第八話 正直ゲーム 後編
首根っこをひっつかまれ、半失神状態のダルシム矢野におじさんが再び語りかける。
「さあ、答えよ。お前の殺した人数を!!」
しかし、ダルシム矢野は何も答えない。涙をその瞳にため、ひたすらに「ばあちゃん、ごめんなさい」と繰り返す。まるで壊れたラジオ人間。
おじさんは、そんなダルシム矢野を満足そうに見つめると、力任せにちゃぶ台の上に投げ捨てた。ちゃぶ台の上で悶るダルシム矢野を余所に、おじさんは玄関のドアに向かって咆哮した。
「ミッションコンプリート!! おいでくださいませ、プロフェッサー・アナコンダ様っ!!」
おじさんがそう言い終わるやいなや、ガチャリと玄関のドアが開き、黒服おじさん軍団を引き連れた老紳士が土足で部屋に踏み入ってきた。
「………ふむ、長期の潜入任務ご苦労であった。クロコンダ大佐」
「ハッ!!」
覇王ゲーム運営おじさんが、漆黒のローブを脱ぎ捨てると、迷彩柄の軍服を纏った筋骨隆々の肉体があらわになった。
「計画の通り、ダルシム矢野を壊れたラジオフェーズに移行させました。仕上げは御手ずから?」
「うむ。諸君!! ついに我々の悲願が成就する!!」
老紳士は、ゆっくりとちゃぶ台に歩み寄りダルシム矢野に語りかける。
「ダルシム矢野よ、答えよ。貴様は一体どれほどの命を奪った?」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
老人はこみ上げる笑いを噛み殺し、懐からMP3プレイヤーを取り出し再生ボタンを押した。
『だるやん、しっかりしんしゃい!!』
しかしダルシム矢野は、僅かに体を震わすだけで俯いたままだった。
「カカッ!! 仕上がっておる。者共っ!!」
「「ハッ!!」」
黒服のおじさんのうちの一人が、うずくまるダルシム矢野の前に歩みでて、その眼前に座布団を引き、背中に担いていた大型のダンボールを慎重に着陸させた。
「時は満ちた………いざ刮耳せよ!!!」
プロフェッサー・アナコンダの咆哮に呼応して、ダンボールの箱が爆散する。辺りが爆煙に包まれる。煙を吸い込み、一斉におじさんたちが咳込む。
まるで、その声に祝福されるかのように、薄れゆく爆煙より人影が現れた。ダルシム矢野の目の前には、老いさらばえた一人の老女が屹立していた。
「ほぅ。見事なまでの再現率だ」
老女の肢体を舐め回すかのように観察したプロフェッサー・アナコンダは、感嘆の声を上げ、老女に冊子を手渡した。
「レディ、台本である。読みなさい」
プロフェッサー・アナコンダから冊子を受け取ると、老女はダルシム矢野に向かって音読を開始した。
「……だるやん? し、しかり、しっかりぃ………しなさ、しゃあい…しんしゃい!!」
ダルシム矢野がはっと息を呑むとともに、意識を覚醒させると、目の前には見覚えのある姿が立っていた。
「ば、ばあちゃん……なの?」
「……お、おどりゃあ………自慢の、ま、まごじゃあ!……てっ!!」
冊子に目を落とし老女は答える。
「ばあちゃん……ど、どうして…ぼ、ぼくは……」
「そんなことより、何人……殺したか……答えてくんろ?」
老女は冊子から目線を上げ、ダルシム矢野を見つめながら言い放った。
「えっ…」
「だるやん、しっかりしんしゃい!!」
老女の咆哮にダルシム矢野は、問いに答えるべく思考を開始した。自身の意志とは関係なく脳が動いている。まるで体と心が引き離されてしまったかのような感覚にダルシム矢野は困惑する。
客観的に自分でない自分が思考する様を認識できている。
『なんだ……これは………』
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ピピピ……ダイヤルアップ接続開始………
ピー………ガガガッ
キーワード入力
【殺人 人数 ダルシム矢野】
検索開始
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自身の頭の中に謎の声が響く。反射的に頭を抑えようとしたダルシム矢野であったが、体が微塵も動かない。その間も、脳内に響く声は鳴り止まない。
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3件ヒット
●閲覧権限なし 0人
●矢野老女を生き埋めにして殺害 1人
●飛脚ウォッチを用いたスラム全焼事件 6,666人
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ダルシム矢野の脳内に、文字の書かれた石版のイメージが浮かび上がる。これが一体何なのか。ダルシム矢野には理解出来ない。
しかし、ダルシム矢野はそこに書かれた文字を理解した瞬間、どうしようもなく嫌な予感に支配された。
石版のイメージが切り替わる。
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●閲覧権限なし 0人
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『やめてくれ』
さらに石版のイメージが切り替わる。
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●矢野老女を生き埋めにして殺害 1人
ダルシム矢野、内縁の祖母を自身の家の庭に生き埋めにし殺害。
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『違うんだ………僕は………』
石版のイメージが切り替わる。次に映し出されるイメージを予感してダルシム矢野は咆哮を上げる。
『やめてえええええええぇぇぇぇぇ!!!!』
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●飛脚ウォッチを用いたスラム全焼事件 6,666人
ダルシム矢野は飛脚ウォッチを投擲し、最寄りの飛脚を爆破。
爆風に誘爆し、スラム中の飛脚が誘爆。スラムは全焼した。
全世界史上最大の大量虐殺事件。
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『………ははははははははははははははは』
暗闇の中でダルシム矢野は狂った様に笑っていた。何かに足を掴まれる感覚に、ダルシム矢野は視線を向けた。暗闇に支配された世界で、その目は何も捉えることはできない。しかし確かに、多くの気配を足元から感じる。
パチパチ
どこかから何かが燃える音がする。気が付くとあたり一面が炎に包まれていた。そしてドス黒い炎に照らされて露わになるのは………
ダルシム矢野の足元には、無限に積み重なる飛脚の山がそびえ立っていた。
『ああああああああぁぁぁああぁあぁぁぁっぁ』
飛脚達は燃える手でダルシム矢野の足を掴み、飛脚山の中に引きずり込もうとしている。ダルシム矢野は叫びながら、必死に両手両足を動かそうとしたが、やはり体の自由が効かない。
『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめ………ん………』
両手両足を飛脚たちに掴まれ、仰向けの体勢でダルシム矢野は少しづつ飛脚山に沈んでいく。強い恐怖を感じながらも、ダルシム矢野はこれは当然の報いであると抵抗をやめた。
飛脚の山に沈みながら、薄らいで行く意識のなか、ダルシム矢野は見た。飛脚山の頂きよりも更に上、自分を見下ろす巨大な大蛇の姿を。その姿があまりにも浮き世離れしていたので、ダルシム矢野は神々しさすら感じた。
『神様、どうか僕の罪を償わせてください。そのためなら僕は全てを………』
言い終わらない内に、ダルシム矢野の意識は闇に飲み込まれた。
「………ついに完成した!! アナコンドリアの覚醒じゃっ!!」
四畳半の和室に、プロフェッサー・アナコンダの呟きが響き渡った。プロフェッサー・アナコンダは、ちゃぶ台の上で仰向けで失神するダルシム矢野の前に跪き臣下の礼を取る。
黒ずくめのおじさんたちが、クロコンダ大佐が、紅一点の老女が、続々とちゃぶ台を取り囲みダルシム矢野に跪く。そして、各々が歓喜の咆哮をあげる。
失神状態のダルシム矢野の耳に、おじさんたちの騒ぎ声が聞こえる。
煩わしい。
ダルシム矢野はゆっくりと、ちゃぶ台から身を起こし目を見開く。その目は、まるで地獄の業火を封じ込めたかのような紅蓮の真紅。ダルシム矢野は燃え盛る赤き眼光で、底冷えがするかのような威圧感を撒き散らし周りを見渡す。そして、その瞳はクロコンダ大佐を捉えた。
「ぐはあっ!!」
カーネル・クロコンダは失神した。それを見たおじさんたちから歓声が上がる。ダルシム矢野は不快そうに目を細めると、ゆっくりと口を開いた。
「不快だ。貴様ら、殺すぞ」
先程までのお祝いムードの空気は霧散して、気不味さが四畳半を包み込む。その刹那、プロフェッサー・アナコンダがさっそうとダルシム矢野の眼前に躍り出た。
「まぁまぁまぁまぁ、それはそれとして、貴殿は今まで何人殺されましたかな?」
ダルシム矢野は射殺さんばかりの眼光で周りを威圧するだけで何も答えない。プロフェッサー・アナコンダは、失神中のクロコンダ大佐の頬を引っ叩き、首根っこをひっ掴み、その顔面をダルシム矢野の眼前に突きつけた。その瞬間、クロコンダ大佐の目が見開かれた。
「………ハッ! ダルシム矢野よ、今まで殺した人数を答えよ!……3………2………1……」
「………6,668人だ」
「エクセッ……バッドボーイ!!! 不正解だ!!!」
しかし、ダルシム矢野は瞳を閉じ繰り返す。
「6,668人だ」
「だるやん、しっかりしんしゃい!!」
プロフェッサー・アナコンダに耳打ちされ、老女が声を張り上げる。ほんの一瞬、眼光の鋭さを緩め老女を見たダルシム矢野は、すぐに視線をそらし三度繰り返す。
「6,668人だ。ばあちゃん。スラム人たち。そして……………俺自身だっ!!!」
クロコンダ大佐は高速で振り返り、プロフェッサー・アナコンダを見る。翁はゆっくりと頷いた。
「エエエエエエ、エーーーーークセレント!!! 正解だ!!!!」
クロコンダ大佐は失神した。
贖罪の大蛇 覚醒編 完