第二章 運命の出会い(4)
志乃を大切なもののように抱き上げるジークリンデが政務室から立ち去り、使節団に与えられている部屋に戻ろうとした時だった。
ジークリンデに声をかける者がいた。
その声を聴いた瞬間、ジークリンデは面倒くさい男に会ってしまったと思いつつも、無視するわけにもいかず、その声の主を振り返る。
「やあ。ジークリンデ殿」
ジークリンデに声をかけてきたのは、アルエライト国王、第三王子のシージエだった。
能天気な無能とジークリンデは密かに思っている男だ。
しかし、そんなことは一切相手に悟らせないジークリンデだ。
「ああ。シージエ殿。すまないが、これから急いで帰国することになったので失礼する」
ジークリンデのその言葉に、驚きの表情をもってシージエは言った。
「急だね。ふーん。ところで、その腕に持っているものは?」
そのままその場を去ろうとしていたジークリンデの腕の中のものに気が付いたシージエは、そう気軽に聞いたのだ。
しかし、志乃を一刻も早く休ませてやりたかったジークリンデは、途端に声色を低くして面倒くさそうに答えたのだ。
「貴殿には関係ないことだ。それでは、失礼する」
ジークリンデが明らかに態度を変えたことで、馬鹿なシージエは、ジークリンデの地雷を踏みぬくようなことをする。
「ふーん。ずいぶん大切そうだね? なぁ、それ、中に何が入ってるんだ?」
そう言ってしつこく絡んでくるシージエを無視するようにジークリンデは歩みを早めた。
しかし、それが気にくわなかったのだろう、シージエは、業を煮やしたかのようにジークリンデが大切そうに抱えているものに手を触れようとしたのだ。
それに気が付いたジークリンデは、自分でも驚くような行動に出ていた。
志乃に無遠慮に手を伸ばすシージエに思いっきり殺気を飛ばしたのだ。
それだけではなく、足を振り上げてシージエの脳天を砕くつもりだった。しかし、そんなことをすれば面倒なことになると瞬時に我に返ったジークリンデ。
シージエの鼻先で足を止めて、悪びれもなく言ったのだ。
「すまないな。足が長くて」
シージエは、向けられた殺気と頭を砕かれたという錯覚でその場にへなへなと座り込んでしまう。
ジークリンデは、シージエのズボンの股の部分の色がジワリと変わっていくのを見ながら、「やりすぎてしまったか?」と思ったのはほんの一瞬だった。
今は、志乃を休ませることの方が大切だった。
ジークリンデは、足早にその場を後にしていた。
惨めを晒すシージエなどすでに忘れ去っていて、その時のジークリンデの頭の中は、志乃のことでいっぱいになっていたのだ。
急ぎ足で部屋に戻ったジークリンデは、その場にいた者たちに言っていた。
「急ぎ国に戻る。すぐに支度を」
ジークリンデからそういわれることは事前に理解していたのだろう、すでに準備は終えていると返ってきたことに、満足そうに笑みを浮かべるジークリンデ。
ジークリンデは、部下を引き連れ、その足で馬車置き場に向かった。




