第七話 正直ゲーム 中編
ダルシム矢野は、失神夢の中にいた。
「だるやん、じぇりーのお団子じゃよ」
ばあちゃんだ。どうしてだろう。ダルシム矢野は胸が締め付けられる錯覚に唇を噛んだ。
「どしたんや? 泣いてからに。怖い夢でも見たんかえ?」
そう言われてダルシム矢野は自分の頬に手を当てる。頬には涙が伝っていた。
「あ……あれ、おかしいなぁ」
「変な子じゃのぉ。ほれ、早う、お食べんしぃ」
「……いただきます。うん! おいしぃー!!!!!」
幸せな食卓。でも何故だろう。なにか大切なことを忘れているような気がしてならない。奇妙な焦燥感が胸に燻って消えてくれない。
「だるやん、そろそろお仕事行く時間じゃぞ?」
「………うん」
重い足を引きずって、ダルシム矢野は玄関へ向かう。まるで自分の意志とは関係なく足が動く。プログラムされた運命に操縦されているような感覚だ。
「行ってらっしゃい、だるやん」
「ばあちゃん、僕やっぱ今日は………」
その刹那、玄関のドアが勢いよくスライドした。開け放たれたドアの向こうには、大柄な髭達磨、屈強な山賊が立っていた。
「おぅ、坊主! エナドリくれや!!」
そう言うと山賊は、土足であばら家に乗り込んできた。
「ここかぁ!? ここなのかぁ!?」
山賊は押し入れを開け放った。
「こりゃ〜!! やめてくんろぉ!! こりゃだるやんのじゃ!! だるやんのじゃ〜!!!」
山賊の足にしがみつく老女。金縛りになったかのようにダルシム矢野の体は動かない。
「うるせえええええええ!!!!!!!」
山賊に蹴り飛ばされ、老女がダルシム矢野の足元に転がってきた。老女は憎しみのこもった眼で、ダルシム矢野を見つめながら、かすれる声を絞り出す。
「………だ、るやん………おどれのせいじゃ………おどれのせいで、わしは死ぬんじゃ………」
「うあああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「おや、お目覚めかね?」
「うわああああああ!!!!! ばば、ばけものおおおおおおおお!!!!」
ダルシム矢野は、覚醒と同時に眼前に広がるおじさんの顔面に渾身の絶叫を上げた。
「静粛に!! 失礼ですよ」
ダルシム矢野は、自身の非礼を自覚して一礼した。
「………許しましょう。さて、ゲーム中の失神は本来であれば失格です。しかし、今回あなたの受けた衝撃が計り知れないものであった事も理解できる。故に今回に限り超法規的措置を取り、このままゲームを続行させていただく事とします」
「痛み入ります」
ダルシム矢野は、おじさんの粋な計らいに胸が熱くなるのを感じた。人が人らしく、人に優しい世界。ダルシム矢野が夢想する価値観を体現するおじさん。ダルシム矢野は目を閉じて俯き、涙が零れそうになるのを必死に誤魔化す。おじさんはダルシム矢野の涙に気付いただろうか。
「………うむ。落ち着いたかね? ならば、2つ目の問を投げかけよう。矢野老女の死因を答えよ」
ダルシム矢野に芽生えた、先程までのおじさんへ対する正の感情は粉微塵に爆散した。なんと嫌なおじさんであろうか。覇王ゲームにかこつけて水を得た魚の如く、人の心の急所を執拗に抉ってくる。
きっとこのおじさんは先天的にモラルの欠落した、人の心の痛みを知らぬ人のなりそこないに違いない。ダルシム矢野が覇王になったら、いの一番に、このおじさんを世界安寧のため粛清しようと心に誓った。
「ハッ!!!」
ダルシム矢野は掛け声とともに、雑念を吹き飛ばし、記憶の図書館を脳裏に展開する。自身が記憶する限り、老女は山賊の暴力によって命を落としたはずだ。
しかし、それがそのまま答えなんて事はあり得るのか? 自身の認識とは異なる死因である可能性が高いのではないか? ダルシム矢野は真実に辿り着くべく、思考の海に没入する。
ゲームの性質上、自身の認識する真実が答えであるとは考えづらい。よって、まずは山賊致命説を否定する。そう仮定すると、1つの違和感が解消される。
『………だるやん!!しっかりしんしゃい!!』
ダルシム矢野が記憶する老女の最後の言葉だ。はっきりとした、非常に力強い語気であった。今正に、事切れようとしている老体から放たれた声にしては些か不自然であった。
この言葉を言い終えた直後、老女は事切れた。そのはずだ。だが、山賊致命説を否定するなら、この時点で老女は生きていたことになってしまう。老女は満身創痍の状態でダルシム矢野を叱咤した。その結果、老女は失神してしまったのではないか?
これ以上はいけない。たどり着いてはならない真実に、行き着いてしまう確信めいた予感がある。ダルシム矢野は、自身の脳髄に絡みつくセイフティーロックに身を委ねる。
しかし、天空から舞い落ちる一枚の羽が決して持ち主の元に戻らぬように、一度加速した思考は、ゆっくりと、しかし確実に真実に向かって直進する。
この老女失神説を前提にするなら、答えは1つに絞られる。しかし、それだけはあってはならない。ダルシム矢野は頭を掻きむしり咆哮をあげる。
「うおおおおおおおー!!!!!!!!!!!!!!!」
「落ち着きなさい!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「ダルシム矢野! 落ち着くのだ!」
「ぐぎぎぎぎぎいいいいいいいいいい!!!!」
錯乱状態に陥ったダルシム矢野の猛りを鎮めるため、おじさんは懐からmp3プレイヤーを取り出した。おじさんが再生ボタンを押すと、事前にアカシックサテライトから無料ダウンロードした音声が再生される。
『………ザッ………だるやん!!しっかりしんしゃい!!』
その声が届いた刹那、ダルシム矢野は口を真一文字に引き結び、その場にへたり込んだ。茫然自失のダルシム矢野に、無慈悲な声が浴びせられる。
「さあ、答えよ。老女は何故事切れた………3………2………1………」
「ぼぼぼぼ、僕が勘違いして、生き埋めにしたからあああああ、ばばばば、ばーちゃんがああああああ窒息したああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「エクセレントッ! 正解だ!」
ダルシム矢野は失神した。否、そんな安寧は許されない。おじさんは、地面に倒れ込もうとするダルシム矢野の首根っこを引っ掴むと、無理矢理その場に屹立させた。
「さて、最後の問です。ダルシム矢野、君が殺した人数を答えよ」
俯き微動だにしないダルシム矢野に、本日幾度目かになる無慈悲な問が投げかけられた。