずかしさで死んでしまえそうだった。
そんなことを考えていると、ジークリンデがトレイをもって戻ってきた。
志乃は、両手で自身を抱きしめるようにして後退る。
それに気が付いたジークリンデは、トレイをテーブルに置いて、志乃に優しい微笑みを向けて近づく。
「怖がらないで? 俺は、何もしないから」
そう言って、近寄るジークリンデに志乃は、擦れる声で叫んでいた。
「い、いや! 来ないで!」
「怖がらないで? 大丈夫、俺は君に酷いことなんてしない」
「う、うそつき! だって、か……」
尻すぼみで小声になる志乃の言葉が聞こえなかったジークリンデは、小さく首を傾げてもう一度と促す。
「ん? ごめん。もう一度言ってくれるかな?」
志乃は、恥ずかしそうに顔を真っ赤にさせて叫んでいた。
「だって、だって! 私の体……、きれいになっている! あ…あなたが……、あなたが、私を脱がせて、ああああああ、洗ったんでしょう!!」
そう言って、少し涙目になりながら志乃がそう言うと、ジークリンデは、目を丸くさせてなるほどと言う思いになっていた。
「ごめん。それは誤解だよ。ほら、見て」
そう言って、ジークリンデは、昨日の汚れたマントに清潔魔法をかけて見せた。
汚れていたマントは、あっという間にきれいになっていた。
それを見た志乃は、驚きに目を丸くする。
目を丸くする志乃を可愛いと思いながら、ジークリンデは、説明する。
「異世界には魔法が存在しないみたいだな。君のことは、清潔魔法を使ってきれいにしたから安心してくれ。君が望むなら、俺が風呂に入れてあげてもいいんだが」
「ま……、まほう?」
「うん。魔法だよ」
体を洗ってうんぬんという言葉を完全にスルーした志乃は、この世界には魔法があるのだと知り、驚く。
そんな志乃を優しい眼差しで見つめていたジークリンデは、テーブルの上に置いていたトレーを持ってベッドに近づき、志乃を驚かさないようにゆっくりと腰を下ろした。
「さあ、お腹がすいただろう」
そう言って、ニコリと微笑みを向けた。
確かにお腹がすいていた志乃は、どうにでもなれとばかりにジークリンデに近づく。
ジークリンデからトレイを受け取ろうとした志乃だったが、それは許されなかった。
小さく首を傾げた志乃に、とろけるような甘い微笑みを向けたジークリンデは、トレイをベッドの上に置いていた。
そして、スプーンと粥の入った器を持ち上げる。
スプーンに少量の粥を掬ったジークリンデは、ふーふーと息を吹きかけ何度かスプーンを唇に当ててその温度を確かめたのだ。
そして、納得のいく温度になったのを確かめた後、そのスプーンを志乃に向かって差し出した。
「ほら、あーん」




